(17)悶えるシゲルと王家の事情
出てしまった言葉は、元に戻すことができない。
シゲルの言葉を聞いた瞬間、フィロメナたちは少しだけ呆れたような視線を向け、言われた当人は「まあ」といいながら少しだけ頬を赤く染めて、口元に手を当てていた。
そして、王と王妃は目を丸くしながらラウラとシゲルを交互に見比べ、最後に残った一人からはクスクスという笑い声が聞こえてきた。
「そ、それは、まずはお友達から始めましょうということでしょうか? 婚姻関係を申し込んでいる王族に、そんなことを言う方は初めて見ましたよ」
そう言って笑い続けるカインに、シゲルは恥ずかしさで身を縮めて、ラウラが少しだけ睨みつけた。
「カイン、それは少し失礼すぎですよ。それに、私は嬉しかったのですからいいではありませんか」
「うむ。そうだな」
ラウラに続いて、アドルフも少しだけ厳しい顔になってそう応じた。
それを見て、カインはハッと真面目な表情に戻り、シゲルに向かって頭を下げてきた。
「確かに、言い過ぎました。申し訳ありません」
「あ、いえ、えーと……はい。謝罪を受け入れます。というか、私自身もあれはなかったと思っておりますので……」
王族、しかも王太子から直接頭を下げられて、シゲルは少しだけ居心地が悪そうに身を竦めた。
シゲル自身は王族だからといって特に思うところはなかったのだが、後ろに控えている護衛たちの視線が少しだけ怖かったのだ。
シゲルの言葉に、ラウラがもう一度「まあ」と言いながら続けた。
「先ほどのお言葉が、シゲル様自身はもちろんのこと、わたくしのことを考えてのことだという事はわかっております。なので、言葉自体を否定なさる必要はないのですよ?」
「そうですわね。わたくしは少しだけラウラが羨ましくなりましたよ」
ラウラに続いてラダがそう言ったことで、その場の空気は完全にシゲルの味方(?)になっていた。
もっとも、シゲルの中にある恥ずかしさは、一向に消えてくれはしなかったのだが。
そこで、微笑ましい物をみるような顔になっていたアドルフは、顎に手を当てながら考える顔になった。
「ふむ。ただ、確かにシゲルの言ったことは一考の余地があるな。私も娘が不幸になってほしいと思っているわけではない。相性が悪い者同士で生活を続けても良いことなどなにもあるまい。それなら事前にお互いを知っておくのは、悪いことではないな」
「お言葉ですが、王。この場合、一緒に行動するだけで、姫の評判には傷がつくのでは?」
自身の言葉に反論するように聞いて来たフィロメナに、アドルフ王は少しだけ驚いた顔になった。
「おや。それこそ聞きたいが、そなたはシゲルがラウラを不幸にするような男だと思っているのか?」
そう聞かれてしまっては、フィロメナとしてはそれ以上の反論する言葉は持っていない。
グッと黙り込んでしまったフィロメナに変わって、今度はミカエラが王を見て聞いた。
「私たちもそんなことは考えていませんが、万が一の時は姫が出戻り扱いにされるのではありませんか?」
「それはそうだろうが、考えようによっては悪いことではないだろう。……まあ、余計に変な虫が近寄って来る可能性もあるだろうが」
正式に婚約していない状態で一国の姫が男の傍にいたというだけで、世間はそういう関係なのだと考えるものだ。
それに加えて、そのまま婚約もせずに元のさやに戻ると、姫にとっては業腹なことに「傷物」扱いにされることは確実だ。
そうなると、今のように婚約申し込みが殺到するということは、減るだろう。
問題は、そうなった状態の女性に婚約を申し込んでくる者が、まともでは無くなってしまうことだ。
ただし、そうなったらそうなったで、数が減って選別しやすくなるため悪いことばかりではない。
アドルフ王自身は、姫を国家の道具にするつもりはないので、一生独身のままでも構わないと考えているのだ。
それもこれも現王が姫一人の婚姻に左右されないほどの力を持っているから出来ることだ。
実際、そうであるからこそ、今までラウラの婚姻を押さえることが出来ていたのである。
そんなことを考えていたアドルフ王は、考えを振り去るように首を左右に振った。
「まあ、そんなことを今から考えていても仕方あるまい。それに、そもそもラウラとシゲルの関係が悪くなるとは全く考えていないぞ、私は」
「そのとおりね」
なぜかここでラダ王妃が頷きながら同意してきて、シゲルとラウラが同時に顔を見つめ合うことになった。
そのタイミングの良さにシゲルが少しだけ驚いて、ラウラは恥ずかしそうに頬を染めた。
それを見ながらフィロメナは一度ため息をついた。
