表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第一章:サイボーグ少女と雷の魔物
2/149

02-闇の中の少女

 大気汚染に晒され、常に鈍色の雲が広がる都市(シティ)にも、夜は来る。暗闇にたなびく煤煙を背景に、僕――結城虎之助――は跳んだ。闇と光の境目を、汚染を垂れ流す港湾工場を睨んだ。


 僕がいま身に着けている鎧の名は(タクティカル)(コンバット)(アーマー)『エイジア』。

 僕の探偵としての、そして戦士としての師匠、野木(のぎ)楽太郎(らくたろう)さんから受け継いだものだ。彼はこの力を使って都市に蔓延る怪物、蒼褪めし者(ロスペイル)と戦ってきた。

 だが戦いの最中、彼は重傷を負った。僕は彼の身に着けていたバックル『エイジアドライバー』を受け取り、戦った。これまでの戦いで負傷していた怪物を辛くも倒した日から、僕はエイジアとなった。


 エイジアが何なのか、それは僕にも分からない。野木さんもこの力を先々代の探偵、朝凪(あさなぎ)幸三(こうぞう)氏から譲り受けたのだそうだ。物質を電子サイズまで分解し、キーでありエネルギー源でもある黄金の宝石『キースフィア』を挿入することによって鎧を復元する。

 原理を説明されてもさっぱり分からない。少なくとも、現代の都市には存在しない技術だ。それはエイジアに内蔵された高熱放出システムも同様だ。ロスペイルを易々と溶断するような力はこの街にはない。


 エイジアはまさに、オーバーテクノロジーと呼ぶに相応しいものだ。誰にも解析することの出来ないテクノロジー、いまも躍起になって調べていると言うが、遅々として成果は上がっていない。


「……とりあえず、異常はないみたいだな。よかった」


 定期的に僕は街を見回るようにしている。

 ロスペイルは人の感情に惹かれ、それに応じた行動をとる。兆候を掴むことは出来るが、しかし犠牲者を一人出すということでもある。出来る限り犠牲者は減らしたい、だから不確実でもパトロールを行っている。


 東西南北、大まかに四ブロックに分けられた都市の中で、ここはそれなりに治安の悪い場所だ。もちろん、南端(サウスエンド)とは比べ物にならない。だがヤクザと労働者、そして行政機構がひしめくこの街には独特の危険がある。そして、そうした危険と憎悪はロスペイルの好むものだ。


 それに……牧野さんの件もある。

 先日の件で、彼女は深く傷ついた。

 何となくだが、気になってしまったのだ。


(とりあえず、何もないみたいだな。今日はもう帰るか)


 僕は踵を返し、事務所に帰ろうとした。

 ところで、強化知覚が何かを捉えた。それは、切羽詰まった足音。それを追い掛ける複数の人間。否、人間ではない。呼吸のパターンが人間のそれとは違う。これは……ロスペイルに追われている。


 逃げているのは二人。

 考えている暇はない、僕は跳んだ。


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 バイトを終わらせ少女、牧野恋は家路についた。あの事件から数日、まだ心の整理はついていないが、しかし現実は重く彼女にのしかかって来る。生きるために彼女は働かざるを得なかった。


 彼女はいま、『マーセル』というレストランで働いている。港湾部で取れるバイオ海鮮類を使った新鮮な料理が売りの店だ。まだまだ小さな店で、生活は決して楽ではない。それでも彼女は満足していた。


(いつかはお店を持ちたい。私だけのお店を)


 少女は辛い現実を乗り越え、未来に向けて歩き出そうとしていた。


「……あれ?」


 そこで、恋は奇妙なものを見つけた。

 道路の真ん中に襤褸(ボロ)布が転がっているのだ。

 それもただ転がっているのではない、膨らんでいるのだ。

 まるで人が中にいるように。


「……」


 サウスエンドほどではないが、ここも治安のいい場所ではない。強盗のトラップかもしれない。だが、恋は好奇心と胸騒ぎを抑え切れず、それに歩み寄った。襤褸布を剥がすと、そこには。


「……女の子?」


 そこに転がっていたのは、年若い少女だった。

 色素の薄い肌と髪、ピッタリと閉じられた目と潤んだ唇。ボロボロになった衣服を纏っているが、しかし乱暴の形跡はない。時折彼女は苦し気に呻き、身をよじらせる。恋にはワケが分からなかった。


「ちょっと、あなた大丈夫なの? どうして、こんなところで……」


 そこまで行って、恋は彼女の大腿部に傷があることに気付いた。銃弾か何かを受けたのだろうか、抉られた傷跡は痛々しい。しかし、不思議なことに出血は殆どない。


(どうなっているの、この子?)


 どうしようか決断しあぐねていた恋の耳に、複数の足音が聞こえて来た。重々しい金属音を響かせ、路地から出て来たのは金属光沢を放つ人型。すなわち、ロスペイル。


(……!? まさか、この子あいつらに追いかけられて……!)


