(12)謁見の間での話し合い(中)
フィロメナの言葉を聞いた謁見の間にいた者たちの反応は、様々に分かれていた。
それでも、あの船が大精霊の管理下にあるからといって、簡単にあきらめるような者は少ない。
別に船そのものを手に入れなくても、それを扱っている者を自由にできれば、それは自分が手に入れたのと同じことになる。
そもそも貴族という存在は、自らを動くことはせずに、その権利だけを手にして物事を動かしていくものだ。
船の操縦が出来るものを部下などにして、好きにさせる権利さえ手に入れられるのであればそれに越したことはない。
未だフィロメナの口からは所有者の話は出ていない。
だからこそ、この場に集まっている者たちは、フィロメナとアドルフ王の会話に注目していた。
その頭の中では、自らの利益のためにどのように動くべきか、当然のように凄まじく思考が渦巻いているのである。
貴族が、自分ひいては「家」の為に利益を得ようとする生き物だということは、フィロメナも良くわかっている。
過去にそうした者たちから様々な迷惑を被って来たのだから、それも当然だった。
そうした貴族の習性を良く理解しているフィロメナは、敢えて彼らの思考を外すように話を続けた。
「ところでアドルフ王。貴方は過去にあった文明について、どれほどのことをご存知ですか?」
「ふむ。それは、遥か昔に今よりも優れた文明があって、今の魔道具はそのときの技術が生かされているということくらいか」
「そうですね。それが、今のところのごく一般的な認識でしょう」
ごくごく簡単に話をしたアドルフ王に、フィロメナはそう言って頷いた。
そのフィロメナに、アドルフ王は先を話すように視線だけで促した。
それに応えるように、フィロメナは少しだけ言葉を区切ってからまた話し始めた。
「私たちは、あの船を手に入れるまでの間に、三つの新しい遺跡を見つけることが出来ました。それらの結果から、過去に発達していた文明は一つだけではなく、さらにもう一つの高度な文明があったと結論付けています」
フィロメナがそう言うと、その場に集まった者たちの騒めきが大きくなった。
特に、そうした過去の遺跡に関係する部署の者たちの声が大きい。
今フィロメナが言ったことは、これまでの常識を覆すことになるのだからそれも当然だ。
そんな周囲の反応に、アドルフ王は右手を上げるだけで収めてみせた。
フィロメナからの手紙を受け取っていたアドルフ王だが、そのことは手紙には書かれていなかった。
そのため同じように驚いてはいたのだが、それ以上にフィロメナが話す内容に興味が湧いていたのだ。
「そなたは、世の常識をひっくり返すつもりか?」
「さて。引っくり返るかどうかは、私にはわかりませんね」
フィロメナは、表情を変えることなく、涼しい顔のままそう答えた。
勿論、自分がいま言ったことが、世の中の常識を覆すことになることをきちんと理解したうえでのことだ。
そのフィロメナの言葉に、アドルフ王は少しだけ顔をしかめた。
「どう考えてもそうなると思うのだが……まあ、いいだろう。いくら其方がそう主張したところで、それを証明するような事実が無ければ、無意味だぞ?」
「おや。私たちが乗って来たあの船が、その証拠だといっても足りませんか?」
フィロメナの主張に、アドルフ王は黙り込んだ。
心情的には思いっきり肯定したいというところなのだが、これまでの研究結果と天秤にかけて、思い切った結論を出すのが難しいと言ったところなのだ。
もっとも、アマテラス号は、誰がどう見ても今まで遺跡から見つかって来た魔道具とは一線を画しているだけに、ほとんどの者は肯定をすることになることは分かっている。
問題は、それらの証拠となる遺跡や遺物が、フィロメナたち以外には、自由に研究できないことにある。
アマテラス号というこれ以上ない証拠を前にして、自説を曲げることが出来ない学者など気にしなければいいと言外に告げるフィロメナに、アドルフ王の顔の皺はさらに濃くなった。
「さて。それを判断するのは、私ではないからな。いまこの場で結論を出すのは止めておこうか」
「そうですか」
アドルフ王の答えにフィロメナは頷き、そのやり取りを見た一部の場所からは弛緩するような空気が流れて来た。
勿論これでこの話は終わりというわけではなく、これから先、喧々諤々の議論が行われることになるだろうが、それはフィロメナたちには関係が無い。
ホルスタット王国の学者たちが、どういう結論を出そうが、フィロメナは自分たちの主張を繰り返すだけである。
フィロメナは、ここで無理に自分たちの主張を押し付けるつもりもない。