「それは私も認めますが……とにかく、ラウラ姫は今後シゲルと一緒に行動するという事でいいですね?」
「うむ。シゲルと共にあれば、自動的に其方も付いてくるのだろう? これ以上の護衛はいないからな」
取って付けたようにそう付け加えてきたアドルフ王に、フィロメナは苦笑を返すことしかできなかった。
アドルフ王が、自分を利用する気満々なのはわかっているが、だからといってシゲルから離れる気は毛頭ない。
優先順位は下がるだろうが、必然的に姫の護衛役になるのは、ほぼ決定事項といえる。
何となく姫に関する話がまとまったところで、マリーナがアドルフ王に視線を向けながら聞いた。
「これで話は終わりでしょうか?」
「そんなわけがあるか。遺跡に関する話が、まだ終わっていないではないか」
アドルフ王がそう返してきたのを聞いて、シゲルはそういえばそんなものもあったかと思っていた。
すでに前半戦の話だけで、気力が完全に奪われてしまっている。
どうせ自分が口出しできることはほとんどないのだからと、シゲルは黙っていることにした。
そんなシゲルの雰囲気を察したのか、フィロメナが頷きながら言った。
「そうですね。それで? ホルスタットとしては、どう対応することになりましたか?」
フィロメナがそう問いかけると、アドルフは視線をカインに向けた。
古代遺跡のことに関しては、今後も長く続くだろうと考えて、次代の王であるカイン王子に一任されているのだ。
ついでにいえば、以前フィロメナが持ち込んだ魔道具に関することも、カイン王子が担当している。
王から視線を向けられたカイン王子は、一度頷いてから話し始めた。
「王国としては、貴方たちの主張をほぼ認める形になるだろうということで落ち着いています。一部では認められないという主張をする者もいますが……あれほどの『証拠』を見せられると、反論するのも難しいでしょう」
王子が言った『証拠』とは、勿論アマテラス号のことだ。
あれほどの巨大な物体が空を飛んでいるだけでも信じがたい技術なのに、人を乗せてあり得ない速度で飛ぶのだから、誰が見ても過去に高度な文明があったことはわかる。
それが今まで知られていた文明ではないことも、見る者がみればすぐに分かる事実なのだ。
カイン王子の答えに、フィロメナは一度だけ頷いてから応じた。
「そうですか。それは良かった」
「――ですが、やはり自分たちの目で見てみたいという者が多くいるのも確かです。……何とかなりませんかね?」
どうにか遺跡に入ることができないかと確認してくるカインに、フィロメナは首を左右に振ってみせた。
「それについては私が答えられるはずがないだろう。大精霊に確認をするんだな」
そもそもこれが難しいからカインはこうして頼んでいるのだが、それ以上食い下がっても仕方ないこともわかっている。
大精霊が、人の営みに左右されることがないのは、誰もが知っている事実なのだ。
諦めたようにため息をつくカインを見てから、今度はアドルフ王が付け加えるように言ってきた。
「そういえば、森に入るのが無理ならと、其方たちの持つ空飛ぶ船に目を付けている者たちが増えておるぞ? 大丈夫なのか?」
「大丈夫なのかと聞かれれば、大丈夫ではないと答えるしかないでしょうね。風の大精霊から国全体が目を付けられないようにとだけ忠告をしておきます」
完全に他人事のように言ってきたフィロメナに、王族全員の顔が青ざめた。
さすがに大精霊に目を付けられると、国といえども無事では済まないとわかっているのだ。
そんな王族に対して、ミカエラが追い打ちを掛けるように続けた。
「言っておきますが、シゲルとラウラ姫の関係が上手くいったとしても、それに期待するのは止めておいたようがよろしいでしょう。大精霊にとってはなんの関係もない話ですから」
「それは、わかっておる。……国に被害が来ない程度に締め付けるしかないだろうな」
貴族の行動のすべてを押さえつけるなど、いかにアドルフ王といえども不可能である。
そんなことは王自身が一番よくわかっているので、国に迷惑がかかるという理由で出来る範囲で押さえつけるしかない。
それでも抜け道を捜しては自分たちの利益にするのが、貴族という生き物なのだが。
フィロメナとミカエラの話を聞いて、馬鹿な真似をする貴族が出ないことを祈ることしかできないアドルフ王なのであった。
ラウラ姫関係の話はここで終わりです。
勿論、ラウラ姫との関係が切れるわけではないですよ?w
それにしても、フィロメナ(第一ヒロイン)やマリーナ(第二ヒロイン)との扱いの差が……と言われそうですが、そこはラウラが王族だからということでお許しください。




