14-告死天使の悦楽
エリヤは右手を弓のように引き絞った。竜を思わせる掌打を、クロウは残った左の翼で受け止めた。骨が粉砕され、黒い羽根が舞った。しかし、衝撃は本体まで到達しない。クロウは翼の影で恐るべき20mm拳銃を放った。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
翼を貫通し銃弾がエリヤを襲う! 身を捻り直撃を避けるものの、銃弾が彼女の脇腹を掠めた。大口径弾は直撃せずともその衝撃力で相手を殺傷せしめる。僅かな傷がひとりでに広がって行き、鮮血を撒き散らした。更にクロウは反動力を利用する。
高速で右手をなぎ払いユキの突撃を牽制、更に左足を軸に360度回転しながら高速の後ろ回し蹴りをジャックに向けて放つ。彼は両腕をクロスさせそれを受け止めた。
「グウッ……!」
「無理をしているな、分かるぞ。ナイトとの戦いは随分苦労したようだな」
甲殻がひび割れ、赤黒い血液が溢れ出す。クロウは反動で後方に跳躍、両サイドから襲い掛かって来た二人の攻撃をかわした。市長軍は動けない、同士討ちを警戒している。
クロウはガンスピンでユキとエリヤを挑発する。地上に堕ちたとはいえ、告死天使の戦闘能力に遜色はない。ユキとエリヤは容易く踏み込むことが出来なかった。
「迷っているな。無理もない、勝機がないのならば当たり前だ」
そんな二人をクロウは更に揺さ振った。
「ザ・タワーには30以上のロスペイルが待機している。
更に最上階は艦砲射撃にも完全に耐えうる装甲を持っている。
貴様らのか細い力ならば、いわんや」
「随分とおしゃべりだな、クロウ。私たちが怖いのか?」
エリヤは構えを解き、棒立ちになった。両腕を軽く遊ばせ、そしてクロウに向けて進んで来る。彼は訝しむが、しかし止められない。隙だらけに見える構えはその実、どのような攻撃にも瞬時に対応出来るようになっている。彼は息を飲んだ。
「……ああ、お喋りさ。俺は話をするのが大好きなんだ!」
クロウは踏み込んだ。銃身を突き込みながら、発砲。エリヤはそれを横から叩き、打突と銃弾を逸らした。反動力で全身を回転させ、高速の肘打ちを放つ。エリヤはそれを真正面から受け止め、逸らした。反動で回転した体の軸がずれ、クロウは転倒した。
「……! これは、なるほど。古武術と言う奴だな、これは!」
「100年間誰にも習得出来なかった空手奥義だそうだ」
エリヤは無感動に足を振り上げ、倒れたクロウの頭部を踏み抜こうとした。クロウは身を捻りそれを回避、真横に死を感じた。首の筋肉を使い下半身を持ち上げ、ウィンドミル回転でエリヤを牽制しつつ立ち上がる。彼女の姿勢は先ほどまでと同じだ。
「まったくブレぬ上体。ありとあらゆる攻撃を捌く技。
なるほど、攻め入るのは無謀か」
「攻めぬなら私から攻める。これはそういう技だ、クロウ」
ほとんどノーモーションでエリヤは拳を放った。クロウはそれを捌こうとするが、受け切れなかった。胸に小さくとも無視出来ぬ一撃を喰らい悶絶。だが負けじとチョップを繰り出す。明後日の方向に銃撃を行い、反動を乗せた重い一撃を放つ!
