(7)精霊の状態
契約精霊に自分の隠された欲望(?)を指摘されて、微妙にへこまされたシゲルは、誤魔化すように『精霊の宿屋』を開いていた。
「シゲル、少し落ち込んでる~?」
そんなことを言ってくるリグの言葉を聞こえなかったふりをしながら。
「あ、あの、シゲル様……?」
それを見て、自分が失言をしてしまったのかと慌てているラグに、シゲルは苦笑を返した。
「いや、別に落ち込んでいるわけじゃないから。うん。ラグは気にしなくてもいいよ」
実際に、シゲルは落ち込んでいるわけではない。
ただ、精霊に指摘されて今更ながらに気付いてしまったことに、少しだけ反省していただけである。
シゲルが『精霊の宿屋』を開いたのは、別にそれらの気持ちを誤魔化すためだけではない。
『精霊の宿屋』のシステムに寄らない、通常の方法で契約した精霊――この場合はノーラが、きちんと登録されるのかを確認したかったのだ。
「どれどれ……おっ、ちゃんと登録されているね」
契約精霊の欄にノーラの名前があるのを見つけたシゲルは、そう言いながら詳細を確認してみた。
ノーラのランクは中級精霊のDランクで、スキル構成は探索系に寄っている。
その代表的なのが採掘だ。
採取などもそうなのだが、こうしたスキルを持っていると、スキルを持っていない場合よりも多くを持ち帰って来るらしい。
これはまだ確認できていないが、新しいものを発見する際のボーナスにも関わっているようだった。
とにかく、ノーラが採掘のスキルを持っているという事であれば、これから先、鉱石系の採取物が今まで以上に増えることが予想される。
「なるほどね。さすがに良い子を見つけてくれたな」
シゲルがそう言うと、ラグとリグが嬉しそうな顔になっていた。
こうなってくると、他の四体の精霊たちのステータスも気になって来るところだが、もういなくなってしまったので、気にしても仕方ない。
残念に思うシゲルだったが、いつまでも引きずっていてもどうしようもないので、さっさと切り替えることにした。
シゲルは、ノーラのステータスを見たついでに、他の契約精霊たちのも確認することにした。
まず、ラグ、リグ、シロの初期精霊三体は、風の都の探索直前に上級精霊に上がったばかりだったが、この短い間にランクをひとつ上げてIランクになっている。
上級精霊になっても下級ランクだと上がり易いというのは、変わりが無いようだった。
ちなみに、上級精霊はJランクからのスタートだ。
それぞれのスキル構成は、ラグが生産系、リグが採取系、シロが戦闘(探知含む)系に寄ってきている。
この三体は、バランス良く仕事をさせて来たのだが、それでもスキル構成は偏りが出てきていた。
この辺は、やはりそれぞれの資質や性格によるものだとシゲルは考えていた。
続いてスイのランクは、中級精霊のBランクまで上がっている。
スキル構成は探索と採取がバランス良くといったところだ。
特に、水系の採取物が多くなっているのは、属性のお陰だろう。
水の町でも、そのスキルを持っているお陰か、大活躍をしていた。
『精霊の宿屋』にある池は、今後大きくする予定があるので、その時の環境を作る際にはスイが取って来たものが役立ってくれるはずだ。
最後にサクラだが、彼女は完全に足踏み状態になっている。
ランクは中級精霊のAランクまで上がっているが、そこから先に行く気配がないのだ。
ラグたちの大きな変化を見れば、何かきっかけがいるのかもしれないとは考えているが、それがなにかは今のところまったくわかっていない。
単純に経験が足りていないかもしれないし、何か条件があるのかもしれない。
そして、サクラのスキル構成は完全に『精霊の宿屋』の管理用に偏っている。
これは、まだ一度も外に出たことがないからということもあるだろうが、サクラの性質がそうなっているからだとシゲルは考えていた。
『精霊の宿屋』の画面を通してサクラを見ていると、非常に楽しそうにしている。
それを見ていると、変に外に連れ出さないほうが良いのではと思えるほどなのだ。
精霊たちの状態を確認したシゲルは、続けて『精霊の宿屋』の拡張機能があるところを開いた。
「おっ。ちゃんと拡張できるようになっているな」
ノーラを迎え入れた時点で条件を満たすようにしていたので当たり前だが、きちんと拡張できるように項目が増えていた。
シゲルは迷わずそのボタンを押して、拡張を行った。
「――これで拡張は終わった……んだけれど、随分と広がったなぁ」
