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(13)謁見の間での話し合い(後)

 フィロメナとアドルフ王が会話を行っている間、その場に集まった者たちは、ジッと黙ったままでいたわけではない。

 時折驚きの声を上げるのもそうだが、近しい者と会話を行うこともあった。

 だからこそ、時折騒めきも起きたりするのだが、フィロメナの大切な人宣言を行ったときが、一番大きかったようにシゲルは感じていた。

 中には悲鳴のような声を上げる者もいたことから、本人か息子なりの血縁者がフィロメナの隣に居座ることを画策していたことは容易に想像ができる。

 フィロメナやマリーナにしてみれば何を勝手なことをと言いたいところだが、貴族とはそういう生き物だということは良くわかっているので、今更声に出してそれをどうこう言うつもりはない。

 そんなことよりも、シゲルとの関係をこの場で明らかに出来たことのほうが大きかった。

 

 フィロメナとマリーナが結果に満足している一方で、貴族たちと同じかそれ以上に血縁関係を重視している王は、特に強い反応を示していなかった。

「……ふむ。其方とマリーナの大切な人、か。其方はともかく、マリーナは教会の許可は得ているのか?」

 ここで初めてフィロメナ以外に水を向けてきた王に、マリーナは微笑みながら答えた。

「あら。そのようなご心配はなさらずとも、大丈夫ですよ」

 シゲルとのことは、大司教に話はしているが、教会からの許可を得たわけではない。

 マリーナとしては、ここではっきりと許可を得ているとは答えられないのだ。

 

 この場に集まっている者たちの中には、マリーナの微妙なニュアンスがきちんと伝わっている者もいる。

 それゆえに、どちらにも付け入る隙があるという考えが浮かんでくるのは当然だろう。

 だが、そんな考えは、次のマリーナの一言で吹き飛ぶことになる。

「別に教会に属していなくとも、私自身は神への信仰を止めるわけではありません。それで何か問題がございますか?」

 あっさりとそう言い放ったマリーナに、流石の王も一瞬言葉を失っていた。

 

 今のマリーナの言葉は、教会のことよりもシゲルを優先すると宣言したに等しい。

 それをこの公の場で言ったことに意味があるのだ。

 そのことに気付いた王は、自分の質問を利用されたことに気付いている。

 教会との関係が悪化して、そこに付け入る隙を見つけようとした質問だったが、逆にそれがマリーナの意思を強くする結果になってしまった。

 このやり取りで、教会はマリーナに対して強気な態度に出ることが難しくなったことは、簡単に想像できる。

 

 教会というしがらみがあるマリーナでさえあまり強いことが言えなくなった以上、元から自由な立場であるフィロメナにはなにも言えることはない。

 むしろ下手につつけば、それこそ自ら蛇を出す行為に等しい。

 これ以上この話題に触れても良いことはないと判断した王は、話題の中心になっているシゲルへと視線を移した。

「――シゲルといったか。其方が渡り人というのは本当のことか?」

 王から直接問われた以上、本人が答えないわけにはいかない。

 シゲルは、ごくりと一度だけ唾を飲みこんでから頷いた。

「はい。……ですが、それを証明しろと言われても、出来る手段を持っておりません」

 シゲルが先回りしてそう答えたのは、どうせ突っ込まれることになるからと、フィロメナたちから先に自分から言っておいたほうが良いと助言をもらっていたからだ。

 

 勿論、それでシゲルが渡り人だと信じない者がいなくなるわけではない。

 現に、シゲルの言葉を聞いて、ここぞとばかりに嘘つきだの虚言だのと言っている者たちがいた。

「――このように主張する者たちがいるのだが、其方はそれに対してどう説明するのか?」

 右手で騒めきを押さえつつそう聞いて来たアドルフ王に、シゲルは首を左右に振った。

「別に、どうとも説明するつもりはありませんが?」

「何……?」

 シゲルの答えに、アドルフ王は予想外のことを聞いたという顔になっていた。

 この世界において渡り人という存在は、そう呼ばれるだけの価値があるために、それを簡単に手放すようなことを言うとは考えていなかったのだ。

 

 シゲルは、訝し気な表情を向けてくるアドルフ王を真っ直ぐに見ながらさらに返した。

「私もこの世界での渡り人の価値を存じておりますが、それは過去にいた渡り人たちの功績であって、私自身のものではありません。それに、渡り人がその場にいるだけでなにか特別なことが起こるわけではございません。渡り人が何らかの行動を起こしたうえで、その結果が世界にとって良いことになっているはずです。そういう意味では、渡り人だろうとこの世界の住人だろうと同じことだと考えております」

