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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
燃え上がる怒りと憎悪の炎
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13-神の身を写し出す者

 地面に降り立ち、空を見上げる。御桜さんの肉体は赤熱機構によって完全に焼き溶かされ、欠片も残さずこの世界から消滅した。これしかなかったのか、こうするしかなかったのか。消し去ったはずの後悔が蘇って来る。僕は拳を地面に打ち付けた。


「ダメだよ、兄さん。そんなことをしちゃあ……

 ああするしかなかったんだ、きっと」


 ユキは気丈にも僕を励ましてくれる。

 負ったダメージは自分の方が大きいだろうに……


「ここでじっとしているわけにもいかないぞ、虎之助くん。

 ここがフェイクだった以上、我々は奴らをまた探さなければいけない。

 また、彼女のような被害者が出る前に……」

「分かっていますよ、エリヤさん。

 こんなところで……死ねないから」


 オーバーシアへの憎しみを充填し、立ち上がった。

 パチパチと手を叩く音が聞こえる。


「素晴らしい。

 知恵の実を与えた彼女が敗北するとは思ってもみなかった。

 エイジア、そしてアストラ。キミたちの力は予想していた以上だ。

 驚嘆に値すると言っていい」


 聞いたことがある声。僕は振り返り、敵を見た。

 この世に存在してはいけない男を。


「オーリ……ガイラム! 貴様ァッ……!」


 緩くウェーブした長い髪、切れ長の目、穏やかな笑み。皺の一つすらないダブルスーツ、気取った男。その傍らにはダスターコートを羽織った女性がいた。目元には痛々しい裂傷が刻まれている。恐らくあの女も、オーバーシアの関係者なのだろう。


「強い殺意を感じるよ、結城虎之助くん。

 私を殺したいのかね? だがそれは……」


 言い切る前に踏み込み、拳を放った。

 ガイラムはそれを真正面から受け止める。


「私を殺したところでどうなるというのだね?

 私が死んだとしても、死んだ人は二度と帰っては来ないというのに。

 過去に囚われ未来の選択を間違えるのは愚かなことだよ、虎之助くん。

 私は未来のために行動している、常にね。だからこそ……」


 掴まれた手の甲からブレードを発生させる。ガイラムは一瞬早く手を放し指切断を免れ、続けて振り払った僕の腕をガードした。強く押し込み、ガイラムを睨む。


「未来のことを考えている?

 奇遇だな、ガイラム。僕もずっと考えている。

 死んだ人は帰って来ない、だがお前が死ねば未来に死ぬ人を助けられる!」

「人殺しが罪だというのならば、人類はどのようなことも成すことは出来ない。

 何故ならば人類社会と言う者は犠牲の上に成り立つ楼閣のような物であり……」


 膝を打ち込み黙らせる。ガイラムがぐっ、と息を詰まらせた。拘束が緩んだ隙を見計らい、僕は腕を引く。そして両腕にブレードを生成し、刺突の連打を繰り出した。ガイラムはそれを巧みに避け、後方ジャンプで攻撃から逃れた。


 そこに槍を持ったユキが飛びかかって来た。ユキは上空から生命の樹で形作った槍を投げる。ガイラムは軽く上体を逸らしそれを避けるが、しかし槍から生えた触手めいた幹を避けることは出来なかった。生命の樹がガイラムに絡み付き、その行動を妨げる。


「人類社会は犠牲の上に成り立っている、か。真実だ、それだけは」


 喉元に刀の切っ先が突きつけられる。

 ガイラムはいっそ冷酷なほどの目でそれを見た。


「だが我々にとってそんなことは関係ないということを忘れてもらっては困る。

 私たちは多少の差はあれど、貴様の行いに怒り、恨みを持つ者たちの集団。

 故に、貴様の語る通り一遍の理論になどに懐柔されることは断じてない……!

 ここで死ね、ガイラム」


 エリヤさんの死刑宣告を受けてなお、ガイラムは困ったような笑みを浮かべるにとどまった。彼女は訝しむ、ロスペイルとて死ぬ時は死ぬというのに、この男は……


「手伝った方がよろしいでしょうか、教主?」

「いや、結構。もしもの時が来た時のために、キミを呼んだ。

 まだ想定の範囲内だ」


 女が問いかけるのを、ガイラムは笑って受け流す。


「なるほど、ありとあらゆる懐柔が通用しない獣めいた連中だということか。

 最近の信徒は皆物分かりがよくて、そういう者がいることを忘れていたよ。

 ありがとう、思い出させてくれて。さて、ならばどうするか……

 考えなくてはならないが、答えは一つしかない」


 ガイラムの体が光った……否、どこかから光を受けたように輝いた。


「我が力を持って屈服させるのみ。恐れよ、我を。

 我こそは地上に顕現せし神なり!」


 ぐっ、とガイラムは全身に力を漲らせた。生命の樹による拘束があっさりと、力づくで打ち破られた。エリヤさんが刀を突き込もうとした、だが上空から放たれた光線が刀を鍔の辺りから溶断してしまった。流れた彼女の体に、ガイラムは前蹴りを打ち込んだ。


