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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
燃え上がる怒りと憎悪の炎
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13-儚きいのち

「グワーッ!」


 何をされたのか、まったく分からなかった。僕は吹き飛ばされ、壁に激突した。よろよろと立ち上がり、彼女を探した。狭い通路いっぱいに、腕を振り上げるのが見えた。


「AAAAAAARRRRGU!」「グワーッ!」


 振り払われた腕に吹き飛ばされ、僕は床を転がった。そして、気付く。パワー自体はアルクトドスよりも弱い。あの変身に際して、筋力が低下しているのだろうか?


 無論、それは僕にとって何の救いにもならなかった。御桜さんが構えを取った、あの不可視攻撃の予備動作だと僕の体が理解した。僕は斜め上方、階段上を一蹴りで跳んだ。直後、御桜さんが階段に突っ込んだ。衝撃波に煽られながらも体勢を立て直し、手甲コイルガンを生成し連射。彼女の体に弾丸が突き刺さるが、しかしすぐに傷は再生する。


(あれはオファリング・アルクトドス……!

 何と言うことだ、こんなことが!)


 エイジア内の朝凪幸三が驚愕の叫びを上げた。


「オファリング・アルクトドス!?

 何だ、それは。いまの御桜さんのことか!」

(『エデンの林檎』をロスペイルに投与した状態のことだ!

 未来世界においては使い道のなくなった林檎をこの方法で処分した!

 ロスペイル細胞の活性化により身体能力は3倍強まで上昇!

 更に理性がなくなることで100%の力を出すことが出来るように)


 御桜さんの姿がまた霞み、消えた。防御を固めるが、しかし僕は衝撃波によって吹き飛ばされ、床に叩きつけられた。痛みをこらえながら見上げると、彼女が天井を掴みこちらを睨んでいた。天井を蹴り高速で落下しながら、彼女は爪を振り払う。


「GRRRRR!」「イヤーッ!」「GRRRRR!」「イヤーッ!」


 爪を紙一重のタイミングで弾き飛ばしながら、後退する。やはり腕力自体は低下しているようだ。空力を考慮した結果、無駄な筋肉を省くことになったということか。しかし、朝凪幸三の言う通りスピードは元の状態よりも遥かに優れている!


「イヤーッ!」「GRRRRR!」


 爪を受け流しつつ、僕は前蹴りを放った。御桜さんは素早くバックジャンプを打ち後退、信じられぬことに空中でぐるりと4回転し、4本の足で地を掴んだ。またあれが来る、身構えた瞬間には衝撃が僕の体を貫いていた。


「グワーッ!?」


 吹き飛ばされ、玄関から飛び出し僕は階段を転がった。御桜さんは僕を飛び越し着地する、そこには退避出来なかった市長軍兵士がいた。警告より先に彼女は殺戮を開始する。


(彼女のスプリントはゆうに音速を越える!

 機器で計測出来る範囲だけでマッハ7、細胞が馴染めばこれも超える!

 彼女にタメの隙を作らせるな、常に至近距離で戦え!)

「そんなこと言われたって、こっちも予備動作を見て防御するのが精一杯だ!」


 彼女を追い切ることが出来ない。そうしている間にも彼女は高速スプリントで兵士をなぎ払い、爪で引き千切っている。彼女にこれ以上殺させるわけにはいかない!


 エイジアの知覚能力を最大限に引き上げる。周囲のありとあらゆる雑音を拾い、頭が割れるような痛みに襲われる。こんな力、人間に耐えられるものではない……! だが僕はそれに耐え、彼女の移動ルートを予測。コイルガンを生成し、放った。


 門柱を蹴り、噴水前で右往左往している兵士を切り裂こうとした御桜さんを、銃弾が襲った。眉間に突き刺さった弾丸は彼女の集中をかき乱したのだろう。体勢を崩した御桜さんは、自らが生み出した空力に逆らうことが出来ず、空中でぐるりと2回転した。噴水を飛び越し、地面に叩きつけられる。苦悶の叫びを上げる!


「逃げろ、彼女は僕が受け持つ! さっさと逃げるんだ!」


 僕は二刀を生成し、御桜さんに切りかかった。常に至近距離、踏み込む隙を与えなければ、彼女は多少素早いロスペイルでしかない……はずだ!