 考えるより先に体が動いた。

 恋は彼女の体を抱え逃げようとした。だが、動かない。

 彼女は華奢な体格からは想像も出来ないほど、重かった。


「なんでっ……!」


 考えている間に、彼女はロスペイルに包囲されてしまった。鈍色の体をしたブリキめいた怪物5体が彼女を包囲した。このままでは、逃げることさえもできないだろう。


「大人しくその少女を渡したまえ。

 そうすれば、キミに危害は加えないと約束しよう」


 人の声? 然り、人の声だ。

 ハスキートーンの声がロスペイルの一団、その後ろから聞こえて来た。一列に並んでいたロスペイルが割れ、そこから一人の男が現れた。厳めしいミリタリーコートに身を包み、帽子を目深に被った男が。


「あなたは……いったい何者なんですか?

 どうしてこんな女の子を……」

「詮索する犬は長生きしない。

 彼女の正体を知ろうとするのは得策ではない」


 ワケの分からぬことを、男はべらべらと喋った。恋は世間知らずの少女だったが、道理を知らぬわけではない。彼に自分を生かして帰す気がないことは分かっていた。


 だから、ポーチから拳銃を取り出し銃口を向けた。

 男は呆れたように頭を振った。


「それ以上近付かないで。

 周りの化け物が動くよりも先に、あなたを撃つ」

「困ったお嬢さんだ。

 そんなオモチャが私に通用するとでも思っているのかね?」


 男は帽子に手をかけ、コートを脱ぎ捨てた。

 その下にあったは、金属光沢を放つ肉体!


「あなたも、ロスペイルだったの……!?」

「ほう、見たのは初めてではないか。

 ならば、キミを生かしてはおけなくなった」


 男は確かにロスペイルだった。だがどこか……違和感があった。

 首元には後付けされたと思しきチューブが通っている。右腕には硬化クリスタルのシールドと銃火器が取り付けられている。まるで人間の技術で、ロスペイルを覆っているような……


 いずれにしろ、状況は絶望的だ。

 恋の力では、ロスペイルには勝てない。


(……結城さん!)


 恋は敵を見据えながら、かつて自分を救ったヒーローの登場を願った。

 だが彼は現れない。少女は夢半ばで怪物によって殺されてしまうのか?


 その時、背負われていた少女が目を覚まし、地面に降り立った。そして、恋を優しく押し退けて前に立った。彼女の瞳孔がレンズめいて収縮した気が、恋にはした。軍服を着ていたロスペイルの前に。


「ありがたい、キミの方から来てくれるとは――」


 男は左手を差し出した。

 少女は左手を取り――それを握り潰した。


 男は潰された左手に目を見張った。

 少女はその場で反転、自身のウェイトと回転エネルギーを込めた蹴りを放つ。鋭い蹴りを胴に受け、男の体が後方に吹っ飛んで行く。素体を巻き込み壁にめり込む男を無視し、少女は周囲の敵を睥睨した。


 左端にいた一体が鋭い爪を突き込んで来る。彼女はその側面に回り腕を取り、バットを振るように投げ捨てた。投げられたロスペイルは右端のものを巻き込み転倒、彼女はそれを無視した。一体目の影にいたロスペイルに水平チョップを繰り出す。チョップはロスペイルの首に当たり、何の抵抗もなく吸い込まれた。そしてその首を刎ね飛ばした。


 その横合いから別のロスペイルが腕を突き込んで来る。彼女は限界まで身を低くして回避、懐に飛び込み跳ね上がった。全身のバネを使った掌打が相手を上空に吹き飛ばした。


 彼女は駒のように回転し、最初に投げ飛ばしたロスペイルに向かって行った。そして跳躍、右足の踵で一体目の顎を蹴り、左足で二体目の延髄を蹴った。二体のロスペイルの首がおかしな方向に曲がり、回転。720度回り捩じ切れた。


(なんなの、あの子?

 ロスペイルと、戦っている?)


 恋はその光景を呆然と見上げていた。

 それは、数秒以内に起こったことだったからだ。


 一方で、壁に叩きつけられたロスペイルは体勢を立て直しつつあった。男は苛立ち、叫び声を上げながら素体の体を掴み、投げ捨てた。いきなりの出来事に身を固くする少女、男は仲間越しに彼女を狙った。右手に備え付けられた剣呑な火器が火を噴く。


 モーターの回転音を伴い、秒間100発にも及ぶ弾丸が、人類には到底扱い切れぬ大火力が少女を狙う! 彼女は地を蹴り回避、射線上にいたロスペイルがバラバラになった! 火線は少女を狙い伸びていく!


「この私を虚仮にしおって! 許さんぞ小娘――」


 鉛の獣が彼女を食い破らんと迫る!

 だが、その火線が突如として跳ね上がった。


 恋は拳銃を向け、放った。恐怖は不思議となかった。彼女が放った銃弾は、ロスペイルの目を正確に打った。射抜けこそしなかったが、確かなダメージを与えた。


「人間如きが――」


 二の句を放つことは出来なかった。

 少女はアパートの窓枠を蹴って軌道を変更、弾丸のような勢いで男に迫る。迎撃することは出来なかった。ギロチンめいて放たれた踵落としが男の頭頂に炸裂、彼に体を真っ二つに引き裂いた。


 打ち上げたロスペイルが地面に落ちるのと同時に、男は爆散した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