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(16)姫の事情

前半説明回。

 なぜラウラ姫との婚約が調ったことになっているのか。

 それは、ラウラ姫の特殊な事情に一因がある。

 ラウラ姫の美貌は、シゲルが見惚れていたことからも分かる通り、近隣諸国に知れ渡っており、その特徴から『瑠璃姫』と呼ばれている。

 大陸でも五本の指に入るほどの大国の美姫ということで、当然ながら婚姻の申し込みは国内外を問わず引く手に数多である。

 この世界では既に焦り始めなければならないほどの歳になっていても、その状況は変わっていないのにその状況であるということからも、ラウラの動向が注目されていることは分かる。

 

 普通であれば、そんなラウラと貴族でもないシゲルの婚約は調うはずがない。

 ところが、シゲルとラウラの特殊性が逆にそれを可能にしていた。

 というのも、今のところどこの国や貴族の集まりにも属していないシゲルは、どこに行っても注目の的となるラウラにとっては、それらを躱すうえではまたとない相手なのだ。

 勿論、シゲル自身は、アマテラス号のことで一時しか注目されないという可能性も十分にある。

 だが、逆に言えば、ラウラ自身が穏やかな人生を過ごすという意味においては、ここでシゲルが出てきたということは、ちょうどいいタイミングといえる。

 

 今後もシゲルが活躍し続けるということもあり得るが、それはそれで先見の明があったということになる。

 少なくとも王にとっては、今後シゲルが活躍しようがしまいが、大した痛手にはならない。

 それよりは、ラウラが下手なところに嫁いで、今の安定した政治バランスを崩される方が痛手となるという判断だった。

 それほどまでに、ラウラの扱いはアドルフ王にとっては扱いづらい物だったのだ。

 

 とはいえ、いかにちょうどいいといえども外から見れば王族にとっての道具である姫を、しかも引く手あまたの姫を、一般の者に嫁がせるなどありえないことではある。

 もしこのことが公表されれば、国中が大騒ぎになることは間違いない。

 特に、ラウラ姫との婚姻を望んでいた年頃の貴族たちは、騒ぐどころで済むはずがない。

 王の決断を英断だとする者も出るだろうが、苦虫を噛み潰したような顔をする者も出てくるはずだ。

 それが、国内における考えられる影響だった。

 

 これは国外に目を向けても状況はほとんど変わらない。

 普通であれば、姫という手札は、王家の影響力を国内外に示すための強力なカードになる。

 ところが、ラウラの場合は、手札自体が強力すぎて、逆にそれが仇となりかねないような状況なのだ。

 それは、国内における政治状況とほとんど変わらない。

 

 こんな状況でシゲルに嫁がせるなど逆効果といえなくもないが、それを変えてしまうのが、フィロメナたちの存在である。

 フィロメナの名前は、どんな国であっても市井の者たちの間に広まっている。

 そんなフィロメナが選んだ相手に、ラウラが嫁いだとなれば、それは他国にとっての最大の牽制になるのだ。

 こうして様々な状況から、王家にとっては、ラウラがシゲルに嫁ぐというのは、もろ手を挙げて賛成とまでは行かないまでも、それなりに良い手といえるのである。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 シゲルは、ラウラ姫の状況を、その父親である王とミカエラから説明を受けるという意味の分からない状態になっていた。

 王自ら一般市民である自分にそんなことをしてもいいのかと思わないでもなかったが、誰も止めなかったので、シゲルに止められるはずもなかった。

「――あ、あの。姫の事情は分かったのですが、それがなぜいきなり婚約が調うことになるのでしょうか?」

 どうにか衝撃から復活できたシゲルが、フィロメナ、マリーナ、そしてラウラ姫をチラチラと見ながらそう聞いた。

 いかに状況が整っているとはいえ、それがようやく一度会ったきりの相手と即婚約になるという理屈が分からない。

 

 そんなシゲルの心情を察して、ミカエラが少しだけ気の毒そうな顔になった。

「言っておくけれど、いえ、残念ながら? フィロメナとマリーナは、この話は反対しないわよ?」

「えっ……!?」

 てっきり以前の話からも嫌がるだろうと考えていたシゲルは、目を丸くしてフィロメナとマリーナを見た。

 その二人は、重々しくため息をついてからはっきりと頷いた。

 