拡張と同時に広がった『精霊の宿屋』を見て、シゲルは感嘆のため息をついていた。
世界が広がったことは喜ばしいことだが、それを管理するための経費(精霊力)がまた大きくなってしまう。
勿論、それをするだけの収入はあるので、問題はないのだが。
シゲルが『精霊の宿屋』の操作するのを横で見ていたリグが、パッと立ち上がって行った。
「ちょっと見てくる!」
「こら、リグ!」
シゲルが返事をするよりも先に姿を消したリグに、ラグが注意を飛ばしたが、まったくの無意味だった。
それを見ていたシゲルも笑いながらラグに言った。
「ラグも見てくるといいよ。今日はもう外に出る予定はないし、護衛はシロがいればいいよね? シロが見れるのは後になっちゃうけれど」
シゲルがそう言うと、傍に控えていたシロが「ワフ!」と返答して来た。
シゲルの言葉に、ラグは少しだけ躊躇ってから頷いていた。
「では、私も見てきます。シロ、ある程度見て来たら戻ってきますから、それまで待っていてください」
「ワフ!」
シロが元気に返事をするのを確認したラグは、先ほどのリグと同じように姿を消した。
『精霊の宿屋』の画面を見れば、きちんと移動していることがわかった。
「――何度見ても、不思議だよなあ」
思わずそう呟いてしまったシゲルに、シロが「ワフ?」と小さく首を傾げるのであった。
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拡張した『精霊の宿屋』だが、シゲルはすぐに環境調整を行うことはしなかった。
その理由は単純明快で、様子を見に行ったラグやリグからの意見を聞いてからにしようと考えたためである。
もっとも、拡張する前からある程度の構想は練っていたので、それをもとに微調整をするつもりなのだ。
そのためシゲルは、二人が戻って来る間に、昼食の準備を行うことにした。
そして、その間に作業を行っていたフィロメナたちが戻って来た。
「あれ? 思っていたよりも早く終わった?」
「うむ。作業が順調に行ってな」
シゲルの問いかけに、フィロメナが満足気な顔で頷いた。
今日の作業は、今までの総仕上げで、開墾した場所をきれいに整地するという作業をしていたはずだ。
朝の段階では昼過ぎまでかかると言っていたのだが、それよりも早く戻って来た。
三人が揃って戻って来たのを見たシゲルは、慌てて昼食の準備を早めようとした。
それを見たマリーナが、手を振ってとめた。
「作業をして埃っぽいから、私たちは水で清めてくるわ。だから、そんなに急ぐ必要はないわよ」
「ああ、なるほど」
これで作業が終わったのであれば、一度水を浴びたいという気持ちはよくわかる。
本来なら風呂にでもといいたいだろうが、それは夜のお楽しみとして取っておく。
いくら魔法で用意が出来るといっても、一日に二度も入れるほどお湯を無駄にしたくはないのだ。
フィロメナたちが水浴びから戻って来る頃には、昼食も出来上がっていた。
それを口にしながら、シゲルは今後の予定について話をした。
「――それじゃあ、王都に向かうのは、二、三日後ってところかな?」
「うむ。それがいいだろうな」
フィロメナは頷きつつミカエラとマリーナを見た。
その視線を受けて、二人とも揃って頷いていた。
「そうね。別に急ぐ必要はないしね」
「王も私たちが既に国に入っているとは思っていないでしょうから、それでいいと思うわ」
フィロメナたちがオネイル山脈にいることは、既に各国の王には伝わっていると考えている。
それは別にうぬぼれではなく、勇者と呼ばれている自分たちの動向は、逐一報告されているのが当たり前なのだ。
フィロメナたちとしては鬱陶しいことこの上ないが、それを止めろとは言えない。
常識的に考えて、たった数日でホルスタット王国に戻ってきているとは誰も考えていないはずで、それを考えれば日にち的な余裕はまだまだある。
アマテラス号の速さを証明するためには、早ければ早いほど良いかも知れないが、二、三日程度では大した違いではない。
それほどまでに、現在の移動手段(主に馬車)との差は歴然としているのだ。
昼食を終えたシゲルは、『精霊の宿屋』の調整を後にして、アマテラス号を移動するために外出することになった。
折角フィロメナたちが場所を作ってくれたのだから、早めに移動したほうが良いと考えたためだ。
『精霊の宿屋』の調整は戻って来てからでも出来るので、アマテラス号を目につきやすい所に持ってくるのを優先したのであった。




