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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第二章:黄と赤と幻の都
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07-アニバーサリーセレモニー

 ZOOOM。重低音を響かせながらノア=ホンを乗せたセダンが社屋の前に停車する。僕は物陰からその光景を内蔵カメラ(スパイグラス)で映した。ノアの尾行を開始してから数日、いまのところ動きはない。ノアにも、テロリストにもだ。


 当然ながら、ノースエリアで複数の事件を起こした黄色いエイジアは捕まっていない。都市警察機構と都市防衛軍、通称『市長軍』はこの二件をテロリストによるものと断定。市内全域に検問を張り、警備を強化し、犯人逮捕に全力を挙げている。


 おかげさまで、僕の肩身が狭くて仕方がない。

 市内をパトカーが縦横無尽に行き来し、三人一組(スリーマンセル)になった市長軍の兵士が道行く人に目を光らせる。背負った7.62mmアサルトライフルが威圧的に光るのを、僕は何度も見た。


「エイファさん、内部でも特に動きはないですよね?」

『まーな。

 これまでのことを考えると、監視カメラを眺めとっても仕方がないが』

「勘弁して下さいよ。

 頑張って中に隠しカメラを付けに行ったんですよ?」


 僕は警備の目を掻い潜り、エイファさんに通信を送った。クーとエリヤさんは別口の依頼を片付けに行っており、いま僕が頼れるのはエイファさんだけだ。


『しばらくは張っておいた方がいいかもしれんけど、無駄足やと思うな』

「ですかねえ、僕の勘が当たった試しなんてありませんもんね」

『腐んなや、トラ。あの日まではやってみい。

 それでダメだったらこれで終わりや』


 あの日、と少し考えて思い出した。

 数日後にはノアの外出予定があるのだ。


「シティ・セレモニーでしたか。

 やれやれ、今年は何をやるのやら……」


 道を歩いていると派手なイルミネーションが掛かっていると思ったが、そのせいか。喧騒とは無縁な南地域にいたので、すっかり忘れていた。

 都市誕生を祝うセレモニー。今年で117回目になるという、そのイベントには政財界の大物たちが集う。街も無暗矢鱈に活気に満ち溢れ、商店の売り上げと犯罪発生率が爆発的に増加するのだという。確かに、テロリストが狙うならおあつらえ向きだ。


「なら、そうしてみます。

 ありがとうございます、エイファさん」

『探偵のイロハを教えてやっただけや。

 活気の裏には混乱がある。頼んだで』


 そう言ってエイファさんは通信を切った。

 セレモニーの日、それが多分勝負だ。




 密度を落した尾行を続けているうちに、数日はすぐに過ぎた。街全体が浮ついた雰囲気に包まれ、道行く人々の顔にも笑顔の花が咲く。久しく見て来なかった光景だ。


「うわぁっ、凄いんですねトラさん!

 これが、アニバーサリーセレモニーですか!」


 クーも興奮し、目を輝かせながら周囲を見回す。

 エリヤさんも咥え煙草のまま笑った。


「この街が出来てから、117年か。

 想像もつかないな。どれだけ長くの間、ここは」


 ここだけを見ていると、都市が100年以上続いて来たなどと信じられない。それは南側に行くにつれて、『ああ、そう言うものか』と納得出来るようになる。倒壊した建物、崩れた壁、ひび割れた道路。いまの人間に出来るのは建造(・・)ではない、修繕(・・)だ。煉瓦を組み上げて粗末な掘っ立て小屋を作ることは出来る、だがビルを作ることは誰にも出来ない。


 この街の多くは失われた技術で出来ている。あるいはメガコーポがその方法を秘匿しているかだが、それなら新造しない理由が分からない。街の中心に座するザ・タワーでさえ太古の技術で作られたものをそのまま流用しているに過ぎないそうだ。


 誰もが、出自の分からない技術に命を預けている。

 笑えない冗談だ。


「トラさん何だか滅茶苦茶いい匂いがするから行ってきていいですか!?」

「いや、クー。僕たちはここに遊びに来ているわけじゃなくてだね……」

「いいじゃないか、虎之助くん。

 クーちゃんはここ数日頑張っていたからさ」


 エリヤさんのフォローを受けると、何も言えなくなる。僕が無為に時間を過ごしている間に、二人はサウスで発生した殺人事件を無事解決したのだそうだ。


「……分かったよ、クー。行ってきて。

 仕事の方は僕がやっておくから、さ」

「マジですか!

 あ、でもトラさん一人にやらせるわけには……」

「いいんだよ、僕はここ数日でゆっくり休ませてもらったんだ。

 僕の心配はしないで」


 クーはぐずるように僕を見上げた。そんな目で見られると、僕が悪いことをしている気分になって来るので止めて欲しい。エリヤさんは苦笑し、クーの手を引いた。


「あまり虎之助くんを困らせてやるな。

 私と一緒に行こう、楽しいぞ?」

「うー……分かりました。

 それじゃあ、お土産期待しててくださいね!」


 どんな土産を持ってくるというのか。僕の疑念をよそに、クーは駆け出した。僕はその後ろ姿を少し見て、そして歩き出した。セレモニーの会場へと。


 歩きながら見る、ノース区画を。磨き抜かれた大理石めいた壁、敷き詰められた石畳、等間隔に置かれた街灯と街路樹。だが、壁面にはいくつもの傷があり、石畳の角は丸まっている。街灯は錆び、電灯は不安定に明滅する。樹からは命が感じられない。


 綺麗に彩り誤魔化しているだけで、ここもサウスエンドと変わらない。死体に施された死化粧のようなものだ。いつ出棺され、炎に焼かれるかは誰にも分からない。


(この街をどうにかする方策を持っている人なんて、いるのか?)


 一人の男の名前が浮かんでくる。ジャック=アーロン。あの人の法策は、果たして間に合うのだろうか? 死にかけたこの街を救うことなど、出来るのだろうか?


「……あれ、そこにいるのって。あっ!

 もしかして、結城さんじゃないですか!」


 見知った顔と最近よく会う。

 とはいえ、この出会いは完全に予想外だったのだが。


「久しぶりですねー。

 こんなところで会うなんて、ホントに奇遇です」

「僕もまた会えるとは思ってなかったです。

 元気にしていましたか?」


 ええ、と勝ち気な笑みを彼女は浮かべた。

 燃えるような赤い髪が、動きに合わせてたなびいた。


 聖マルドゥク学園で出会った女性、御桜優香がそこにいた。


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