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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
燃え上がる怒りと憎悪の炎
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13-燃え上がる怒りと憎悪の炎

 何とか生きている。

 そうとしか言いようがなかった。


 爆発の衝撃で床が吹き飛んだのは、果たして幸運だったのだろうか。僕は傷口をグチャグチャにかき回されながらも杭から脱し、叩きつけられるようにして着地した。完全に船が崩落する前にエイジアを再起動、ブースター機動で無理矢理船を脱出した。


 だが、代償は大きい。生命維持に支障ありとしてエイジアは変身を強制的に解除し、今度こそ動かなくなった。止めどなく傷口から血が溢れ出す。死ぬのか、僕は。


「酷い有り様だな、虎之助くん。

 予想していたよりも、これは本当に酷い」


 軽薄な声を掛けられ、僕は視線を上げた。

 そこには黄金の鎧を脱いだジェイドがいた。


「ジェイド……どうやら、やってくれたようだな。

 アンタのおかげで、船は……」

「それ、いま言うことか?

 まったく、こいつは……ダメだな。匙を投げるぞ」


 ジェイドは手に持ったものをぽいと捨てるようなジェスチャーをした。そう言えば、御桜さんにやられた時僕の傷を跡形もなく治してくれたのは彼だった。その彼がダメだと言っているのならば、今度こそ僕はダメなのだろう。背中を瓦礫に預け、息を吐く。


「オイオイ、諦めるのか?

 エイジアにしちゃあ、諦めが良すぎるんじゃないか?」

「ガイラムの野望を砕くことは、出来たんだ。それならばまだいいさ……

 この船はそうそう簡単に代わりを用意出来たりはしないんだろう

? 命一つでそれなら、上等だ……」


 後悔がないと言えばウソになる。

 だが、出来る限りのことはやったんだ。


「……参ったなあ、そんなことを言われるとは予想外だ。

 キミはもっと足掻くと思っていたんだ、みっともなく、必死になって。

 そうなってくれた方が話が簡単だったんだが」


 肉を貫く音がした。

 何が起こったのか、一瞬分からなかった。

 いや、それが終わった後になっても正直よく分かっていなかった。

 ジェイドが僕の胸を突いていた。


「何を、する……ジェイド、アンタは……!」

「こんなところで死んでもらっちゃ困るんだよ、エイジア。

 アンタにはもっとみっともなく足掻いてもらって、戦ってもらわないとな。

 アンタにはずっと目をつけていたんだよ、いい囮になってくれるってな。

 最後の最後まで役に立ってくれよ、虎之助くん」


 異物感。それは腕が引き抜かれてもなお残っていた。

 何かが僕の体に埋め込まれた。


「『エデンの林檎』を埋め込んでみた。

 大変だったんだぜ、残った一つを回収するのは」

「エデンの、林檎を……!?

 僕のロスペイル細胞を活性化させて、それで……!」


「あんたはロスペイルになるかもしれないし、ならないかもしれない。

 急激な細胞変化に耐えられないかもしれないし、耐えられるかもしれない。

 ま、僕としてはキミが生き残ってあいつと戦ってくれる方に賭けるがね。

 それじゃあ、頑張れよ虎之助くん」


 それだけ言って、ジェイドは消えて行った。僕は胸を押さえ、もがいた。自分の中で得体のしれない何かが増殖しているのが分かる……僕が僕でなくなろうとしている。


 ジェイドは言っていた、ロスペイルとは100年前に作られた、人間を作り変えるウィルスだと。そして、それに交代を持つ人間がいるのではないか、とも言っていた。とても自分がそうだとは思えない。ロスペイルの大部分は意志を持たない化け物なのだから。自分の意志が、理性が、記憶が。すべて吹き飛んで行くことに、僕は恐怖した。


(『エデンの林檎』か、ジェイドめ! とんでもない置き土産をッ……!)

「朝凪、さん。出来ることなら、僕が化け物になってしまったなら……

 殺してくれ」

(何を言っているんだね、虎之助くん!

 そんなことができるわけがないだろうが!)


 視界が暗くなり、熱が失われて行く。

 覚醒すらもせずこのまま死ぬかもしれない。


「いままで僕は、人を傷つける化け物を殺して来た。

 自分がそんなことになるなんて……そんなの耐えられませんよ。

 僕は僕自身がやってきた事に、責任をもって死にたいんだ……!

 お願いします、朝凪さん。僕が化け物になってしまったら……」

(これ以上言うな、虎之助くん! どうするかいま考えている……!)


 朝凪さんの口ぶりは、非常に切羽詰まったものだった。

 一秒、数分、数時間。

 朝凪さんは逡巡し、そしてある決断をし、重苦しい口を開いた。


(こうなれば最終手段を取るしかない。

 キースフィアと『エデンの林檎』を融合させ、肉体の浸食を食い止める)

「そんなことが……出来るんですか? 確かに、形は似ていますけど……」


(さてな。

 だがキースフィアがある種の生物的側面を持っていることだけは確かだ。

 有機コンピュータ、あるいは別次元のエネルギーにアクセスするための触媒……

 『エデンの林檎』が細胞を活性化させるものならば、可能性はある。

 融合させた後キースフィアの持つエネルギーで林檎の生体浸食能力を抑える。

 お別れかもしれんな、虎之助くん)


 ……え? 何を言っているんだ、この人は?