 突き込まれた右の刃を、彼女は胸で受けた。刃が動体を貫くが、しかし致命傷には至らぬ。どころか、引き締められた胸筋によって刃を引き抜くことが出来なくなってしまう。刀から手を放し、右半身を狙って放たれた腕を屈んで回避。続けてコマめいてクルクルと回り、強烈な回し蹴りを避けながら側面に回り、腕を切りつけた。


 鮮血が舞う、だが浅い。切断どころか腱まで刃が通っていないのだろう。弱体化したとはいえ、凄まじい筋密度だ。掬い上げるようなバックキックをブリッジで回避し、反転し振り下ろされた爪をバック転で避ける。胸筋に突き込んだ刃を分解し回収、再形成。


「イヤーッ!」「GRRRRR!」「イヤーッ!」「GRRRRR!」


 その背に十字の傷が刻まれた。ユキとエリヤさんが振り下ろした剣による一撃だ。通常のロスペイルならばこれで決まるだろうが、『エデンの林檎』によって強化された御桜さんはこの程度では止まらない。右足を軸にその場で回転しながら爪を振り回す! 圧倒的破壊の暴威を、二人はそれぞれ回避した。三対一で僕たちは向き合う。


「硬いな、なんつー筋肉だ。さすがは『エデンの林檎』ってところか」

「これ以上、こうしているわけにはいかない。彼女を殺して止めます」


 ユキがビクリと震えた。

 すまない、ユキ。キミの先輩を……あの御桜さんを殺すようなことになってしまって。思えば長い付き合いだった。彼女にはいろいろと助けてもらったが、果たして僕は彼女を助けたことがあっただろうか? 助けられたことがあっただろうか? これが僕に巡り巡って来る因果だというのならば、あまりにも過酷過ぎる。


 僕たちは一斉に飛びかかった。都合5本の刃に狙われているというのに、彼女はそれを見事に捌く。否、何度も彼女の体には裂傷が刻まれたが、すぐにそれは修復されていく。一撃を持って彼女の肉体を滅ぼす他、手はないのだ。


 そして、一撃必殺を狙っているのは御桜さんも本能で理解していたのだろう。彼女は攻防の途中、いきなり仁王立ちになった。僕たちは警戒する暇もなく、彼女に打ち込んだ。僕の二刀が両脇腹を抉り、ユキの左ブレードが彼女の太ももに刺さった。エリヤさんが放った刺突が、顎の下から脳を狙った。だが、一つとして致命打には至らない。


「AAAAARRRRRRGU!」「「「グワーッ!?」」」


 固めた筋肉がすべての攻撃を受け止めた。彼女は全身を捻りスピンジャンプを打ち、無理矢理僕たちを引き剥がしにかかった。武器を握った腕を支点に僕たちは振り回され、吹き飛ばされた。御桜さんは後方スピンジャンプで見事な着地を決め、そして4本の足で地面をしっかりと掴んだ。全身に力が漲って来るのが遠目にも分かる。


 僕は跳んだ。軽い踏み込みでも音速を越えるのだ、これほどまでに……引き絞られた弓のようになったのならば、それがどこまで加速するのかは分からない。放たれた衝撃波はシティをなぎ払い、致命的な殺戮を生むだろう。だからこそ、僕は跳んだ。


 御桜さんの足元がひび割れる。彼女の力によってではない、芽吹いた命によって。直後、彼女の腹を突くように生命の樹が顔を出した。凄まじい勢いで成長した植物は彼女を持ち上げ、天高く打ち上げた。彼女は木の葉めいて宙を舞った。


「すまない、ユキ。本当にすまない。

 お前にこんなことをさせてしまうなんて……!」


 これだけしか思いつかなかった。三方を囲めば、彼女は必然的に後方に飛ばざるを得ない。僕たちに隙が生じたならば尚更だ。だから僕は、ユキに種をあらかじめ撃ち込んでもらった。タイミングを計るのは難しかったが、幸運が僕たちを助けてくれた。


 20m近く打ち上げられた御桜さんはもがくが、しかしもうどうしようもならない。翼を持たない彼女は、空を泳ぐ手段を持たない。僕は持っている、このスラスターとブースターを。僕は自らの体を打ちあげ、すべての力を右足に収束させた。


「ブースト……! クラァァァァーッシュ!」


 右足にすべてを乗せた。

 力も、迷いも、悲しみも。


 彼女は両腕を抱擁めいて広げた。口の端が持ち上がった気がした。

 止まらない、止められない。ごめんなさい。


 蹴り足が彼女の胸に吸い込まれ、そしてすべてにケリをつけた。


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