(11)謁見の間での話し合い(前)
リゼムトゲルトとの話し合いを終えたマリーナは、神殿に用意されている自室ではなく、フィロメナたちの泊まっている宿へと向かった。
忙しいリゼムトゲルトと話をするために、数日かかることも覚悟していたのだが、いい意味で裏切られた。
そのためマリーナは、これから行われるであろう王との話し合いにも参加するつもりでいた。
マリーナが参加することで、フツ教の立場が~などと突っ込んでくる者もいるだろうが、誤魔化しようはいくらでもある。
その時はその時で、個人的な立場として表明することもあるので、マリーナとしてはどちらでも構わないのだ。
アマテラス号から出て来た直後であるだけに、多少警戒しつつも宿に向かったマリーナだったが、結局何も起こらずに着くことが出来た。
そして、宿に入ったマリーナは、暇そうにしているシゲルたちを見て苦笑した。
「やることが無くて暇なのは分かるけれど、もう少しシャキッとしたらどうかしら? この後、王との話し合いもあるのでしょう?」
「さて、どうだろうな。あの感触だと明日以降ということもあり得るぞ?」
マリーナとしては、あの即断即決の王のことを考えて、今日中での対面があると考えていた。
だが、実際にミンとやり取りをしたフィロメナやミカエラの印象では、その可能性は低いと考えるようになっていた。
現に、そろそろ夕方という時間に差し掛かろうとしているのに、なんの反応もない。
これは、さまざまなところで調整を図っている影響だと読んでいるのだ。
もっとも、その読みが正しいかどうかは、フィロメナたちにとってはあまり関係ない。
その分暇な時間が増えるのが問題といえば問題だが、その程度のことでしかないともいえる。
とにかく、シゲルたちは王からの返答があるまで待つことしかできないのであった。
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フィロメナとミカエラの予想通り、王からの使者が来たのは、次の日の午後だった。
しかも、午前中に確認の打診があり、午後に出迎えの使者が来るという正式な手続きに則った方法だった。
これは、以前のように略式の対面ではなく、ホルスタット王国が国として正式な場として認めていることを意味している。
その分煩わしいことも増えるのだが、これから超古代文明のことを大陸中に広めようとしているシゲルたちにとっては、望ましい展開でもある。
公式な場であるということは、他国の目もあるということになり、それだけ他の国にも話が広まり易くなるのだ。
もっとも、公的な場でなかったとしても、必要な情報は広まるものなのだが。
正式な招待という事で、控室に通されたフィロメナたちは、貴婦人たちが着るようなドレスに身を包んでいた。
ちなみにシゲルは、やたらと豪華な飾りが着けられた服を着ている。
その服は、旅の途中でいずれは必要になるとフィロメナたちから言われて用意していたものだ。
それはともかく、ドレスを着たフィロメナたちを見たシゲルは、思わず一瞬呆けてしまっていた。
これだけ一緒に行動しておきながら、彼女たちがドレスを着るのを見るのは、初めてのことだった。
驚いた顔で自分を見てくるシゲルに、フィロメナは少しだけ頬を赤くしながら聞いて来た。
「ど、どうだ? 一応、それなりに評判は高いのだが……」
「一番のお気に入りを引っ張り出してきておいて、何が評判が高いよ」
フィロメナの横でミカエラがそう突っ込んでいたが、シゲルの耳にはその言葉は入って来なかった。
スカート姿のフィロメナを見たことが無いわけではないが、やはりドレスとは全く印象が異なっている。
まあ、はっきり言えば、シゲルは見惚れていたのだ。
とはいえ、黙ったままでいるのは失礼すぎるということもわかっているので、シゲルは感じたままの感想をそのまま答えることにした。
「うん。フィロメナもマリーナも、すごく似合っているよ。出来れば、普段もたまには見たいくらいだ」
さすがに毎日は手入れのことなどもあり、面倒だとわかっているので要求はしない。
そのシゲルの直球の感想に、フィロメナとマリーナは顔を見合わせてからクスリと笑った。
「いや、その感想はどうなのだ?」
「そうね。その言い方だと普段着が駄目だと言っているように聞こえるわよ?」
「えっ!? あー、いや、そんなことを言いたかったわけではなくて……」
二人からの突っ込みに、シゲルは慌てた様子でなんとか言い訳をしようとした。