(この処理でキースフィアは非常に危険な状態になるだろう。

 セーフティをかけるためには余分なデータを保持している余裕はなくなる。

 私の精神データなど、無駄の最たるものだからな。

 真っ先に消されてしまうだろう)

「そんな……! いいんですか、それで! 消えてしまうなんてッ!」

(死の瀬戸際で他人の心配か。まったく、人がいいというのも考え物だな)


 朝凪さんの苦笑が聞こえて来た。


(贈り物も完成し、この世界でやるべきことは、すべて終わった。

 50年余りの人生と、50年のロスタイム。100年も生きれば十分さ。

 勝手な言い分だが……虎之助くん。この世界のことはキミたちに託したい。

 いまを生きるキミたちにだけ、いまの世界を変える権利はきっと存在する。

 頼んだよ、虎之助くん……!)


 胸の異物感が消失していく。同時に、キースフィア内に存在した朝凪さんの意識が消えて行くのを感じた。キースフィアに金と黒がまだらに混じり合い、光と闇とを放つ。


(頼んだよ、虎之助くん。この世界のことを。

 そして、孫と娘を頼む……)


■◆■◆■◆■◆■◆■◆■


 圧倒的。オーリ=ガイラムの力はまさに圧倒的なものだった。鍛え上げた力が、たゆまぬ絆が、決して折れぬ意志が。たった一つの力にまったく通用しない。


「己が愚かさを理解したかね、諸君? 神へと挑む不敬を……」


 ガイウスは優雅な所作で歩く。ほつれの一つすらないその姿とは対照的に、エリヤやクーデリアたちは既に満身創痍だ。市長軍は既に撤退している。


「メルカバナインも、オーバーシアも、そもそも私には必要ない。

 ただ私が動き回るのが面倒だっただけのこと……だというのに貴様らは。

 よほど私の手を煩わせたいようだ」


 ガイラムが腕を振る。衝撃波が発生し、彼らは吹き飛ばされた。ゴロゴロと地面を転がりながらも、その闘志は欠片も萎えない。ガイラムはそれを見て一瞬不快な表情を浮かべ、舌打ちした。そして、両腕を水平に掲げた。


「ならば分からせてやるとしよう。まずはクロウ」


 ガイラムの背に漆黒の翼が生じ、羽ばたきと同時に羽根を撒き散らした。


「続けてセプテントリオン+サンライト+レインメーカー」


 翼の一つ一つが拳大のプラズマ球体となり、天高く舞い上がって行った。


「理解したまえ! 諸君らは無力である!」


 羽根の球体が炸裂し、大地を埋め尽くすほどの光球が降り注ぐ! 一発一発が必殺の威力を持ち、そしてそれを回避するだけの力はもはや彼らには残されていない!


 それでも彼らは諦めない。決意をガイラムに届かせる、その時まで!


 彼らを闇が覆った。ありとあらゆる光が、その場に向かうことを拒んだのだ。エリヤたちは元より、ガイラムさえも一瞬素の表情となった。同時に、光を放つ球体の軌道が急激に湾曲。狙いを外し、彼らを円で囲むようにして着弾した。


「……バカな。

 私の力を曲げるほどの力を、お前たちは持っていないはず……!」


 ガイラムは天を仰ぎ、息を飲んだ。何かがいる。漆黒の装束を纏ったそれは、鮮やかなムーンサルト回転を打ちながらゆっくりと地面に降り立った。


「何だ、お前は!?

 まさか、お前が私の攻撃を止めたとでも言うのか!?」

「何だ、とはご挨拶だな。

 腹を貫いてくれたこと、よもや忘れたとは言うまいな?」


 ガイラムは電撃に打たれたように震えた。

 黒装束を纏った男――虎之助は立ち上がる。


 そう、鎧ではなく装束と言うべきだろう。かつてのメタリックな外見はそこになく、代わりに体をゆったりと覆う陣羽織めいた装束を彼は身に着けていた。それはほとんど黒一色。繋ぎ目を彩る黄金のラインがなければ墨の塊がそこに立っているものと錯覚してしまうほどだ。装甲と呼べるのは手甲と脚甲、そしてバイザー上のヘルメットだけだ。


「言いたいことは山ほどある。奪われたものは数え切れない。

 だからこれだけだ」


 虎之助は構えを取った。眼孔部を覆っていたバイザーが左右に開き、そこから血のように赤黒いツインアイが現れた。一際強く輝いたそれは、まるで犠牲者の遺志を代弁し、血の涙を流したかのようだった。首元から伸びた赤いマフラー布が風にはためいた。


「終わりにしてやる」


 怒りに呼応するように、装束が赤く輝いた。ファイアパターンの赤い文様が腹部に刻まれ、燃える憎悪の炎が関節を、手甲を、脚甲を赤黒く染め上げた。


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