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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
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05-対話と理解と

 僕が出て行った時と、ほとんど家の内装は変わらない。


「お待ちしていました、市長さん。

 あら、あらあら虎之助ちゃんじゃないの」

「母さん、そのやり取りはさっきやったからもういいよ」


 やたらと感嘆符を口にする僕の母、結城=O=ミストレルを置いて先に進む。父さんの事務所は子供の頃入った時とまるで変わっていなかった。読み切れないほど大量の専門書、古びたパソコン、年代物のデスク。僕と市長は応接イスに腰かけた。


「あの……もしお邪魔なら、僕は後にしてもいいんですけど」

「いや、いいんだよ虎之助くん。是非ともキミにも意見を聞きたい」


 遠慮してみたが、意外にも市長がグイグイ来た。

 こうなったらもう、諦めるしかない。


「それじゃあ、お茶を淹れてきます。少し待っていてくださいね」


 そう言って、父さんは部屋から出て行った。何だか落ち着かない。


「キミのことはよく結城先生から聞いている。立派なご子息だとね」

「家出して2年も家に戻らない息子が、立派?

 面白い感性をしてると思いません?」

「どんなことをしても、息子は息子さ。

 それに、先生はこうも言っていた。

 『自分のやるべきことを自分で決められる』、と。

 そういう人間は多くない。大人であってもね」


 父さんが僕にそんなことを?

 にわかには信じられない、けれど……


「どうして市長はここに?

 見た感じ、頻繁にここを訪れているようですけれど」

「結城先生の御専門である、福祉行政について意見を頂きたくてね。

 私の方針は知っているかな、虎之助くん?」

「再分配と、再開発ですよね? でも、そんなものは選挙用の……」


「プロパガンダだと思っていると?

 確かにこれまでの市長はそうだった。

 だが、私はそうありたくはない。

 私はこの都市に育てられ、街に住む人々に救われてきた。

 だからこそ、断ち切りたいんだよ。

 腐敗と貧困の連鎖、この街を蝕む害毒をね」


 市長の言葉はあくまで真剣だった。

 彼はおべんちゃらでこう言っているのではない。


「そのために父さんに意見を聞きに来ているんですか?」

「私は勉強というやつが出来なくてね。

 人と話して、説得するくらいのことは出来るんだが法的根拠が弱いんだ。

 人心を動かせても、システムを動かせなければ意味がない」

「確かに、父さんはこの街を取り囲むシステムについて詳しい。

 でも、本当に……」


 本当にそんなことが出来るのだろうか? 僕はあくまで懐疑的だった。詳しい話をしようとしたところで、父さんが戻って来た。優しいお茶の匂いが鼻孔を突いた。


 父さんと市長の話は、細部を省いて行われた。すでに何度も協議を行い、あとは詰めの作業を行うだけになっているのだろう。時に優しく、時に激しき、父と市長は喧々諤々の議論を交わす。それがひと段落した時、室内だというのに二人は汗だくになっていた。


「……これを上手く通せれば、終着点(エンドポイント)の現状は大きく改善するだろう。

 地元住民や、彼らを統率する者たちのとの交渉は任せることになるが」

「先生を矢面に立たせられやしません。

 そんなもんは、私に任せておいてください」


 父と市長は互いに笑いあった。

 思えば……父さんの仕事を間近で見たのはいつ以来だろうか?

 訳も分からずそれを見ていた、子供の時以来ではないだろうか?


 僕は、父がなにをしているのか知らなかった。

 けれども、嫌っていた。どうして。


「都市行政の大改革だ。キミはどう思う、虎之助くん?」


 市長は僕に話を振って来た。

 正直なところ、言っていることの半分も理解出来なかった。

 それでも……


「これが本当に出来れば、僕はいいと思うんです。出来るんですよね?」

「当り前さ。そのために私たちは、こうして戦っているんだから」


 市長は快活な笑顔で応じた。

 こういうところに……惹かれる人はいるのかもしれない。




 父と市長の話に比べれば、僕の報告は極めて簡単なものだった。念のために市長には席を外してもらっている。父さんは僕の報告を聞きながら、茶を啜った。


「オニキス氏が放った暗殺者が、反対派を殺して回っていると。

 つまりこの事件の首謀者は推進派側にいる。

 そうキミは思っているんだね、虎之助?」


 僕は頷いた。

 それはつまり――父の同志に殺し屋が潜んでいるということだ。


「ある程度予想はしていたんじゃないですか?

 敵は身内にいると」

「ああ。というか……

 実のところ僕たちも一枚岩じゃない。

 急進派と穏健派に分かれる」

「急進派と穏健派……それは、開発に対するスタンスという意味で?」


「そうだね。

 急進派は住民たちを強制退去させてでも開発を進めようとしている。

 住居を失った人たちは港湾開発プロジェクトに参加させられるだろう。

 重犯罪者と認定された人間は刑務所に入れられるかもしれない」


 それでは死ねと言っているようではないか。

 メガコーポの所業とはいえやり過ぎだ。


「僕や市長は現地住民を取り込んだ持続可能な開発を主張している。

 だがそうなると、コーポの取り分は当然少なくなる。

 自前での直接雇用が出来なくなるわけだからね」


 従業員を行政が管理することになれば、当然そうなるだろう。


「急進派の先鋒、か。心当たりがないでもない。

 継続して調べてもらえるかい?」

「調べてどうするんですか?

 相手を罪には問えない。何をしても無駄だ」


 僕は諦念を込めて言った。

 けれども父さんは、首を横に振った。


「証拠を掴めていればやりようはあるさ。

 僕はそういう環境で戦うのが得意だ」


 父さんは笑った。だが、僕には信じられなかった。

 相手は怪物なのだから……


「それじゃあ、失礼します。また……」


 僕は逃げるように部屋を去った。

 母さんとも顔を合わせないようにしながら家を出た。


「随分話し込んでいたみたいだな、虎之助くん」


 意外なことに、市長がエントランスで待っていた。

 いや、意外でもないか。


「車を待っているんですか?」

「こっちが出向くと言っているのに。

 まったく、融通の利かない連中だよ」


 視界の端にライトの光が見えた。

 先ほど市長が乗って来た車のものだろう。


「……どうして市長は、あそこまで開発に躍起になるんですか?」

「そりゃ、サウスエンドが私の育った街だからさ」


 えっ、と僕は思わず聞き返した。

 そんなことは一言も放送されていなかった。


「チンピラ上がりの市長じゃ体面が悪いそうでな。

 富んだところも貧しいところも、いいところも悪いところも知っている。

 出来るだけ多くの人に幸せになって欲しいんだ」


 車が到着し、後部座席のドアが開かれた。

 彼はソファに腰かけながら僕を見た。


「キミにも分かってもらえると思うんだ。それじゃあ、またな」


 黒い影が闇に溶けていく。僕はその光景をずっと見ていた。


「……帰るか」


 僕は歩き出そうとした。

 その時、ガラスが割れる甲高い音を聞いた。


「――!?」


 見上げると、父のオフィス、すなわち家の窓ガラスが粉々に砕けていた。


「そんな、バカな……いや、まさか、そんなこと、有り得ない……!」


 僕はキースフィアを取り出した。

 分かっていたはずだ、なのに見ないふりをした。


 犯人が、ジャッジメントが狙っているのは自分に反対する者だ(・・・・・・・・・)

 だったら父が襲われることだって、予想してしかるべきだったのに……!


 僕はエイジアを装着し、跳んだ。

 まだ生きていてくれ、そう願いながら。


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