03-聖マルドゥク学園殺人事件
事務所に戻ってから僕はまた頭を抱えることになった。
もちろん、クーデリアのことだ。
「サイボーグ、ね。にわかには信じられんな」
厳しい口調で野木さんは断言した。
キナガシを優雅に着こなした男性、野木楽太郎。僕の師匠だ。2年前僕がここに来て以来、この人には世話になりっぱなしだ。怪我によって前線を退いてはいるものの未だ現役であり、いまでは主に事務所の運営に関わる仕事をすべてしてくれている。
「あー、せや。何なら医者ンところ行ってみるか?
CTでも取れば分かるやろ」
そう言ったのはシン=エイファ、ハッカーだ。
事務所のメンバーではないが、先代からの付き合いがあり、また優れた技量を持つハッカーであることから僕らも彼女の協力を仰ぐことが多い。長い黒髪を後ろ手に乱雑にまとめ、ノースリーブのシャツとジーンズ一枚で『仕事』をする姿は、都市住民が抱くハッカーのパブリックイメージを具現化しているようだった。これで美人でなければ完璧だったのだが、幸いなことにそうではない。
「お医者さん!? イヤですイヤです!
お医者さんなんて大っ嫌いです!」
「サイボーグが医者怖がんなや。
どうしたら信じてもらえるか、考えてみぃ」
クーデリアは涙目になりながら、頭の上に指で渦巻きをいくつも作った。
そして、何かを閃いたようだった。入口にあった何をモチーフにしたのか分からないブロンズ像を持ってきた。僕たちは彼女の意図を理解出来ず、目を白黒させるだけだ。
「こうすれば信じていただけますよね? イヤーッ!」
裂帛の気合を込めて、クーデリアは水平チョップを放った。
彼女の手はブロンズ像を素通りし、そして真っ二つにへし折った。
さすがに二人も顔を青くしている。
「ふっふっふ、どうですか! これで信じていただけたでしょうか!」
「そら……まあな。生身の人間に銅像を壊せるはずがない。
せやかて、それ……」
野木さんは凄まじい形相でクーデリアを睨んだ。それこそ、射殺さんばかりに。お気楽なクーデリアもこの時ばかりは怯んだ。野木さんはゆっくりと口を開いた。
「それはなァ……私のお気に入りだったんだ。
古物商から、礼としてもらった……」
「ふえっ!? そ、それはごめんなさい!
え、えーっと、ど、どどど」
「……弁済……!」
青筋を浮かべて野木さんは言った。涙目になってクーデリアは僕を見る、だが無理だ。こうなった野木さんを止めることなど、僕に出来るわけがない。
「ふええぇっ、弁済ってどうするんですかぁ?
オフロに沈められちゃうんですか!?」
「いや、キミどうしてそんなこと知ってるんだよ。
沈めるルートもあるとは思うけど」
「多分、沈むんなら港湾が一番近いやろなぁ。
バイオロブスターとお友達コースや」
まあ、弁済は一番シンプルな方法でやってもらうのがいい。仕事を手伝ってもらう。
「野木さん、僕たちがいない間にどなたかいらっしゃいましたか?」
「殺人事件の捜査依頼があった。警察も匙を投げた類……
詳細はここに」
僕は野木さんの指した資料を見た。そして、顔をしかめてみせた。
「野木さん、仕事の依頼はともかくこの場所は……西側の学園都市。
僕なんかがあんなところに行けるはずがないでしょう?」
「問題はない、私立探偵の免状は持っているんだ。堂々と行って来い」
野木さんはニヤニヤと多笑いを珍しく浮かべている。
当てつけだろうか、やはり。
「行きたくないんですか、結城さん?
ここに何かあるんですか?」
「どうってことはないよ。
ただちょっと顔を出し辛いって、それだけの話だから」
クーデリアは不思議そうな顔をして僕を見た。
こういう機微は、サイボーグには分からないのだろうか? あっけらかんとしたこの子なら、機械化する前でも分からないのかもしれない。僕は大きめのため息を吐き、大人しく事件資料に目を通した。
事件があったのは聖マルドゥク学園。
極めて閉鎖的な学校であり、常に厳重なセキュリティに守られている。施錠された学校の、そのまた奥。女子更衣室で事件は起こった。女子生徒が何者かによって殺害されているのが見つかった。刺殺体であった。
「密室殺人……なるほどね。現地に行ってみなきゃよく分からないな」
「行きましょう、やりましょう! さっさと行ってパパッと解決!」
そうだね、パパッと行ってササッと解決出来ればいいね。どちらにしろ、仕事だ。投げ出すわけにはいかない。僕たちは西のマルドゥクに向けて歩き出した。
(それにしても、よりによってマルドゥクか。嫌なところで事件が起こったものだ)
都市に学校はそれほど多くない。そこで事件が起こったと聞いた時から、何となく予感はしていた。だが、実際にそうだと言われるとあまりいい気はしない。
「……どうしたんですか、結城さん?
さっきからあんまり、面白くなさそうですけど」
「そりゃそうだろ。
人殺しがあった現場に行くって言って、楽しそうにしている方がおかしい。
僕は仕事で探偵をしているだけ、殺しが見たいわけじゃないんだ」
僕はそう言って誤魔化そうとした。けれども、クーデリアは引き下がらなかった。そんなにわかりやすく、感情を顔に出してたのだろうか?
「……分かったよ。確かにこれは面白くない事件だ。特に、事件現場がね」
「えーっと、マルドゥク学園でしたよね?
それがいったいどうかしたんですか?」
僕の記憶が正しければ……
ここには、僕の家族が通っているはずだ。
「弟がいるんだ、一人ね。僕と違って出来のいい奴で……
いまはマルドゥクにいる。事件の犠牲者じゃないけど……
何となく、顔を合わせ辛くてね」
2年も会っていない家族に、どんな顔をして会えばいいか僕には分からない。




