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(14)貴族と王族のやりとり

 王族が去り、シゲルたちも退出した謁見の間では、その場に残った者たちが様々な議論を交わしていた。

 敢えて周囲に聞こえるように声高に自らの主張をする者、小声で話ながらほかの者たちの反応を探る者、やり方は様々だが、共通しているのはひとつだった。

 それは、いかにして自分(あるいは領地)の利益にするかということだけだ。

 強硬的な手段を取ろうと主張する者も少なくない。

 あの場で勇者フィロメナがあんな主張をしていたが、シゲル自身は今のところただの無名の平民でしかないのだから、やりようはいくらでもあるということだ。

 勿論、下手な手を打てばフィロメナが出てくることになるが、それをさせないように立ち回ることが出来るというのが、そうした者たちの考えだった。

 実際に実行に移すかどうかは未知数だが、それでもそうした主張をする者が、少なくない数いるのは確かだ。

 もしこの場に国王がいれば、大きくため息をついていたのは間違いないだろう。

 

 そんな中、とある領主二人が、周囲の様子を窺いながら話をしていた。

「――どう思う?」

「どう思うもなにも、あの国王の言葉をどう捉えているのか、小一時間ほど詳しく話を聞いてみたいものだな」

「俺は遠慮したい」

 領地持ちの貴族同士でありながら、その会話を聞けば両者がかなり仲が良いことが分かる。

 一応誰にも聞かれていないことを確認はしているが、遠慮もなしに言い合っていることを考えれば、誰にでもそれは分かるだろう。

 実際この二人は、話の内容はともかく、その言いようは聞かれても全く構わないと言えるほどに、仲がいい領地同士だと知られているのだ。

 

 げんなりとした顔で遠慮すると言った領主に、もう片方の領主が笑いながら言った。

「そう毛嫌いするな。どういった考えであんなことを言い出せるのか、それを知れば余計な波風を受けなくても済むようになるぞ?」

 むやみやたらと強気な主張をする者は、自爆してくれればそれに越したことはないが、大抵は周囲を派手に巻き込んで爆発することが多い。

 それを考えると、出来るだけ巻き込まれないように対処する必要があるというのが、その領主の主張だった。

「それは俺も認めるが…………」

 げんなりとした顔になっていた領主は、真顔に戻って頷いた。

 

 それから話が逸れたことに気付いて、元の話題に戻した。

「話が逸れたな。それにしても、馬鹿な奴らはともかくとして、お前はこれからどうする?」

「どうするもこうするもないだろうよ。お前と同じだ。まずは王がどう対処するかで、動きが変わって来るからな」

「それもそうか。王の方針が定まらないうちは、下手に動いても仕方ないな」

「ああ。ただ、王妃とのあの様子を見れば、打って来る手は見えてくるが」

 二人の領主は、きちんと王と王妃が視線を交わし合っているところを見ていた。

 それゆえに、シゲルに対する王の手がどういうものかは、いちいち口に出さなくとも理解している。

 それは、この二人だけではなく、他のほとんどの者たちも同じはずだ。

 

 ただし、王が何を考えているのかわかっているからといって、ほかの貴族たちが同じ手に出るとは限らない。

 王よりも先んじて、同じような手段に出ることを考える者が出てくるのも当然のことだ。

 それは貴族としての習性といっても過言ではない。

 同じ貴族であるがゆえに、この二人の領主もその考えは理解している。

 たまたま今回は、そこまで強引な手段に出る必要はないと考えているだけだった。

 周囲を見回せば、幾人かの者たちが、すでにその方法でどうにか手を入れられないかと話していたりもする。

 良くも悪くも、これが貴族というものの在り方なのだ。

 

 王と王妃の話題が出たところで、片方の領主がふと思い出したように言ってきた。

「お二方は、誰を出すことを考えるのだろうな?」

「さて、年頃の王女は幾人かいるが……見たところ、あのシゲルとやらも年が行っているように見えたからな。当人たちの好みと合わせて考えれば、中々難しいとは思うが……」

 難しかろうが何だろうが、王家というのは、基本的に血縁によってその力を強化していくものだ。

 いかに当人が渋ったところで、最後に決断するのは王ということになる。

 

