(18)意外な事実
王との話し合いを終えたシゲルたちは、そのままラウラ姫の私室へと招かれた。
シゲルとしては、できればこのままフィロメナの家におさらばしたいところであったが、残念ながらそうは問屋が卸さなかった。
更に、私室に入ったラウラは、いきなりこんなことを言ってきた。
「わたくしとしては身軽に行きたいところですが、王がそれを許さないでしょう。人数はどれほど受け入れてもらえますか?」
「姫。あまり無茶を言うな。いくら私の家でも多くの人数を受け入れることなど出来ないぞ?」
フィロメナがそう答えれば、ラウラもコクリと頷いた。
「わかっております。ですからこうして聞いているのです。……わたくしとしては、一人で行きたいところですが」
ラウラがそう言うと、フィロメナたちは苦笑を返し、周りにいた侍女たちは顔色を変えていた。
その様子を呆然と見ていたシゲルは、恐る恐るといった様子で切り出した。
「あ、あの~? なんだか話を聞いていると、ラウラ姫がフィロメナの家に住むことになっているようなのですが?」
そう敬語で問いかけたシゲルに、ラウラは悲し気な表情になった。
「――シゲル様。もっと普段通りに話していただけませんか? 私はきちんと仲良くなりたいです」
「うっ!? い、いえ、しかし姫は……」
「姫ではなく、ラウラです。私は誰に対しても普段からこの通りのしゃべり方ですから。――お願いします」
「で、ですが…………わ、わかりまし……わかったよ」
反論しようとしたシゲルだったが、ひたすら悲しそうな視線で見つめてきたラウラを見て、結局折れてしまった。
あっさりと説き伏せられたのを見て、フィロメナたちが若干呆れたような視線を向けてきたが、シゲルとしてはラウラほどの美人にあんな表情をされて、説得されない男がいれば見てみたいというところだ。
もっとも、そんなことを言おうものなら、今以上に呆れられることは分かっているので、絶対に言葉にすることはしないが。
この話題では分が悪いと感じたシゲルは、さっさと話を打ち切って、元の話題に戻すことにした。
「そ、それよりも、なぜラウラ姫が、フィロメナの家に……?」
改めて聞きたかったことを口にしたシゲルに、ミカエラが呆れた顔のまま言った。
「何を言っているのよ。本当にラウラ姫のことに関してのシゲルは、いつもと違って鈍くなっているわね」
「はい……?」
意味が分からず首を傾げるシゲルに、ミカエラはため息をつきながら続けた。
「王を始めとして、あの場にいた人たちは、最初からそのつもりで話していたわよ? 気付いていなかったのは、シゲルくらいじゃない? というか、シゲルが気付いていなかったなんて、誰も考えてなかったと思うわ」
ラウラ姫が一緒に生活することを前提として話が進んでいたことに今更ながらに気付いたシゲルは、愕然とした顔になった。
確かに恋愛関係が鈍いわけではないシゲルだが、それは日本でのことであって、初対面の男女がいきなり結婚を前提に一つ屋根の下で暮らすことになるという常識は存在していないのだ。
もっとも、王族の姫が婚約もせずにいきなりそんな状態になるのは、こちらの世界でもあり得ない。
どちらかといえば、今回の件は、さっさとシゲルと仲良くなってほしいという王や王妃の意向が強く働いていたりする。
フィロメナたちは、そのことを理解したうえで、先ほどまでの会話を進めていたのだ。
呆然としたままのシゲルを見て、ラウラが納得したように頷いた。
「確かに、シゲル様はこちらの世界の方ではないようですね。少なくともこの辺りの諸国の出身ではないようです」
「ああ、そうだ。だからこそ、変な常識は押し付けないほうがいい」
「わかっております。――それで、最初に戻りますが、どうでしょうか?」
フィロメナに向かって頷いたラウラは、改めて確認する顔になった。
そのラウラに対して、フィロメナは少しだけ考えるように天井を見てから答えた。
「そうだな。とりあえず、私たちと一緒に行けるのは、あと二人だけだ」
フィロメナがそう言うと、周りにいた侍女たちが一瞬だけザワリとした。
それらの騒めきには、一国の姫が連れていけるのが、たった二人の侍女だけという批難の色がある。
そんな侍女たちを見ながらフィロメナがさらに続けた。
