(19)ラウラの合流
押しかけ女房よろしく一緒に生活していくことが決まったラウラだが、流石にその日のうちにというわけにはいかなかった。
低いとはいえ、シゲルがきっぱりと断る可能性もあった為、最初から準備をしていたわけではないのだ。
というわけで、また数日後に必ず来るという約束をさせられたうえで、シゲルたちは一度フィロメナの家へと戻った。
そして、家の居間に入るなり、シゲルはぐったりとソファに身を預けた。
「…………疲れた」
「あらあら。ご苦労様」
シゲルは、ニヤニヤとした表情を浮かべながらそう言ってきたミカエラに反応する気力もなく、近くにあったクッションに顔を沈めた。
「あんな話になるなんて聞いていないよ」
「いや、すまないな。私たちもまさかと考えていた可能性だったからな」
「そうね。私もまさかアドルフ王があんな思い切った決断をするとは思っていなかったわよ」
フィロメナとマリーナは、半分呆れたような顔でそう言ってきた。
その二人にシゲルは恐る恐るといった顔を向けた。
「それにしても、あっさりと認めたけれど、本当にいいの?」
敢えて何をとは言わなかったシゲルだったが、フィロメナとマリーナにはしっかりと話が通じた。
「話し合いの時にも言ったと思うが、別にもろ手を挙げて歓迎というわけではないぞ?」
「そうね。ただ、デメリットよりもメリットのほうが大きいから迎え入れたのよ」
勿論、単にそういった打算だけではなく、ラウラのことを全く知らないというわけではないということも関係している。
最初から一緒にやっていけないとわかっていれば、フィロメナとマリーナはあの場ですぐに反対していた。
改めて自分次第だと突きつけられたシゲルは、大きくため息をついた。
「……何というか、どう考えても拒否できない未来が待っている気がする」
「あら? そんなことを考えている時点で、シゲルとしてはラウラ姫のことを気に入っているんじゃないの?」
そう茶々を入れてくるミカエラに、シゲルは少しだけ視線をずらして答えた。
「…………そうとも言う」
あんな美人で性格も良さげな女性と一緒に生活が出来ると聞いて嬉しくならない男はまずいないだろう。
勿論、本当にずっと生活を共にできるかどうかは、別の話である。
だからこその「お友達」発言だったのだが、シゲルの中であれは、すでに思い出したくない過去となっている。
少しだけ気まずそうな顔になったシゲルに、フィロメナが笑いながら言った。
「まあ、いいではないか。『瑠璃姫』と評判の美姫を手に入れることが出来るんだぞ? あまり深く考えずに喜べばいいのではないか?」
あっさりとそんなことを言ってきたフィロメナに、シゲルは微妙な表情を浮かべた。
「…………本当にそれでいいの?」
「以前にも言ったではないか。別にシゲルを独占したいという気持ちが無いわけではないと。ただ、私にも打算はあるから、良いほうを選ぶさ」
フィロメナの言葉に同意するように、マリーナが頷きながら続けた。
「そうね。今回は、ラウラ姫を迎え入れたほうが良いと思ったのは確かね。それに、もし本気で私たちが嫌がれば、シゲルは断ってくれるわよね?」
「それは、まあ、そうだけれど……」
疑いの様子を見せることなく聞いて来たマリーナに、シゲルは頷いた。
そんなシゲルに、フィロメナが笑いながら続けた。
「まあ、いいではないか。少なくとも、駄目だった場合を考えて、シゲルはあの約束を取り付けたんだ。それだけでも私たちとしては十分だ」
「そんなものかな?」
そう言って首を傾げたシゲルに、マリーナが笑いながら答えた。
「そんなものよ。私たちの為に、シゲルはあんなことを言ってくれたんだもの」
「ああああ。お、思い出させないで!」
そう言いながら頭を抱えて、もう一度クッションに顔を静めたシゲルを見て、フィロメナたちは楽しそうに笑い声を上げるのであった。
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シゲルたちが戻ってから五日後には、ラウラ姫はビアンナとルーナを伴ってフィロメナの家に来ていた。
「こちらがフィロメナ様のお屋敷なのですね」
「まあ、お屋敷といえるほど広いかどうかは分からないがな」
感心した表情で周囲を見回しているラウラに、フィロメナが苦笑しながら答えた。
フィロメナほどの財力があればもっと大きな屋敷も持てるが、そんな広い家は必要だと考えたことがなかったのだ。
