13-リターニング・マン
「素晴らしい景色だ。ゴミが浄化されて行く。
そうは思わないかね、クラーク?」
戦艦メルカバナイン、ブリッジ。モニター越しに地獄を見下ろしたガイラムが誇らしげに言った。その隣には側近、クラーク=スミスが控えており、恭しく主に礼をした。
「実に素晴らしき光景にございます。
あなた様の未来、あなた様の意志、あなた様の勝利。
世界はあなたによって作り変えられ、染め上げられることでしょう」
クラークはどこか恍惚めいた表情を作りながら言った。彼は思い出す、地下都市構造体でロスペイルを率い、世界の王を気取っていた時代のことを。そしてそんな彼をあっさりと叩き伏せ、手を差し伸べてくれたガイラムの姿を。その時からクラークはガイラム最大の忠臣となった。彼のためなら命を捨てることさえも躊躇しないだろう。
「キミのおかげだ、クラーク。
メルカバの存在を知っているの最終戦争を生き抜いたキミだけ。
メルカバがなければ、我々はこれほどまでに大胆な行動はとれなかっただろう」
クラークは微笑を浮かべながらも、答えなかった。彼にとって旧時代は思い出すことも躊躇われる暗黒の世紀であったからだ。そこにあるのは、恐怖だけだ。
彼が生まれた時から、人類は戦争をしていた。進化した兵器はより効率的に人を殺し、一夜にして大都市を破壊した。新兵器がまるで祭りの山車めいて次々と繰り出され、世界を汚した。それでも人類の歴史に終止符を打ったのは、彼らが300年以上前に作り出した禁断の兵器――核兵器だった。地上は核の冬を迎え、終わりが訪れた。
「これを使うことを躊躇っているのだろう、クラーク。
キミから聞いた話を考えれば、無理もない話だ。葛藤も多くあるだろう。
だがこれは正しきことに使われるべき力だ。如何なる力も使い方次第。
私はキミを失望させる気は無いんだよ、クラーク」
ガイラムの口ぶりには有無を言わさぬものがあった。彼の決断力にクラークは心酔している。ぎこちなく笑みを浮かべながら、クラークはガイウスの言葉に応えた。
「もっとも、メルカバを使うまでもないかもしれないがね。
第一陣は上手くやっている、『プロメテウスの火』の力は素晴らしい……
これをかつて人類は、人類同士の争いに使っていたのか。
まったくもって、愚かしいというほかないだろう」
『プロメテウスの火』。マイクロ波電力供給装置を改良して作られたそれは、元々人類が使っていた機動兵器に遠隔充電を行うために作られた物だった。中枢の核分裂炉より生み出された膨大なエネルギーを変換し、送信する。戦艦周辺に展開していた機動兵器はエネルギー切れを起こすことなく、無限に戦いを続けることが出来たと言われている。
いま、発電機の中枢に据えられているのはロスペイルだ。それもオーバーシアによって強制的に『エデンの林檎』を移植され、四肢を切り落とされ、再生せぬよう硫酸プールに漬けられた。彼は無限の苦痛を味わいながら、無限に湧き出す力を他人に分け与える。想像を絶するおぞましい光景だが、しかしそれに疑問を呈する者は一人として存在しない。
「我々の勝利は決まったようなものだ。不細工な鉄の塊が何するものぞ。
我が神の力、そして神の意志に従う忠実なる戦士たちが地上の浄化を……
なにっ!?」
モニターを見ていたガイラムは思わず叫び声を上げた。クラークもモニターを見上げ、それを見た。おびただしい量のミサイルが空を舞い、強化ロスペイルたちに降り注いでいくその光景を。いったい誰が? このようなことができる人間を、彼らは他に知らない。
「あの機械人形の小娘か!?
小癪な真似をしてくれる、その程度の力では……」
「いえ、おかしいですガイラム様。
あの娘の武器ではあれほどの数を作ることは……!」
モニターの端に、彼らはそれを見た!