 シゲルはそう言いながらフィロメナたちへと視線を向けた。

「それは、この場にいる三人が起こした結果を考えれば、皆さんもよく理解できるかと存じます」

 シゲルのその言葉に、アドルフ王は「ふむ」とだけ短く答えた。

 まったく反論の余地が無いシゲルの説明に、少しだけ騒めいていた会場は、完全に静まり返っていた。

 渡り人というだけではなんの価値もないと言い切ったシゲルに、今までとは違った意味で注目を集めたのは、間違いなかった。

 

 フィロメナたちは、事前にシゲルが言ったことを聞いていたわけではない。

 そのため、多少驚きはしていたが、それ以上にシゲルらしいとも考えていた。

 普段のシゲルは、自分が渡り人であることは、一切口にすることはない。

 そんなシゲルに、渡り人は価値があるといっても、ピンと来るはずがないのだ。

 

 その上で、今のやり取りで、シゲルの価値の一端は示せたとフィロメナは考えていた。

 それが逆に、別の意味での騒ぎを引き起こすことに繋がることにもなるのだが、これくらいのことは最初から予想していた。

 何やら王がそばにいた王妃へと視線を向けて頷き合っていたが、敢えてそれは見なかったことにした。

 それだけでどんなやり取りをしていたのか想像が出来たが、余計な隙を自分とマリーナで与えないようにすればいいと開き直ったのだ。

 

 そんなフィロメナの心の葛藤を余所に、王がさらにシゲルへと話しかけた。

「なるほど。確かに其方の言う通りだ。だが、人はえてして得た力に溺れてしまうもの。其方はどうかな?」

「さて、それには、未来のことは私にもわかりませんとだけ答えておきます」

 この答えは、将来自分に対して何かを仕掛けてくれば、その力を使うことも厭わないという宣言でもある。

 これは、黙って国のいう事を受け入れるつもりなどないというシゲルの宣言でもあるのだ。

 

 勿論その言葉の意味を正確に理解した王は、確かに一筋縄ではいかないと考えていた。

 それでもどうにか国の為に役立てるようにするのが、王としての役目だ。

「それもそうだな。それにしても、其方の考え方は中々に面白い。そちらのフィロメナたちと同様に、いつでも好きなときに来るがいい」

 このアドルフ王の宣言は、国王である自分との友誼を結ぼうという意味でもある。

 きちんとその意味が理解できたシゲルは、横にいるフィロメナへと視線を向けた。

 

 そのフィロメナが頷くのを確認してから、シゲルはもう一度王へと向き直った。

「格別のご厚意を賜り、感謝いたします」

「うむ」

 シゲルの返答に王が頷いたところで、ホルスタット王国内におけるシゲルの扱いが定まったといえる。

 王との友誼を結んだという事は、たとえ貴族であっても、シゲルに対して無碍な扱いをすることが出来なくなった。

 逆にシゲルは、王との関係を強いられることになるが、その程度の不自由は受けたほうが利益になっているのだ。

 王としてもシゲルとの関係を強化できたことで、ある程度国王としての役目を果たせたと言えるだろう。

 シゲルとアドルフ王のどちらにとってもいい結果になったところで、この場での話し合いは終わりとなるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 謁見の間から控室に戻ったシゲルは、緊張から解き放たれて、疲れた様子で椅子にどっと座り込んだ。

 王城内にいる以上、監視の目が無いとは言えないのだが、別にこの位はばれても大した事ではない。

「さすがに疲れたか」

 シゲルの様子に、フィロメナが笑いながらそう言ってきた。

「そりゃあね。正直、どう受け答えしたのか、半分くらいは覚えていないかな? 一応、ちゃんと返せていたとは思うけれど」

「そうだな。シゲルのことに関しては、十分すぎる結果を得ることが出来たな」

 実際フィロメナとしては、アドルフ王があのような宣言をしてくるとまでは考えていなかった。

 この場で狙っていたのは、シゲルの立場強化であって、ラグの姿をあの場で出せた時点でその目的は果たせていた。

 

 そう答えたフィロメナに、マリーナが意味ありげな視線を向けた。

「私としては、王と王妃のやり取りが気になったわよ?」

「ああ、あれか。――そうだな。マリーナは、どのあたりの娘を押し込んでくると思う?」

 少しだけ楽しそうな顔になって、フィロメナがそう言った。

 

 その言葉の意味を理解したシゲルは、げんなりとした表情になった。

「それって、もしかしなくても、そういうこと?」

「そういう事よ。せいぜいフィーとマリーナの機嫌を損ねないように気を付けることね」

 心底楽しそうな顔になってそう言ってきたミカエラに、シゲルはますますうんざりとした様子になって大きくため息をつくのであった。

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