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少年探偵とサイボーグ少女の血みどろ探偵日記  作者: 小夏雅彦
第四章:追放者の果実
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12-Sideユキ:死地への旅路

 シティイースト、港湾地区。普段はバイオ漁船や離島就業者によって賑わうこの場所だが、今日ばかりはその雰囲気が違っていた。市長軍の軍人やエンジニアがひっきりなしに行き交い、殺伐としたアトモスフィアが漂う。然り、これは戦争なのだ。


「第一から第三まで、準備整いました。いつでも出撃できます」


 甲板上で部下の報告を聞いたジャックは、煙草の火をもみ消し片手で彼に挨拶を返した。軍人は効果音さえなりそうなほど見事な敬礼をして、その場から去って行った。


「しかし、市長その人がアウトラストに向かうとはな。

 いいのか、そんなことをして?」


 その隣にはもう一人、美女がいた。朝凪エリヤ、彼女もまた市長軍と共に、さらわれたアリーシャを取り戻すために同席していた。ジャックは自嘲気味に微笑んだ。


「俺はこの都市の最高権力者なんかじゃない。

 テレビなんかを見て誤解しているのかもしれないが、お飾りさ。

 いなくなればちょっとの間惜しまれて、そして次の市長が選出される。

 もし権力を掌握しているンなら、それを手放したりはしないだろうしな」

「そりゃそうだ。長年の疑問が氷解したよ、ありがとう市長」


 二人の口調は大分砕けたものになっていた。ここまでこぎつけるための一日が上手く作用したのだ。アリーシャ誘拐の報を受け、市長はすぐさま市長軍に出撃命令を下した。オーバーシアの関連をでっちあげ、アウトラスト進軍の妥当性を主張した。なかなかダーティな手段を使ったが、ある意味では事実なのだから仕方ない、と彼らは割り切っていた。


「あんたたちの協力があるなら、心強いよ。

 強力なロスペイルには対抗手段が少ない」

「どこまでお力になれるかは分からんが、善処するとしよう。

 それより、アンタはこれからのことを心配しておくんだな。

 もし何の成果も上がらんかったらクビになるぞ」

「挿げ替えられるのが怖くて、市長なんぞをやってはいられんよ。

 それに、俺はこんなところで死ぬ気なんぞ毛頭ない……

 俺には変えなければならないものがあるのだからな」


 ジャックは煙草を握り潰し、灰皿に入れた。

 船のエンジンに火が入った。


「しかし、今更ながらユキくんを連れて来なくてよかったのか?

 彼が何かの力を持っているのは確かだったのだろう?

 戦いには必要不可欠なものかと思うが……」

「あの子には戦う理由がない。

 巻き込まれてきただけさ、いまもこれまでも。

 それに、あんな子供に戦いを強要するような大人にはなりたくない」

「ああ、なるほど……まあ、十分な理由だわな。それは」


 ジャックは恥じるように顔を伏せた。ユキには戦う理由など一つもない。エリヤのように仕事であるわけでも、虎之助やクーデリアのようにロスペイルを殺すことこそ我が使命というタイプでもない。ただ、預かった子供がたまたま標的になり、たまたま戦えるだけの力を持っていた。それだけのことだ。これ以上巻き込むわけにはいかない。


「……っし! 市長軍各員に告ぐ!

 これより我々は前人未到の地、アウトラストへと向かう!

 目的は卑劣なカルト宗教団体によって誘拐された少女を救うことだ!

 カッコいいぞ、先達の誰もが、これほど英雄的な作戦に参加したことはない!」


 ジャックのジョークに、兵士たちの緊張が少しだけ和らいだ。


「敵の力は強大だ!

 だがそれ以上に、キミたちが精強であると私は信じている!

 諸君らの奮戦に期待する!

 この一歩こそがシティの未来を守ることになると心に刻め!」


 兵士たちは歓声を上げる!