格闘、ひいては人間の動きとは、エネルギーの移動。時にそれは直線的であり、銃撃反動を乗せたクロウのチョップなどその最たるものだった。エリヤは彼のチョップに、優しいとさえ思えるほど微かな力を加えた。直線的な機動は僅かな力によって大きく逸れ、自らエリヤの体から離れて行った。クロウは目を見開いた。
「何ということだ、これは」
エリヤは逆に自分からチョップを繰り出した。クロウは羽根でそれを防ぎ、二挺拳銃銃撃を加えようとした。すべての弾丸を吐き出し尽くし、彼女を殺そうとした。
翼に力が入らなくなった。そう思った時には、チョップによって付け根の辺りが切断されていた。クロウはトリガーを引いた、一瞬にして黒い羽根が千切れ、宙を舞う。そこにはすでに、エリヤの姿はなかった。自ら塞いだ死角を通り、彼の背後に回っていた。
「見事」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
息をも吐かせぬ連撃がクロウに叩き込まれる! 全身の骨がへし折れ、肉が潰れ、敗れた血管から溢れた血が自らの全身を満たす感覚をクロウは味わった! 打撃の衝撃によって吹き飛んで行くクロウの肩口に、エリヤは鋭いチョップを放った。まるで紙でも切断するかのように呆気なく、クロウの右腕が宙を舞った。
「強い……! ッハ、ハハハハハハ! 強いな、お前! 強い!」
死の淵に瀕しながらも、クロウは笑っていた。
狂気の笑みを浮かべていた!
「いいな、これは!
彼らは俺の虚無を満たしてくれると思っていたが……なるほど!
そうではなかったんだな! 俺を満たしてくれるのはお前だ!」
「お前が満ち足りることなどない。ここで朽ちていく、ただそれだけだ」
エリヤは冷徹に言い捨て、攻撃的な構えを再び取った。先ほどの奥義は一種のカウンタースタイル、強力だが時間が掛かり過ぎる。これ以上時間を掛けてはいられない。
一方、クロウは残された時間を持ってして彼女との戦いを楽しむ気でいた。銃を投げ捨て、片腕の構えを取る。ジャックは立ち上がり、首をコキリと鳴らした。ユキはウルフの本能を解放した、ワイルドな構えを取った。戦いが再び始まる!
エルファス=ヘイスティングは清浄なる世界から離れ、穢れた猥雑な世界へと降り立った。そして、戦況を観察し不快感を露わにした。よくない、少なくとも彼の予測より。
「ジャック=アーロン、粘るな。我々の計画に支障をきたすとは……」
ジャック=アーロンは軽いミコシであり、いつでも乗り捨てられるようになっていたはずだ。だが、現実はどうだ? 多数のシンパを囲い、武力を持って神聖なる世界を制圧し、世界を混沌と破壊の渦に陥れようとしている。断じて許してはおけない。
「我が計画を阻む者。有象無象とて、私はそれを許しはしない……」
エルファスはその場でバックフリップを打った。跳ね上げられた蹴りが振り下ろされた槍の穂先を弾き、もう片方の蹴りが襲撃者を打った。金色の復讐者は蹴り上げられ、回転しながらも空中で体勢を立て直し、見事な着地をした。
「参ったな、気配は完全に消していたはずなんだが。あれで死んでくれないのか」
「キミのしそうなことなど、分かり切っている。よく顔を出せたものだ、失敗作よ」
エルファスは襲撃者――ジェイドを汚物を見るような目で見た。それはジェイドも同じこと。ジェイドはエルファスに対して深い憎悪の炎を燃やした。
「この日を待っていた。お前が地上に降りてくるこの日を、どれほど……!」
「来るかも分からない日を待ち続けているとは、大した策士だよ。
貴様の如き不純物が私の計画を阻むことなど出来はしない。
すべては修正可能なバグに過ぎないのだから」
「この程度で歪みが生じるつまらない計画とやらを御大層に彩っているものだ」
エルファスは掌を向けた。そこから光線が放たれ、ジェイドを打った。これまで現れた光線使いのそれとは比較にならないほどの高威力、ガードしたはずの装甲が焼け溶けた。
「ここで消えろ、オリジンになれなかったもの。
お前はこの世界に存在してはならない」
エルファスの背から一対の白い、巨大な翼が広がった。羽根の先端一つ一つには圧倒的なエネルギーを秘めた光球が瞬いており、そのすべてがジェイドを狙っていた。
「いいや、ここで終わるのはお前だよ。
お前と、お前の作ったすべてだ!」
ジェイドは槍を回転させ、穂先をエルファスに向けた。数十の光線がジェイドを狙って放たれる。光は熱を生み、熱は衝撃と音を生んだ。シティに住まう人すべてがそれを聞いた。