頭の固くなっている学者は、いくら証拠を積み重ねてもその主張を変えることが無いので、議論をするだけ無駄だと考えているのだ。
あまり自分の主張を押し付けようとしてこないフィロメナに、訝し気な視線を向けたアドルフ王は、学術的な議論よりもいまより知りたいことを聞くことにした。
「ところで、あの船は今は誰が持ち主になっているのだ?」
王がそう問いかけると、一瞬にして周囲の空気が緊張したのがシゲルにもわかった。
中には、はっきりとシゲルに視線を向けてくる者もいる。
勇者一行の中に、見慣れない男がひとりだけいるので、そうなるのも当たり前だろう。
勿論、フィロメナもそれらの視線に気付いている。
「皆様も想像されているかと思いますが、こちらのシゲルが、大精霊より譲りうけています」
その言葉に、シゲルは自分に向かってくる視線がさらに多くなったのを感じた。
内心ではパニック寸前といったところまでいっていたが、何とかそれを表に出すことは免れていた。
「ほう。そこの者が。私が会うのは初めてのことだと思うが?」
アドルフ王のその問いは、これまでまったく無名だった者が、なぜそんなものを手に入れられたのかという意味が含まれている。
これは別にアドルフ王だけの疑問ではなく、というよりも他の者たちの代表した問いといってもいいだろう。
アドルフ王のその問いかけに、フィロメナは涼しい顔のまま答えた。
「シゲルは、渡り人です」
その短い言葉に、少しだけ騒めいていたその場が、一瞬にして静まり返った。
その隙にフィロメナはさらに続けて言った。
「しかも、あの船を譲り受けるほどに大精霊と親交があるだけではなく、彼自身も上級精霊を従えています。下手に手を出すのはやめておいたほうが良いでしょう」
「なんと……!?」
フィロメナの言葉に、さすがのアドルフ王も驚きの顔になった。
空飛ぶ船を大精霊から譲り受けている以上、親交があることは想像できるが、まさか彼自身が上級精霊を従えているとは考えていなかったのだ。
この世界で、上級精霊と契約をするということは、それほどのことなのだ。
ちなみに、フィロメナは敢えて上級精霊が複数いることを言っていない。
抑止力という意味では上級の契約精霊がいるというだけで十分であり、複数いることはより多くの注目を集めることになってしまうと考えてのことだ。
渡り人であり、複数の精霊を従えているというだけで、シゲルの価値は跳ね上がっている。
身を守るための情報はある程度開示する必要はあるが、余計なことまで伝える必要はない。
驚くアドルフ王が、何かを聞いてくるよりも先に、フィロメナはシゲルへと視線を向けた。
これは最初から打ち合わせしていた流れで、シゲルも慌てずに対応することが出来た。
「――――ラグ」
シゲルがその名前を呼ぶと、ラグがその場にその姿を見せた。
勿論、省エネモードの小さな姿ではなく、きちんと成長したときの姿でだ。
わざわざこの場でラグの姿を見せたのは、フィロメナの話が嘘だと勝手に判断して馬鹿な真似をしてくる者をけん制するためだ。
それでも突っかかって来る者は突っかかって来るだろうが、それは上級精霊の話が本当だとわかった上での行動になるので、分かり易くなる。
現に、自分の呼びかけでラグが姿を見せたことに、その場にいた者たちが息を飲んでいるのがシゲルにもわかった。
一般的には、人と変わらない姿になれるのは力のある精霊とされているので、このやり取りで力だけでシゲルを従えるのは無理だと理解したはずだった。
謁見の間でシゲルに対する驚きが広まっていく中、フィロメナはニコリと笑顔を見せながらさらに続けていった。
「ちなみに、シゲルは私とマリーナにとっての大切な人です。もし手を出されるなら、それ相応の覚悟が必要だという事だけは付け加えておきます」
フィロメナがそう言った瞬間、会場の騒めきが、今までで一番大きくなったと感じたのは、決して気のせいではないと、多少余裕が出て来たシゲルはそんなことを考えるのであった。
~ 後日談 ~
シゲル「ところで、随分と冷静に大切なひとだと言えていたね?」
フィロメナ「な、何を言っているか。いつも通りだろう?」
ミカエラ「シゲル、あれは外面が良かっただけで、内心はドキドキだったのよ。私は、後ろから見ていたけれど、丸わかりだったわ」
シゲル「あ、そうなんだ(納得)」
マリーナ「私たち以外に気付ていた方はいないと思うけれどね」
シゲル「ふ~ん」
フィロメナ「(顔を赤くしてそっぽを向く)」
~ 後日談以上~
本文に載せる機会があるかどうか分からなかったので、こちらに書いてみましたw