 一瞬会話が途切れたところで、一人の領主がまさかという感じで切り出してきた。

「――――まさかとは思うが、ここで『瑠璃姫』を出してくるなんてことは…………」

「はっはっは。いかに迅速果断な王といえど、それは…………」

 ないと続けようとした貴族だったが、そこで黙り込んでしまった。

 言葉に出して、あるいは聞いてしまえば、そのまさかが可能性のひとつとしてあり得るということが理解できたのだ。

 その後その二人の領主は、お互いにまさかと言いつつも、心のどこかでその可能性を捨てきれずに会話を続けるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 謁見の間から立ち去った王は、そのまま執務に戻ることはせずに、私室で王妃と会話を行っていた。

 話題は勿論、先ほど行われたフィロメナたちとの会話だ。

「さて、ラダ。先の話をどう思った?」

 婚姻を結んでからもほとんど変わらない美貌をしている王妃ラダに、優し気な表情を向けながらアドルフはそう問いかけた。

「どうもこうも、どうしてあの方々は、ああまで人々の話題をさらうようなことが出来るのでしょうね?」

 ラダは、少しばかり楽しそうな表情浮かべながらそう答えた。

 その表情は、多少揶揄っているようなところはあるものの、馬鹿にしたり拒絶するような色はない。

 それは、ラダがフィロメナたちの話を頭から疑っているようなことはないということを示していた。

 

 立場上、フィロメナに対してあれしか答えられなかったアドルフ王だが、気持ち的にはラダと同じだ。

「うむ。それは吾もそう思う」

 そう言って少しだけ笑ったアドルフは、さらに続けて言った。

「それはともかく、あのシゲルという青年をどう思った? いや、青年といっていいのかは分からぬが」

 頭の中でシゲルの姿を思い浮かべたアドルフは、そう付け加えた。

 単純に見た目だけであれば、青年といっても良い姿をしていたが、あの受け答えを見る限りではそれなりの歳をしているように感じたのだ。

 それは、これまで様々な者と会ってきた王としての勘だった。

 

 アドルフの言葉に、ラダは頷き返した。

「そうですわね。お歳のことはともかく、あの勇者とフツ教の聖女が思いを寄せているのです。悪い人ではないのでしょう。私自身は……そうですわね、渡り人ということもあるのでしょうが、不思議な印象を受けましたわ」

「ほう。不思議……か」

 自分も全く同じ感想を抱いていたアドルフは、ラダの言葉に考え込むような顔になった。

 王である自分と会話を行っているときには、市井の者らしく激しく緊張をしているように見えたが、上級精霊を前にした時は自然な対応をしていた。

 貴族であれば逆の態度であってもおかしくはないだけに、アドルフやラダと同じような印象を持った者は多くいただろう。

 

 腕を組んで考え込むような顔になったアドルフは、すぐにラダを見てから言った。

「では、其方が誰がいいと思う?」

「あら。貴方はとっくに決めていらっしゃるのでしょう? そので良いと思いますわよ?」

 そう答えてきたラダに、アドルフは渋い顔になりながら返した。

「いや、其方の意見を聞きたかったから聞いたのだが……」

「おや。これは失礼しました。今の答えは少しばかり卑怯でしたわね」

 先ほどの返しは、自分は言葉に出さずに、王にだけ責任を負わせることになる。


 そう考えたラダはクスリと笑ってからさらに続けた。

「わたくしも貴方と同じく、あの娘が適任だと思いますよ。それに、他の子たちは嫌がるかも知れませんし」

「それは、あの娘が嫌がらないと言っているのと同じだと思うのだがな」

 苦笑しながらそう言ってきたアドルフに、ラダは笑みを浮かべたまま答えた。

「貴方もそう思っていらっしゃるからこそ、あの時すぐに私に確認をしたのでしょう?」

 謁見の間で王が王妃を見てきたときに、既にラダはその意図をきちんと読んでいた。

 だからこそ、シゲルのことを注意深く見るようにしていたのだ。

 

 普通は、勇者たちと普通ではない友誼を結んでいるとはいえ、市井の者に王族が嫁ぐことになることなどありえない。

 だが、シゲルにはそれだけの価値があると考えてこその二人の会話だった。

 王族の姫としては、あり得ないような人生を歩むことになる一人の娘に対して、アドルフとしては思うところが無いわけではない。

 ただし、あの姫なら確かにそんな人生も楽しんでしまいそうだと思うのも確かだった。

 

 そんなことを考えていたアドルフは、小さくため息をついてから言った。

「まさか、このようなときが来るとは、私も思わなかったがな」

「あら。ですが、そういうこともあり得るかと思って、今まで出してこなかったのでしょう?」

「いや、流石にそれは考えすぎだ」

 アドルフ王は、苦笑をしながら首を左右に振ってそう答えるのであった。

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