そんなシゲルに、マリーナが手を振りながら言った。
「いいのよ。別にシゲルを責めようと思ったわけじゃないわ。それに、その様子を見る限りだと、少しは普段から着て慣れさせる必要もあるかも知れないわね」
「それは確かにそうだな」
今のシゲルの様子を見る限りでは、フィロメナたちのことが気になって、普段通りの対応が出来るようには見えない。
これから先、同じような場面が増えてくることも予想できるので、シゲルを慣らさせるという意味では必要なことだとフィロメナとマリーナは考え直していた。
勿論、シゲルを見惚れさせるという目的は達成できているので、そういう意味ではどちらも満足していた。
そんな三人のやり取りを少し離れた場所に移って見ていたミカエラは、ため息をつきながら呟いた。
「何だろう、この疎外感。私もお気に入りを着ているんだけれど……」
そう言いながら他の二人と違ってつつましい場所に手を置いたミカエラは、明らかにそちらに視線を向けているシゲルを見ながら「男って奴は」と内心で呆れていた。
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謁見の間に行くまでに、どうにかいつもの調子を取り戻したシゲルだったが、残念ながらそのまま王との対面とはいかなかった。
何故なら、正式な謁見であるせいか、謁見の間に集まっていた人の数が、以前の比ではなかったのだ。
これは、王都にいる貴族の当主だけではなく、城内で普段から働いている文官や武官たちも集めているためだ。
さすがに全員ではないだろうが、それでも人数の多さに、扉を開けて視界に入って来た光景に、シゲルは頭が真っ白になっていた。
そのことに気付いていたフィロメナが、周囲に気付かれないように背中をポンと叩いていた。
大雑把な性格なように見えるフィロメナだが、実はこうした細かいことにも気がつく性格なのだ。
フィロメナのお陰で何とか気を持ち直したシゲルは、他の三人と一緒に王の前まで歩き始めた。
そして、事前に言われていた場所まで到着したころには、シゲルはすでに疲れ切っていた。
これでは交渉も何もないので、話をするのはフィロメナたちに任せるつもりでいた。
まあ、それが無くても最初から任せるつもりでいたので問題はない。
ただし、シゲルがまったく無言のままでいることは出来ないということもわかっている。
そのためシゲルは、フィロメナたちが話を進めている間に、少しでも落ち着こうとこっそりと深呼吸を繰り返していた。
そんなシゲルをしり目にしながら、王とフィロメナたちの話が始まっていた。
「ふむ。よく来たな、勇者一行よ」
「このたびはお招きに預かり光栄に存じます」
正式な招待ということで、フィロメナもそう答えながら丁寧に頭を下げた。
普段はあれなフィロメナだが、必要なときはこういう態度をとることもできるのだ。
もっとも、招待に感謝を示す最初のうちだけで、あとは多少崩れるのだが。
建前上、王と勇者の間には身分の差はないことになっているので、それは問題視されることはない。
フィロメナが下げた頭を上げるのを待ってから、アドルフ王が本題に入った。
「さて、まずは人々の注目を集めたあの不可思議な船について話を聞こうと思うのだが?」
アドルフ王がそう問いかけると、フィロメナは周囲の人々の注目が集まったことを感じた。
昨日渡した手紙にはある程度のことを書いていたので、アドルフ王は事前に知っていながらその問いかけをしていた。
それは勿論、この場に集まった者たちへと聞かせるためである。
勿論、フィロメナもそのことは十分に理解しているので、頷きながら平然とした表情で答えた。
「はい。あれは、風の都にて、風の大精霊より預かった古代文明の遺産になります」
フィロメナのその答えに、その場が一瞬騒めいた。
古代文明が現在よりも魔道具が発達していることは一般に浸透しているのだが、空飛ぶ船があるなんてことは、これまで全く知られていなかった。
そのため、王から話を聞いていた一部の者はともかく、それ以外の者たちが騒がしくなるのは当然のことだといえるだろう。
今のたった一言だけでも十分に驚きが含まれる内容なのだが、ここからさらに常識外の話が出てくることになるのである。
その時の反応を考えて、フィロメナは内心で大きく気合を入れ直すのであった。
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