12-ロスペイル・イブ
落下の衝撃を砂と前転で殺し、僕たちは懐かしき荒野に降り立った。船の残骸が投げ出され、不幸な兵士が押し潰される。僕は上を見た、アリーシャだったものを。
「兄さん、あれは何なの?
アリーシャはいったい、どうなってしまったの!?」
ユキの悲痛な声に答えることが出来ない。僕もまた、答えを持っていないからだ。あの少女がどうして高層ビルよりも背の高い怪物に変貌している? ロスペイルだということはともかく、ワケの分からないことだらけだ。分かる奴は逃げてしまった。
(マズいぞ、虎之助くん!
あれは『エデンの林檎』、神話に語られる禁断の知恵の実!
口にしたものに大いなる力を与える、このままではマズいぞ!
あのロスペイルは与えられた力を使いこなすことが出来ていない。
破壊と殺戮を撒き散らすだけの存在だ!)
アーノルドも『林檎』という言葉を口にしていた。知恵の実の神話は子供の頃父さんから教えてもらった気がする。人間は神から『口にしてはならない』と言われた果実を食べてしまい、楽園から追放されたという。神さえも危険視する力を人間に与えるのだ、と僕は解釈した。そしてその解釈は、あながち間違っていなかったのではないだろうか?
轟、と空を切る音が聞こえた。赤い炎の尾で空に幻想的な軌跡を描きながら機械武装した何かが飛んで行った。あれはクー? 外見はまったく違うし、彼女から感じた人間的な温かみは微塵も感じない。だが武装から判断すればそうとしか考えられなかった。
「ジェノサイド・シフト発動。
高脅威目標を速やかに排除します」
ぞっとするほど冷たい機械音声がクーの口から流れた。彼女は両腕からミサイルを生成、アリーシャだった怪物に向けて放った。アリーシャがミサイルを一瞥すると、それは空間の歪みに飲み込まれ、押し潰され、爆発した。大気を焦がす臭いがした。
「虎之助くん! 無事だったのか、よかった……」
「エリヤさん!
こっちは大丈夫です、それよりも皆さんはどうなんですか!?」
エリヤさんは渋い顔をした。
代わりに、隣から現れた市長がそれに答えてくれた。
「あの規模の被害があったにしては、奇跡的なほど死者は少ない。
つっても、ほとんど壊走状態だがな。
いまは負傷者の選定で、まともに動くことが出来る奴はいねぇ」
「市長!? あっ……いや、なんであなたまでこんなところに!?」
「いまそんなこと言い合ってる場合じゃねえ。
追々説明していくさ、それより……」
スラスターを駆使した三次元的な機動で、クーは歪みを巧みに避け、マシンガンを放つ。マシンガンの弾はアリーシャの表皮で炸裂し、それを抉る。しかし、驚くべきことに弾丸を受けた傷が瞬時に再生していた。御桜さんと同じ力、だが桁違いの威力だ。
「まさか、あの子があんなふうになっちゃうなんてね。
どうするんだい、結城さん?」
御桜さんは冷や汗を流しながら言った。彼女の立場から言えば、さっさと排除したいだろう。だが、僕はそんなことをしたくはない。アリーシャはただ暴走しているだけだ……
(殺せ、虎之助くん!
いまを置いてあの怪物を排除するタイミングは他にない!)
「グワーッ!? 頭の中でッ……グワーッ!」
「お、おい。どうしたんだ虎之助くん? いきなり……」
いきなり朝凪さんからの『干渉』が強まって来た。HMD上に『操作権限移譲』『ジェノサイド・シフト』『危険域』の単語がパッと現れては消える。サポーターとしてシステム内に在中していた朝凪さんが僕の体を、エイジアを動かそうとしているのだ。
「止めろッ、僕に触るな!
あんたのことは尊敬しているが、言いなりにはならない!」
(私に体を預けろ!
悪いようにはしない、これから起こる悲劇を回避するためには!)
「黙れって言っているだろうッ! ふざけるな!」
他の面々からすればいきなり独り芝居を始めたように見えただろう。だが、僕にとってみれば必死なものだ。即座にサポートシステムを切り離し、朝凪さんの干渉を跳ね除ける。同時に、僕は片膝を突いた。朝凪さんではない、通常の戦闘サポートシステムによって助けられていた僕は、真に独力でこの力を操ることに慣れていない。
「ど、どうしたんだ? 体調が悪ぃんなら、下がってろよ」
「いえ、大丈夫です、もう。それより、あの子をどうにかしないと」
僕はアリーシャを、アリーシャだった怪物を見上げた。獣の翼を広げ、世界を壊す悪魔を。このままで終わらせたりはしない、彼女を破壊者などにはしない。
「ユキ、御桜さん。あいつら言ってましたよね?
林檎を取り除けば元に戻る、って」
「『かもしれない』って言ってたのは聞いたよ。
そのために命を賭けるのか、あんたは」
深呼吸を一つして、僕は立ちあがった。
大丈夫、動ける。そのために積み重ねて来た。
「賭けますよ。これ以上あいつらの思い通りにさせてなるものか……!」
「僕も……僕も手伝うよ、兄さん。
あの子を助けるために、僕はここまで来たんだ」
ユキは確かな覚悟を秘めて言った。
その隣に市長と、そしてエリヤさんが並ぶ。
「策はあるんだろうな、虎之助くん?
そもそも林檎とやらはどこにあるんだ?」
「さっぱり分かりません。でも、探し出します。
探しもしないで諦めたくはないんだ」
「悪くねェ。
思いっきり行って来い、ケリを付けるのは大人の仕事だからな」
市長は軽く腕を振った。甲殻の剣が現れる。僕は走り出した。
「あんたら、乗れェッ!
ここを昇って行くのは、さすがにキツいだろ!」
御桜さんは四足を地面に突き、その背に三人が乗った。僕は重力制御能力を発動させ、あの時と同じように船を駆け上って行った。最初と違うのは破壊によって船が大分昇りやすくなっている、ということ。そしてそれがいまも広がっているということだ。
「必ず助ける……!
苦しいだろうが待っていてくれ、アリーシャ!」
爆炎と衝撃が空を撫ぜる。アリーシャとクーの死闘はいまも続いている。どちらにも、誰も殺させはしない。そのために僕はいま、ここにいるのだから!




