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1、麗しき人魚姫の中の人と末の姫

ひっそりと公開。

ペトラの海へ行きたい欲があふれ出たお話です。

 

 

 いつから前世の記憶があったのか。

 そもそも自我を認識したのがいつだったのか。

 そういう細かいところは覚えていないけれども。


 「海の中って意外に暗いよねぇ。かと言って、水中で火を灯すことなんてできないし。LEDが恋しいなぁ」と。

 住み慣れた薄暗い海底と、見たこともないはずの陸上の、しかもかなり進んだ文明の街の明るさをいつものように比べて。ぼんやり揺れる海藻を眺めながら暇を潰す自分の記憶に違和感を覚えたのは、6人目となる末の娘を出産後、母が儚く泡となり消えてしまって5年も経ってからだった。


 海の上の明るさを知らないわけではないよ。人魚は海上で歌を歌うのが好きな種族だから。


 波間にちょこっと頭を出した岩場に腰を下ろして、だだっ広い海を前に好き勝手歌うのはとても気持ちがいいのだ。その歌に誘われて寄ってきた船が難破してしまう事もあるけれども、それはちょっと置いておいて。

 あ。そういえば友人間に輪唱を流行らせて、大人の目を盗んで海上へ行き、一緒に歌った時、「海中でも海上でも呼吸できるとか、お得だよね!」と言って、首を傾げられたことがあったな。

 でも、そうか。ものすごく当たり前のことに疑問を持つこと自体が、前世の記憶によるものだったのか。


 前世の名前とか、家族とか、いくつまで生きたのか、とか。そういう前世の人物個人に関わる記憶はかすみがかかったようにして曖昧なのに、陸上での一般的な知識というか、マナーというか。体にしみ込んだ常識のようなものは覚えていた。


 あと物語。


 高い山に住むというドラゴンとか、剣とか、魔法がでてくるような馴染みのあるお話から、巨大な鉄の塊が空を飛ぶ、高度な文明の発達した世界での恋愛や、種明かしされても海底ではお目にかかった事もない物が多く出てくるせいで理解できないミステリーまで。

 前世の私は本を読むのが好きだったらしい。この世界では目にした事もない本とやらをめくる、指先の感覚まで記憶に残っている。


 今現在、家族仲は良好であると信じている私としては、現実かぞくより空想の世界の記憶の方がはっきりしているという事実に若干戦慄するのだが・・・まあ、今更どうにもならないしな。今世はそうならないよう、家族を大事にしようと思う。


 そんなやや不憫な前世の記憶が今の私に役立つかというと・・・そうでもない。だって種族が違うし、海の中だし。


 無意味な前世の記憶を持つ今世の私は、何を隠そう!人魚の国の国王たるポポセラスの娘、つまり人魚姫だったりする。

 ぼんやりしているのに断じていい程度がっつり普通、その他大勢上等だった前世なんて見る影もないくらい、周囲を魅了してやまない美貌を持つ美少女人魚なのだよ。

 ついでに第1王位継承者でもある私の日常は、身に着けるべき知識をちょこちょこっと学び、適度に遊び、残された余りある時間をただひたすら暇潰しすることに費やされている。

 なぜ第1王位継承者なのに暇な時間の方が多いのかと言うと、人魚の寿命が300年あるからである。


 まだ11歳になったばかりの私に残された時間は長く、また現役バリバリの父王が王位を退く予定もない。さらに王位継承争いとか、クーデターなんかも考えられない。人魚という種族自体が自由を愛することもあり、責任を負う役職なんかを敬遠する傾向にあるからだ。

 そもそも父王が王様なんかを惰性でやっているのも、王族には海の神ポセイドーンの血が流れているとされているせいで、その真偽は定かでなかったりする。ていのいい厄介払いな気がしないでもない。


 まあとにかく。

 そんな背景もあってのんびりと進む帝王学は2、3時間もすると知識を授けるべき教師の方が飽きて、「ではまた明日」と去っていかれて終了。

 第1王位継承者である私でさえ、この扱いなのだ。以下の5人の妹たちに至っては、放任主義もいいところ。毎日歌い、遊びまわっている。

 暇な時間に私も一緒になって遊んでいるので、全くうらやましくはない。


 だって、とにかく暇なのだ。

 実り豊かなこの海に食糧問題なんてないし、仕事自体が暇つぶしっぽいところもある国である。だいたい皆、平均して4、5時間ほどの就業による拘束時間を楽しみ、その他を暇して過ごす。