漆黒の軍馬に跨り、荒野を駆ける者の姿を!
鋼鉄の駿馬は決定的な殺意を持ち武器を構え、そして放った!
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機体後部に作り出したミサイルランチャーを斉射。周囲の重金属を吸収し構成されたミサイルが、白煙を撒きながら飛んで行く。それらは殺到する強化ロスペイルに命中し、しばし痛みでその動きを止めた。一撃では殺せないが、しかし反撃の時間を作るには十分。
「跳べッ! スレイプニル!」
僕の命令に従い、スレイプニルが地を蹴った。振り下ろされた巨大な腕を寸でのところで回避し、そのまま突進。ヘッドについた巨大な角をロスペイルの両目に突き刺した。痛みに呻き、視界を塞いだロスペイル。僕はシートから跳び、ロスペイルの頸椎目掛けて生成した大剣を振り下ろした。巨大な剣が肉ごと頸椎を切断し、その動きを止めた。
「強化ロスペイル……!
こいつら一体一体が林檎持ちと同じような力を……」
(分割されているから、当然アリーシャくんや御桜くんほどの力はないだろう。
だが、それだけ数がいる。しかも向こうの手駒は無数にあるぞ、虎之助くん)
要するに、こいつらに構って時間を浪費してはいられないということか。
「メルカバへの侵入ルートは分かっているんだよな、朝凪さん?」
(無論だ。向こうの世界で作った詳細な地図がこちらのデータ上に存在する。
過去のメルカバだから、まだ復旧していない場所があるかもしれないが……
それでも十分に実用には耐えるものだと思う。内部に突入するぞ!)
倒れ伏すロスペイルから飛び降り、再びスレイプニルに跨る。同時にミサイルランチャーを展開、周辺一帯に向けて狙いを付けずに放った。周囲を乱舞するミサイルはアトランダムにロスペイルたちを傷つけ、その動きを止めた。隙を見出した兵士が後退する。
(これ以上攻撃を行うと、敵に目を付けられてしまうぞ!)
「でも、あのまま死んでいくのを見逃していいはずがないでしょう……!?」
黒い影が僕にかかる。
見上げると体長30mの巨獣、ベヒモスがいた。
「エイジアーッ! いつのかの借り、ここで返させてもらおうかァーッ!」
飛びかかって来るベヒモス、
僕は車体をターンさせ、避けようとした。だが。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
横合いから放たれた跳び蹴りがベヒモスのアンブッシュを阻んだ。顔面を陥没させ、ベヒモスは吹っ飛んで行った。襲撃者クーは脚部に装備したMWSを解除し、ライオットシールド型に変形させ着地。クルリと振り返って僕に向かって飛んで来た。
「トラさーん! 生きていたんですね、やっぱり!
信じてましたよーッ!」
飛びかかってきたクーの小脇を抱え、着地させる。
「ごめん、帰って来るのが遅くなった。
それよりも、マズいことになっているんだ」
「あの戦艦のことですよね?
さっさと中に入ってあれを止めないと!」
分かっているなら話は早い、僕はクーをシートに乗せた。
「ウオォォォォーッ! 逃がすと思っていやがるのか、エイジアーッ!」
「逃がしてくれないと困るんだよ! イヤーッ!」「グワーッ!?」
立ち上がったベヒモスの右目が鋭く切り裂かれた。目を抑えるために上げられた右腕をすり抜け、僕たちはメルカバナインへ向かった。そのシート上にエリヤさんが着地する。
「よう、帰って来たか。始めちまっているが、別にいいんだよな?」
「エリヤさん! すみません、心配をおかけてしまって……」
「心配しちゃいないさ。
市長軍にここを任せ、さっさとこれを終わらせよう」
ベヒモスが叫び声を上げるが、それは爆音によって飲み込まれて行く。僕はスレイプニルを蹴り車体を加速させ、浮上しようとするメルカバナインへと向かって行った。