「あまり無茶なことを言うな。そもそも私の家は、パーティを迎え入れる用にしか作っていない。部屋数もそんなにあるわけではないんだぞ?」
貴族の屋敷であれば、多くの侍女を迎え入れることもできたであろうが、残念ながらフィロメナの家はそうではない。
いくらなんでもいきなり部屋数を増やすことなど出来るはずもなく、ラウラも含めればあと二人を迎え入れるのが精一杯なのだ。
そんなざわついている侍女たちを無視するかのように、何故かラウラは笑顔になった。
「そうですか。それでしたら――ビアンナ、ルーナ、着いて来てもらえますか?」
ラウラが侍女たちに向かって話しかけると、二人の女性が前に進み出てきた。
「勿論です、姫様」
「私を選んでいただき光栄に存じます、姫様」
最初に応じたのがビアンナで、腰まで届きそうな黒髪を持った女性だ。
そして、次に答えたのがルーナで、金髪をショートカットにしている。
どちらも侍女であるが、どちらかといえばルーナは護衛も兼ねた武闘派といえる。
その証拠に、今もその懐には短剣を隠し持っている。
暗殺を警戒しての人員だけに、彼女が持つ技はかなり高いのだ。
もっとも、どう頑張ってもフィロメナには敵わないのだが。
一方、ビアンナは完全にメイド型(?)で、戦闘はあまり得意としていない。
ただし、家事全般に関しては、超エキスパートといえる技量を持っている女性だ。
ちなみに、どちらも家族と呼べる存在はいないので、王都を離れることになるラウラについていくには適任だった。
勿論ラウラは、そのことをすべてわかった上で、二人を選んでいる。
人が少なすぎます、他にも人を、というほかの侍女たちの声が上がる中、シゲルはただただ事の成り行きを見守るだけだった。
いつものシゲルであれば、とっくに諦めても良いような状況なのだが、なぜか思考がまとまらない。
どうしてなんだろうと考えつつ、何となくラウラ姫へ見ると、ちょうど視線が合ってニコリと微笑まれてしまった。
「どうかなさいましたか?」
彼女の笑顔にドキリとしてしまったシゲルに、ラウラがそう聞いて来た。
「あ、いや、なんでもないよ」
「そうですか?」
そう言って少しだけ首を傾げたラウラだったが、再び侍女たちを説得しはじめた。
一応、雇い主は王なのだが、侍女たちに対して直接の責任を持っているのはラウラなのだ。
そんな侍女たちに、ラウラは滔々と語り始めた。
「――貴族ではない方に嫁ぐと決まった以上、多くの人数を連れて行けないということは分かっていたはずです。わたくしはこれからシゲル様に認められないといけない立場ですのに、最初から迷惑をかけることは出来ません」
ラウラがそう言うと、侍女たちの厳しい視線がシゲルに集中した。
それに気付いたラウラは、さらに続けて言った。
「言っておきますが、シゲル様に対して何かをすれば、それはわたくしに対する敵意だと判断します。そのことを重々承知の上で行動するようにしてください」
きっぱりとラウラがそう言い切ると、シゲルに対する視線の圧力は激減した。
それでもなお、厳しい視線を緩めていない者は、ラウラに対する忠誠心なのか、自身の先行きに対する不安なのか、判断が難しいところだ。
そんな侍女たちに、ラウラは少しだけ微笑みを見せた。
「それに、いざとなればわたくしがこういう状況になってもいいようにと育てられていることは、みなさんご存知でしょう?」
シゲルにとっては予想外の言葉に、侍女の皆さんは揃って苦虫を噛み潰したような顔になっていた。
「え、えっと、どういうこと?」
意味が分からずに小声でそう呟いたシゲルに、マリーナが近寄って来てこそっと教えてくれた。
「ラウラ姫は、侍女なしでも生きていけるようにと、幼いころから家事全般を教わっていたのよ。……主に王妃様から」
なんだそれはと思わず言いたくなったシゲルは、誰も責めることはしないだろう。
現に、フィロメナとミカエラも少しだけ呆れた顔になりながらも頷いていた。
姫が自活できるほどの生活力を持っていることは、ある程度のところまで広まっている事実なのだ。
シゲルとしては、何をどうすれば王妃自ら我が子である姫にそんな教育をすることになるのかといいたいところだが、事実である以上はこの場でそれを口にしても仕方ない。
着々と準備を進めて行くラウラを見ながら、ただの深窓の令嬢ではなかったのかと、改めてそんなことを考えるシゲルなのであった。