 そんなゆるーい海底だが、一応ルールがある。

 1つ。15歳になるまで海上に出ない事。―――結構みんな破っているね。

 2つ。20歳になるまでこの国がある大陸棚を出ない事。―――危ないからね。

 3つ。3人は子供を作る事。―――少子化対策だね。

 4つ。4時間は働く事。分割でもいいから。―――共同社会で生活したいなら働かないとね。

 5つ。50キロ以上大陸に近付かない事。―――人間に捕まるとだいたい見世物にされるからね。


 他にも暗黙のルールというか人魚常識的なものもあるが、だいたい以上を守っていれば怒られない。


 で、問題はだね。


「デメテレーシア。どこへ行くのかな?」

「・・・ディアドラお姉さま」


 私の目の前でバツが悪そうに首をすくめる美少女は、5歳になった末の妹姫、デメテレーシア。愛称シアである。

 波打つ金髪はうす暗い海の底でも太陽の様に輝き、それに照らされる南の海の如き碧い瞳と、珊瑚色の唇、汚れ無き海底の砂のような白くきめ細かい肌の持ち主は、可愛らしくそっと私を見上げた。母に似た顔貌のシアはピンクのうろこが似合う、可愛い系の美少女だ。


 対する私は父に似ていて、美形ではあるもののやや冷たい印象を与えるらしい。

 同じ金髪であってもこちらは真っすぐで、どちらかというと銀に近く、瞳も鱗も厚い氷のようなアイスブルーであるせいもあると思われる。ついでに、いろいろ頭の中で考えている割に、表情に出ないのも理由の1つだろう。

 まあ、良く言えばクールビューティ(笑)かな。


 腕を組み、威圧的に見下ろす私を窺い見るように、上目遣いでピンクの尾をぴるぴる震わせているデメテレーシアは、鼻血が出そうなほどに可愛い。しかし心を鬼にして叱らなければならない時が、姉にはあるのだ。


「シア。貴女はまだ小さい。城を出てはいけないと、先週も言ったはずだよ?」


 放任主義の産物なのだろう。末の妹姫は大変好奇心が旺盛なようで、たびたび城どころか街まで抜け出し、大陸棚の端に引っかかっている沈没船で遊んでいる様なのだ。

 

「でもディアドラお姉さま。どうしても宝物が無事なのか、気になって仕方がないの」

「・・・ぐっ」


 くりっとした大きく可愛い目でじっと見上げられて、つい言葉に詰まってしまった。そんな私の心中での悶えに気付いているデメテレーシアは、更に胸の前で手を組み、きゅっと小さなお口をすぼませておねだりポーズをしてくる。

 さすが末っ子。甘え上手ですな。


「ぐぐっ・・・し、仕方がない。私の秘密基地を貸してあげよう。宝物はそちらへ移動しなさい」

「えっ?!いいのですか?!やったー!お姉さま、大好き!!」


 先程までの悲壮感はどこへやら。満面の笑みで腰元へ飛びついてきたデメテレーシアを私は抱きしめ返し、柔らかな髪を撫でた。

 至福。


 可愛い妹を撫で繰り回し、若干嫌そうな顔をされたところを察して、まずは私の秘密基地へと案内した。後から文句を言われたり、気に入らなくてこっそり別の危ない場所へ移動されては堪らないからね。デメテレーシアの好みに合っていることが最優先なのさ。

 

 しかしそんな心配は杞憂だったらしく、秘密基地へ足を踏み入れたデメテレーシアはキラキラしい笑顔で私をふり返った。


「ほわぁぁ!素敵な所ですね!お姉さま!」


 私の秘密基地は街に近すぎず、遠すぎず、かつ大陸棚内にある穴場中の穴。

 おおよそ6畳くらいの海底洞窟なのだが、水深20メートルくらいと比較的浅いところにあり、天井に大きな穴も開いていて、それが明り取りになり日中は明るく過ごしやすいお気に入りスポットとなっている。しかも付近には、腰かけて歌うのに最適な岩礁あり。

 その岩礁に乗り上げた難破船がいい具合に入り口を隠しているので、他の人魚たちに見つかることもなく、またサメだとかの危険な大きさの魚は入れなくて、安全で完璧な秘密基地なのだ。