 驚いた顔で自分を見てくるシゲルに、フィロメナはもう一度ため息をついて説明をした。

「――これが他の姫であれば、反対する可能性もあったのだがな。まさか瑠璃姫を出してくるとは思わなかった」

「もしここで私たちが反対すれば、瑠璃姫に不満があるのかと、民衆から反発の声が上がるのよ。そもそも、私は瑠璃姫を良く知っているから、反対する理由もあまりないわ」

 フィロメナはともかく、マリーナは魔王討伐の旅に出る前からフツ教の教会でよく会っていた。

 淑女教育をさせるために、一定期間どこかの教会に貴族の娘が入ることは、よくあることなのだ。

 その時にマリーナは、瑠璃姫ラウラと交友を深めていたのである。

 子供の時から聖女候補となっていたマリーナは、王女の相手としては最適だったという大人の思惑もあったのだが。

 

 自分たちの言葉に戸惑うシゲルを見て、フィロメナは念を押すように言った。

「勘違いはするなよ? 私たちが反対しないのは、あくまでもシゲルの気持ち次第という事だ。無理やり婚姻を結んだところで、下手をすれば私たちとの関係もこじれるからな」

「そうね。私もそれはごめんよ」

 フィロメナの言葉にマリーナが追随したところで、今度はアドルフ王が混じってきた。

「うむ。それは私たちも同じだ。嫌がっている相手に、無理やり娘を押し付けて、不幸な目に合わせるつもりなど毛頭ないな」

 そう言ったアドルフ王の隣では、王妃であるラダもコクコクと頷いていた。

 

 追い詰められていくシゲルに、さらに追い詰めるように、ミカエラがさらに付け加えてきた。

「ついでにいえば、ここで瑠璃姫を受け入れておくと、後々の面倒が減るわね。主に他に嫁を受け入れろと言われなくなるという意味においてだけれど」

「……えーと?」

 もうすでに頭が働かなくなっているシゲルに、ミカエラが苦笑しながらさらに説明を加えた。

「要するに、ここでラウラ姫を受け入れると、ホルスタットの王家を盾にして他からの押し込みを断り易くなるというわけ。ついでにいえば、瑠璃姫と並び称されている人を入れないと見劣りもするということもあるわね」

「あ~」

 婚姻の話のはずが、完全に政治上のパワーバランスの話になってしまっていることに、シゲルは頭痛をこらえるようにこめかみに手を当てた。

 

 もしここで、シゲルがこの話を蹴ったとしても、フィロメナたちは文句を言わないだろう。

 それどころか、完全に味方をしてくれるということをわかっている。

 それは今までの話からも、シゲルはそうだろうと確信していた。

 だが、それとは別に、最初から断わらない方がいいと言っている通り、今後のことを考えれば受けた方がいいのも理解できる。

 正直に言えば、ラウラほどの美人が傍にいてくれるのは、単純に嬉しいという気持ちもある。

 

 それでもまだ迷いがあるのは、何故かと考えたシゲルは、ふと思い出したようにラウラを見た。

「そういえば、まだ私はラウラ姫本人の気持ちを聞いていないのですが……?」

 そう。シゲルが引っかかっていたのは、王から紹介されたとき以外に、ラウラ本人からの言葉を聞いていないことだった。

 いくら周囲が押しているといっても、本人がその気でなければ、上手くいくはずもない。

 

 そんなシゲルの問いかけに、何故かラウラはキョトンとした顔になり、王と王妃は苦笑を返してきた。

「あ、あの……シゲル様。王と母上は、私の気持ちを確認したうえで、この場を設けてくださっているのですが……?」

「ふぇっ……?」

 本日何度目かの間の抜けたような返答に、今度はフィロメナたちも含めた全員が苦笑をすることになった。

 

 とはいえ、流石に問われたラウラ姫は、少しだけ微笑んでから言った。

「シゲル様はお優しいのですね。わたくしのことを心配してくださっているのですから。そのような方は初めてです」

 今までこのような場を設けたことは一度もないのだが、似たような状況に立たされたときには、シゲルの立場にいた者は変に舞い上がったりと色々な行動を取っていた。

 ただし、シゲルのように、ラウラのことを心配したものは、一人としていなかったのだ。

 この一点を取ってだけでもシゲルという男性の傍に行くという価値はあると、ラウラは優し気な表情の裏でそんなことを考えていた。

 

 シゲルにしてみれば、まさかの当人からの肯定の言葉に、再び頭の中が白くなる。

「あ、あ~、えーと………………とりあえず、お互いのことを何も知らないと思うので、まずはそこから始めませんか?」

 そうして出てきた言葉がこんなのだったことは、末代までの恥だったと、後のシゲルは述懐することになるのであった。

くどいかなと思いつつ、ついつい長々と書いてしまいました><

そして、最後にほぼ自爆したシゲルです。

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[一言] シゲルは、信用できない男だなw
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