「MIX。ゼブラ+ジャッジメント」


 ポツリと彼がつぶやくと、再び彼の体に光が差した。ガイラムは指を第一関節で曲げた特徴的な構え――ゼブラのものと同じだ――を取り、僕を待ち構えた。刀を振り下ろすが、一歩踏み込んだガイラムは手首を打ちそれを逸らす。そして素早く手首を返し、胸板にチョップを打ち込んだ。痺れるような感覚、これは電気?


 痺れによって動きを止めた僕に、ガイラムは連続で掌打を打ち込んだ。一撃一撃の重さもさることながら、電撃が僕の体を内から焼き焦がす!


「イヤーッ!」「グワーッ!」


 更にガイラムはその場で反転、馬めいた強烈な勢いでバックキックを繰り出した! 凄まじい衝撃と電撃に吹き飛ばされ、僕は壁に叩きつけられる!


「その構え……ゼブラの? だが、この電撃は……」

「この程度で驚いてもらっては困る。

 次はどうするか……ソリッド+トキシック」


 ガイラムは両手を広げ、ユキを待ち構えた。訝しみながらも、ユキはブレードを打ち下ろした。柔らかい生身に当たった刃は、しかし弾き飛ばされた。ガイラムは動かない、ユキは連撃を繰り出した。だが……一撃としてガイラムにダメージを与えるものはない!


 更に、いつの間にかユキのアームブレードはボロボロになっていた。どういうことか、と考えた時、凄まじい悪臭が鼻を突いた。彼の体を汚染物質の皮膜が覆っているのだ。


「イヤーッ!」「グワーッ!?」


 そして、ガイラムは全身から汚染物質の奔流を迸らせた。至近距離にいたユキはそれを避けることが出来ない。圧力によって吹き飛ばされ、そして全身に付着した汚染物質によって苛まれた。生命維持に支障ありと判断したドライバーが、ユキの変身を解除した。


「どう言うことだ、こんな多彩な能力……

 有り得ないぞ……!」

「有り得ないことを、有り得ることとする。

 それが私の力だ、虎之助くん」


 その時、塀の向こう側からいくつもの銃口が現れた。『白屋敷』を包囲していた市長軍だ。だがそれが火を噴くことはなかった。女が身じろぎをする間にすべては終わった。


「教主の邪魔はさせん。それが私がこの場にいる意味」


 一瞬の後に、彼女は白い怪物へと変わった。彼女の足元から伸びた白い茨が人々を絡め取り、殺した。まさか、あれほどまで広範囲に展開することが出来るとは……!


「フラワーロスペイル……! 貴様だったのか!」

「哀れなものたち。

 私たちが流した情報に踊らされ、本質を見極めることさえ出来ない」


 ふっ、とガイラムが笑った。その瞬間には、彼の姿が霞み、消えていた。


「ジャッジメント、『ライトニングアクト』」


 かつての戦いでジャッジメントが見せた雷化だ。一瞬にしてガイラムは僕の背後に回り、破壊的な力を構えていた。不可視の力がガイラムの腕に収束する。


「ベヒモス+コンバット+アースクエイク」


 まず、巨大な拳が見えた。続けて、それが金属めいて硬化した。そしてそれが細かく振動を始めた。ガイラムはそれを振り抜いた。重ねた手甲が砕け、伝播した衝撃が鎧を砕き、内部にいた僕まで伝わった。振動で内臓が揺れるのを、僕は感じた。


 僕は地面に叩きつけられた。それだけに留まらず、バウンドし10mほど吹き飛ばされた。装甲に致命的なダメージが蓄積し、安全装置が作動。エイジアの装甲が解除される。僕は立ち上がろうとしたが、出来なかった。赤黒い血が口からせり出して来た。


「神とは万能の存在。

 すなわち、私にこそ神たる資格が存在する」



 ガイラムは僕に歩み寄って来た。

 アルカイックな笑みを浮かべ僕を見下ろす。


「私は、私が見たすべての力を操ることが出来るのだよ」


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