 可愛いい妹だとしても教えるのは惜しかったのだが、彼女の身の安全には変えられない。気に入っていただけてよかった。よかった。

 これが駄目なら、もっと教えたくない秘密基地へ案内せねばならないところだった。

 そこはねぇ、ちょっとね。陸地に近いから教えたくないんだよねぇ。


 これで最後だとデメテレーシアに言い含めながら沈没船へ向かい、これぞ宝箱!という感じの箱にいっぱいなシアの宝物を持って秘密基地へ戻る。デメテレーシアの秘密基地であった船室の床へ、大量に散らばっていた金貨は前世の記憶を思い出した私の心を惹いたが、この海中ではただの金属片なので見るに止めた。


 洞窟へ到着し、その中央に鎮座する、お気に入りのリクライニングシート型の岩以外ならどこを使ってもいいと言えば、デメテレーシアが楽しそうに宝物を壁の窪みに並べ始めた。

 それを普段の定位置へ寝そべりながら何ともなしに眺めていて―――思った。


 燭台にカラトリー等を刺して飾るのは、人魚姫仕様なのかい?と。

 あ、そのガラスペン、綺麗だね。それも燭台に飾るのかい?洗濯洗剤みたいな名前の人魚のプリンセスでもあるまいし・・・ちょ、ちょっと待って!折れたデッキブラシで髪を梳こうとするのは止めなさい!


 私はデメテレーシアの美しい髪に、どこを掃除したのだかわからないデッキブラシが触れる寸前で話しかけた。


「シアは人間に興味があるのかい?」

「ええ!そうなの、お姉さま!だって素敵でしょう?こんなにいろんなものを作って、使って、生活しているのよ。陸地って一体、どんなところなのかしら?」


 うん。そうね。わかったわ。

 だから、デッキブラシを手放してくれたのはいいけれど、穴の開いた靴下を可愛いおててへ手袋の様にはめようとするのは止めなさい。 


 私はデメテレーシアからやんわりと靴下を取り上げて、思案した。

 王妃を亡くした人魚の王に、6人の娘。人間に興味津々な末の人魚姫。しかも「海の魔女」も実在するとなれば―――。

 これってアレに近くないかい?前世でもポピュラーな話だったのか、割としっかり内容が記憶に残っている童話。


 その名もずばり「人魚姫」。


 この世界の、今現在の私たちがその童話に関わる人物そのものであるかどうかは、原作の方だと名前が明記されていなくてわからないので、ともかくとして。

 ただの偶然の一致であれば、それでいい。しかしだね。

 デメテレーシアにこのまま人間へ興味を持たせたままでいるのは、あまりいい結果を生まないのではないだろうか。

 そう考えた私は、デメテレーシアにある提案をすることにした。


「ねえ、シア。私は第1王位継承者だ。だからね、人間についても学んでいるのだよ」

「そうなの?!すごいわ、お姉さま!」


 9割9分、嘘だけどね。でもどうせ解りっこない。

 私はデメテレーシアの宝物の中からシルクのショールを手に取り、興奮してコマの様にくるくる回って泳ぐ妹を優しく抱きとめる。そしてショールをふわっとデメテレーシアの上半身に巻き付けて言った。


「人は皆、服を着る。私たちの様に全裸―――いや、生まれたままの姿では生活しないのだよ」

「まあ!知らなかったわ!」


 目を丸くしてショールを胸元で握るデメテレーシアに好感触を得た私は、さらに続けた。


「どうだい?シアが飽きるまで、ここで私と人間の様に過ごしてみないかい?」

「やる!やるわ、お姉さま!でも私、飽きないもの!」

「そうか。では今後、この場では私を師匠と呼ぶように」

「はい!お・・・師匠!」


 非常に元気よく返事をして早速、肩にかかったシルクのショールを胸の前で合わせて肌を隠すようなしぐさをする、デメテレーシア。その髪を優しく撫でながら微笑む優しい姉の仮面の裏で、私はほくそ笑んだ。

 

 しめしめ。ここで人間ゴッコをするとみせかけて、宮廷作法を仕込んでやろう。

 前世の記憶の、しかも本で得た程度な知識しかないが、実際に学んだらしいテーブルマナーは退屈で面倒であった覚えがある。だからデメテレーシアもきっとすぐに音を上げて、ついでに人間への興味を失うに違いない。

 


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