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12、麗しき人魚姫の中の人と義理の弟 3

 

 「歌」は人魚の武器の1つである。

 

 ただし、聴いた者を意のままに操るほどの強制力はなく、共感を誘い欲求を増幅させる程度の力だ。

 それでも眠気を誘って、見張りを油断させるには十分である。

 

「おやすみ~、お眠りぃ~、気持ちよ~く深ぁ~くぅ」


 心がこもっていれば、歌詞なんてどうでもいい感じで共感を誘う事ができるのが人魚だ。

 誘い出した欲求を増幅させるには、聴き手に心酔してもらう必要があるのだが、適当に歌ってもいい歌っぽく聴こえるのは、人魚の資質なのだろう。たいした練習をしなくても上手く歌える者がほとんどである。

 稀に音痴な奴もいたりするが、それもまた個性として重宝される。歌にオリジナリティを求めるには、いいとっかかりだとかなんとか。

 楽しいが正義とばかりに皆好きに歌ってるだけ、とも言うな。


 海へ面した大扉から奥へ長細い倉庫の側面。海寄り4分の1辺りにある、出入り用の裏口に立つ見張りは1人。

 私は気分よくささやく様に歌いながら、うつらうつらし始めた倉庫の入り口の見張りに接近し、手刀で昏倒させた。次いで張り込み時に知った、合言葉的リズムで扉をノックする。


「おい、交代には早―――」


 顔を出した中の見張りの顎へ、下半身をバネの様に利用した渾身のアッパーカットをえぐり込んだ。半開きの扉の隙間から、白目をむいて仰向けに倒れている見張りを確認する。

 よしよし。幸先さいさきは順調だな。


「おまっぶぐぁ!!」


 と、思ったら扉の影からもう1人現れたので、海から担いできた麻袋を捨て、扉枠の上部に指をひっかけてぶら下がり、内開きの扉を思いっきり蹴り破った。意外とあっけなく外れた扉が、もう1人へ覆いかぶさるように倒れていく。そこへぶら下がって揺らした体の勢いをそのままに、体当たりをかました。


 上半身が華奢であっても、海中を自由に泳ぎ回るための下半身にはみっちり筋肉が詰まっているので、人魚はそのへんの人族男性より重い。

 だって体長2メートル前後に成長するカマイルカだって、普通に体重が100キロ越えなのだよ?正確に測った事なんてないが、きっと似たような重さであるはずだ。


 鈍い音がして、扉と私の下敷きになっている男は動かなくなった。状況的に受け身を取る間もなく、後頭部を土がむき出しの床へ打ち付けたのだと思うが・・・死んだかな。

 積極的に殺しに行く気はないが、人魚を捕らえている奴らの命を保証する気もない。こちとらすでに2人消されているのだ。平和的に解決したいと思える程、私の脳内に花は咲いていない。


 それでも襲ってきた罪悪感に唇を噛みしめて耐えていたら、視界の端に影がかかった。慌てて振り向いた先にいたのは、手刀で昏倒させたはずの見張り。その手には刃物が握られている。

 ここは近付いてきたところを足払い、後に我が必殺技、魚尾弓曲打撃フィッシュテイルクラッシュを頭部へお見舞いして―――とか、事を起こす前に対象がうつ伏せで倒れ込んできた。

 好みでもないチンピラ男を優しく受け止めてやる程、私は人魚格ができていないので、さっと横へ転がって避ける。そのまま何度か転がって距離を取り、体をしならせて飛び起きた。

 次なる脅威に備えて身構えたが、チンピラを再び昏倒させた相手の正体に驚いた隙をついて、ほうきの柄で頭を殴られてしまった。


「あいたっ」

「ディアドラ!最近、家に来ないなと思っていたら、何をやっているのですか?!」


 スカーフマスクの様な感じに顔の下半分を布で覆い、もっさりした黒のローブと付属のフードでもって体型を完全に覆い隠しているが、それで気付けぬ程、私の愛は軽くない。それに私の耳が、その艶めく声を聞き間違えることも無い。

 

「フラン!」


 10日ぶりの生フランにテンションMAXで跳び寄り、両手を広げて感動的な再会のハグを要求したら、箒を目前に突き付けられてパーソナルスペースを確保されてしまった。

 寂しい。


「まったく。こんな古ぼけた倉庫に何の用があって・・・」


 つぶやく感じに始まったフランの御小言。ありがたく拝聴するそれに紛れた物音を、私の高性能(イヤー)は聞き逃さなかった。

 音の方へふり返る勢いそのままに、掴み取ったフランの箒を投擲した。


「ぐぇっ」

 

 狙い通りに4人目、最後の見張りのはずな男の喉に箒の柄が突き当たった。箒は思ったより結構な勢いで飛んで行ったが、流石に尖ってもいない先端が刺さりはしていないはずだ。陸上は水中と違って抵抗が軽いので、力加減が難しいな。

 苦しそうに喉を抑えてうずくまった男の元へ跳び寄ると、無防備に晒されていた首の後ろへ手刀を叩き込んだ。意識を取り戻してしまった1人目の失敗を踏まえて、首の骨を折らない程度に強く入れたので、今度こそ大丈夫なはず。

 それでも不安になった私は、驚きに固まったままのフランへ問いかけた。

 

「何か、拘束する手段はないかい?」


 私としては魔法でちょちょい的な、または便利道具的な何かを期待したのだが、ぐるりと見回したフランが提示してきたのは、その辺に置いてあった縄の束であった。

 うん。確かにそれで十分なのだけど、フランの魔女っぽいところが見たかったなぁ。

 残念。


 いくつかあったそれを私も手に取り、2人で手分けして見張りたちを縛っていく。前世の記憶の中に「緊縛と言ったらコレ」という、拘束の極みらしきおススメがあったので、ちょうどいいから実行してみた。

 するとなるほど、身動きできそうにない感じに拘束できたのだが・・・卑猥に見えるのはどうしてだろう。


「それで?この倉庫へ押し入ったのは、何故なのですか?」

 

 助けを叫ばれても面倒なので猿ぐつわも噛ませ、ついでに見付けた魚臭い麻袋を頭へかぶせて目隠しもした。

 卑猥さが増した事を遺憾に思っていると、投げたままだった箒を拾ってきたフランに詰め寄られた。顔の下半分を覆うマスクと、目元どころかフードのせいでかろうじて下まつ毛が見える程度であるというのに、いつも通りな匂い立つ色気に胸がキュンと来た。

 このまま抱きしめてもいいですか。


「うーん。説明するより、実際に見てもらったほうが早いかな。見張りは全部拘束したはずだが、他の奴らが来ないとも限らない」


 3人目の時に投げ捨てた麻袋を拾い、納得いかない風のフランを伴って、私は人魚の匂いがする建物の奥へと向かった。4人目が出てきた扉を超えたら匂いが強くなったので、もう間違いないと思う。人の匂いもしないので、張り込みの甲斐があったと満足しつつ、いくつかの扉が並ぶ廊下の突き当り、最も匂いの強い扉のノブを回した。


「ん?あぁ、しまった。鍵がかかっている」

 

 さっきの男が持っているのかもしれない。そう考えて取りに戻ろうとしたら、ここまで黙ってついてきていたフランが何かを手に振りかぶった。

 反射的に横へ避けた次の瞬間、ガンメリっと音を立てて丸いドアノブが外れ、床へ落ちて転がる。呆然と魔女らしくない、まさかの物理攻撃な結果を見下ろす私の横を通って、持っていたレンガを投げ捨てたフランが扉を開けて、思わずと言った様子で呟いた。


「これは・・・ひどい」

 

 

 

 

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