フィロメナにとっては、パーティメンバーが泊まれるだけの部屋があればそれで十分だったのだ。
貴族の屋敷よりも広いお城に住んでいたラウラ姫だが、自分にあてがわれた部屋を見て嬉しそうな顔をしていた。
「こちらがわたくしの部屋になるのですね。――ふつつかものですが、よろしくお願いいたします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
思わず反射的にそう答えたシゲルに、ラウラは嬉しそうな顔になり、フィロメナたちはニマニマと笑っていた。
どうにもラウラを前にするとペースを乱されると自覚し始めていたシゲルだったが、もはや手遅れではないかという思いも抱き始めていた。
そんなことを考えているシゲルに対して、ラウラは平常通りだったのかといえば、そういうわけではない。
特に、シゲルが契約精霊を呼び出したときは、おっとりとしている表情を驚愕に変えていた。
「一体シゲル様は、どれほどの精霊と契約しているのですか!?」
「あ~、いや、あと一体いるけれど、それは出てこれないかな?」
サクラの姿はシゲルも画面上でしか見たことがない。
だが、そんなシゲルの言葉は、慰めにもならなかった。
ラウラが救いを求めるようにミカエラに視線を向けたが、当の本人は肩を竦めて言った。
「シゲルに関しては、そういうものだと諦めたほうが早いわよ? それに、これからもっと増やしてもおかしくはないと思っていたほうが良いわね」
「そんな……」
呆然とした表情でそう呟くラウラは見ものであったが、それだけで済んでいるのはさすがというべきだった。
現に、一緒に着いて来ているビアンナとルーナは、言葉もなく両目を見開いて精霊たちを見ている。
特に、自身も契約精霊がいるルーナは、口をパクパクさせていた。
普段は寡黙で表情を変えることがないルーナがそんなことになっているのだから、どれほどの驚きかは押して知るべしだろう。
契約精霊が複数いること自体は、さほど珍しいことではない。
だが、上級精霊三体に加えて、さらに他にも二体の精霊がいる。
それで驚くなというほうが、無理な注文なのだ。
そんなラウラたちの反応を見て、ミカエラがここぞとばかりにシゲルに言った。
「ほら見なさい。これが、一般的な反応というものよ」
「あ、はい。ごめんなさい?」
何故だか誇らしげに言ってきたミカエラに、シゲルはそう返すことしかできなかった。
ラウラたちがシゲルのことに驚いている一方で、シゲルもまたラウラに驚かされることになる。
それは、シゲルが夕食を作り始めたときのことだ。
ラウラが手伝うといって包丁を使い始めたのだが、どう見てもその使い方が、単に親から簡単に料理の仕方を習ったというようには見えなかったのだ。
はっきりいえば、素人であるシゲルにも、プロ並みの軽やかさに見えた。
「……あ~、これは、下ごしらえは全部ラウラに任せたほうが良いかな?」
「本当ですか? でしたら切り方だけ教えてください。私たちがやってしまいます」
シゲルの言葉に、ラウラは嬉しそうな顔になってそう言ってきた。
ちなみに、ラウラの隣では、ビアンナが同じような手つきで野菜を切っている。
二人の様子を見て、レシピさえ教えてしまえば自分の出番はなくなりそうだとシゲルは考えていた。
ラウラが、自分でも役に立てそうだといって嬉しそうな顔をしているのを見てしまえば、シゲルとしてはそれならそれで構わない。
問題はそれをフィロメナたちが許すかどうかだが、そんな心配はシゲルの杞憂でしかなかった。
夕食の席でそのことを切り出すと、フィロメナたちはあっさりと頷いたのだ。
「シゲルやラウラ姫がそうしたいのならそうすればいいのではないか?」
「そうよね。別に私たちはなにも困らないわよ?」
フィロメナに続いてミカエラがそう言えば、マリーナもその隣で頷いていた。
フィロメナたちが同意したことで、今後は少しずつラウラたちに台所を任せることになりそうだとシゲルは考えていた。
その考え自体が、既にラウラを迎え入れることに前向き、どころかそのつもりになっているのだが、このときのシゲルはそれには全く気付いていなかったのであった。
鈍感系ではないはずのシゲルですが、ラウラに対しては鈍りまくっています。
それはラウラが一国の姫で、そんな相手が自分の相手に……なんてことを考えているからだと考えてください。