 重い音を立てて重機動船『バンディット』『レオパルド』『ワッチタワー』の三隻が発進! 闇を切り裂く轟音が辺りを覆い尽くす中……クーデリアはただ一人、船倉において謎めいた座禅トレーニングを行っていた。


(制御する、私の力を。私の心を。

 そうしなければ、私はただ……)


 クーデリアの思いをよそに、船は進んでく。死地へと。




 一方、ノースエリア結城邸。

 静かな夕食の風景がそこにはあった。


「……どうしたんだい、ユキ?

 あまり食欲が湧いていないみたいだけど……」

「うん、ごめんね母さん。せっかく作ってくれたのに……」

「いいのよ。でも、どうしたの?

 そんなに落ち込んでいるのは珍しいわね」


 父、一馬と母、ミストレルは心配そうにユキの顔を覗き込んだ。ユキは二人を心配させまいと精一杯笑顔を作ったが、痛々しい表情が彼らの不安をより掻き立てた。


「やっぱり、図書館から消えたっていう子供のことを心配しているんだね?

 ユキはよくやった、あれは仕方がないことだったんだよ。

 相手は誘拐のプロなんだから」

「でも、僕がもう少ししっかりしていればあんなことにはならなかった……」

「たらればで自分の心を傷つけるのは止めるんだ、ユキ。

 いまのキミは誰かに罰して欲しいと思っているようだ。

 そうじゃない、いまのお前に必要なのは休む時間さ」


 一馬の叱責は厳しくも優しさに満ちたものだった。

 ユキははっとなって顔を上げた。


「しばらく休みなさい、ユキ。自分の心に整理を付けるんだ」

「……うん、分かった。ありがとう、父さん。

 それから母さん、ごめんね」


 結局、ユキは一口も食事に手を付けないまま自分の部屋へと戻った。そして電気もつけずにベッドに倒れ込んだ。室内は本棚と机のせいでやたらと狭い。まるでこの部屋が罪深き自分を押し潰そうとしているようだ。ナーバスになったユキは本気でそう思った。


 ユキはサイドボードに目を落した。そこには、幼い頃兄と一緒に撮った写真があった。ユキはクスリと笑い、それを手に取った。面影を残す二人の姿がそこにはあった。


(兄さんはこの頃から正義感の強い人だったな……

 そして、いまは単に正義感が強いだけじゃなくて、自分で行動している。

 それに引き換え、僕はいったい……どうなんだ?)


 狭く暗い部屋に戻ってきた事で、自己嫌悪が蘇って来る。自分の力では守り切れなかった。ロスペイルに倒され、彼女が連れ去られるのを黙って見ていることしか出来なかった。エリヤに言われた、『キミに戦う理由はない』と。だからこうして寝転がっている。


 目を閉じ、己が内なる声に耳を傾ける。

 これは一種のメディテーションだ。


(本当にこんなところに寝転がっていていいのか?)

「それだけが僕に出来ることだ。

 行ったって絶対、何の役にも立てないんだから」

(役に立つとか、立たないとか、そんなのが関係あるのか?

 もしあるとするならば、それは何が出来るかじゃない。

 お前がいったい何をしたいのかじゃないのか?)


 目を閉じるといろいろなことを思い出す。アリーシャという少女と出会ってから、今日までの記憶が。図書館で勉強を一緒にしたり、時々周りを散歩したり。フェスティバル出会った時のことを思い出した。マーセルで一緒に食事をした時のことが蘇って来た。彼女の笑みを、彼女の仕草を、些細なことでも思い出せた。


「あの子と一緒にいるのは楽しかった。

 あの子に教えるだけじゃない、僕も教えられたんだ。

 自分が本当にどんなことをしたくて、どんな人間になりたいのか……」

(それじゃあ、こんな所で寝ているのはあまりに不義理なんじゃないのか?)

「ああ……そうだ。何が出来るかじゃない。僕が何をしたいかだ……!」


 ユキは体を起こし、窓の外を見た。

 その目にはもはや一片も迷いはなかった。


 ……ミストレルがユキの部屋には行った時、すでに彼はいなかった。テーブルの上には『必ず帰る』の置手紙、窓は前回になっており夜風が吹き込んで来た。彼女は困ったような笑みを浮かべ、それを持って一馬の下へと向かった。


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