(4)タケルの功績
シゲルは、新しい精霊との契約は、一日待ってくださいとラグから言われた。
拡張条件が分かってからのこれまでの日数を考えれば、一日くらいは大した時間ではないので、シゲルはすぐに了承した。
契約精霊たちが新しい仲間を迎えるのにあたって、時間を掛けて選択したいのであれば、それは必要なことだと考えているのだ。
何しろ、これから先、どれくらいの長さになるかは分からないが、一緒に過ごしていく相手になる。
いわば同僚を選ぶことになるのだから、それくらいは時間を掛けるのが当然だろう。
そんなわけで、新しい契約精霊に関してはラグたちに一任したシゲルは、アマテラス号の中で見つけた航海日誌を読んでいた。
名目は航海日誌ではあるが、実質タケル個人の日記になっている。
タケルは、初めからアマテラス号を同郷の人間以外に譲るつもりはなかったのか、かなり個人的なことをそれに書いている。
しかも、内容が世界ではなく日本的なことに寄っていたりする。
どういう意図でそうしていたのかはわからないが、もしかしたら日本での記憶を失くさないように、敢えてそうしている節も感じられた。
タケルが書いていた日記は、一日一行で終わっていたようなアビーのそれとは違って、それなりの量が書かれていた。
そのお陰か、日記自体もかなりの量があり、読むのにかなりの時間がかかるとシゲルは考えている。
そのため、最初から詳細を読むのではなく、飛ばし飛ばしに読むつもりでだった。
ところが、その目論見が破たんしたのは、全体の三分の一を過ぎたころだ。
ある重要な話が、その日記に書かれていたのだ。
それを見つけたシゲルは、思わず目を疑って何度もその部分を見ていた。
さらに、後追いで日記を読み飛ばしつつその件に関しての話を見つけて、ついに確信に至ることになった。
そして、その日の夕食で、シゲルはフィロメナたちに重要な話をすることになるのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
満足気な様子で夕食を終えたフィロメナは、シゲルを見ながら問いかけた。
「それで? 重要なものを見つけたというのは、なんのことだ?」
夕食前に、シゲルはタケルの日記から重要な記述を見つけたと話していた。
ただし、それに気を取られて、夕食が疎かになっては駄目だと考えて、終わってから話をすると付け加えていたのである。
そこまでする必要があったのかは多少疑問はあるが、シゲルはそうしたほうがいいと判断したのだ。
フィロメナから話を振られたシゲルは、頷きながら日記で見つけたある事実について話した。
「実は、以前は恐らくという考えで話していたことが、事実であるということが分かったんだ」
少し遠回しな言い方をしてきたシゲルに、フィロメナは首を傾げてさらに聞いて来た。
「以前に話したこと?」
「うん。だいぶ前のことだけれど、ギルドカードについて話をしたよね?」
ギルドカードについては、もしかしたら超古代文明が残した遺産ではないかという推測は、以前に話していた。
フィロメナたちは、すぐにシゲルが何を言いたいのか気付いた様子で、それぞれに少し驚いた顔になっていた。
「ま、まさか、ギルドカードに関する記述があったのか?」
「あったというかなんというか……。タケルは、ギルドカードの開発そのものに直接関わっていたみたいだね」
そのシゲルの言葉に、フィロメナたちはさらに驚きを深くした顔になった。
それはそうだろう。
一部では神からの贈り物とさえ言われている技術が、実は人が造ったものであり、さらにはその開発者の日記が見つかったというのだ。
もし公表すれば、天地が引っ繰り返るような、とまでは行かないまでもかなりの衝撃を世間に与えることになる。
そして、やはりというべきか、三人の中で一番驚きを示していたのは、フィロメナだった。
「……ちょ、ちょっと待て。それは本当のことなのか?」
「タケルが日記で嘘を書いている可能性もないわけではないけれど……まあ、まず間違いないだろうね。どちらにしても、今では全くわかっていない技術の詳細を、タケルが知っていたのは間違いないよ」
シゲルには、魔道具の細かい詳細についてはまだまだ勉強中ではあるが、日記に書かれていることが、かなり高度な内容であることは理解できた。
それを持っていして、絶対に日記が正しいとは言えないのだが、そもそもシゲル自身は間違いないと考えている。
もし自分自身でも魔術具に関する知識と技術があって、周囲の協力と技術力が自分の構想に追いつくのであれば、シゲルも同じような物を作ることは考えただろう。
タケルは実際に、それを実践して見せたのだ。
シゲルがさらりと日記を見た限りでは、実際にシステムを完成させたのは、タケルが晩年の頃になっていたようだった。
ただし、途中の段階でも当時の世界でギルドカードが受け入れられて、急速に広まっていったことが書かれている。
「作った本人は、当初はまさかそこまで一気に受け入れられるとは思っていなかったみたいだけれどね」
当時は当時で、別に身分を証明する道具はあった。
そのため、広まるとしても限定的だろうと考えられていたのだ。
ところが、個人の魔力パターンを使うことと、どこででも共通して使えるというシステムが、大陸中に広まる要因となっていた。
当時あった身分証を作るシステムは、限定した範囲内でしか使えず、タケルが作ったシステムと比べてかなり不便だったのである。
試作の段階で一般に受け入れられて行ったこのシステムは、幾度もバージョンアップを繰り返して大陸中に広まることになった。
その勢いは、タケルが止めようと思っても止められなかったとさえ書かれていた。
その結果、タケルとしては不満がある状態で、次々とリリースしていくことになったようだ。
完成形が頭にある開発者としては、その状態に不満があるのは、ある意味で当然といえるだろう。
「――――まあ、そんなタケルの心情はともかくとして、あそこまで細かく書かれている以上、創作であるという可能性は低いと思うよ」
一通り語り終わったシゲルに、ミカエラが大きくため息をついて見せた。
「なんというか、とんでもない話ね」
そこまで具体的に書かれているとなると、確かに創作の可能性は低いと考えるシゲルの言い分も納得できる。
それゆえに、信じがたいという思いが湧いてくるのも確かだった。
特に、魔道具開発をしているフィロメナと神具に関わることもあるマリーナは、呆然とした様子を見せていた。
その二人の内、先に復活したのはマリーナだった。
「とんでもないで済ませていい話ではないわよ、これは」
「勿論わかっているわよ。でも、そうとしか言いようがないよね?」
そう返してきたミカエラに、マリーナは沈黙を返した。
その顔を見れば、これから先この話を公表するのか、するのであればどうやってしていくのか、目まぐるしく考えているということが分かった。
下手をすれば、神の行いを否定することに繋がりかねないのだから、マリーナが必死になるのも当然だった。
そして、ミカエラとマリーナが会話をしている間に復活したフィロメナが、一度大きく深呼吸をしてからシゲルを見た。
「別に日記そのものを疑うつもりはないが、やはり信じがたいという思いもあるな」
以前、シゲルと会話をした時は、半々で人の手で造られた可能性があると考えていた。
だが、それでもやはり、事実として突きつけられると、信じられないという思いが湧いているようだった。
「その気持ちは推測するしかないけれど……ああ、そうか。もしかしたらこれを言ったら、フィロメナとマリーナも信じられるかもしれない、かな?」
悪戯を仕掛けている直前のような笑みを浮かべたシゲルに、フィロメナとマリーナが不思議そうな顔を向けた。
そんなふたりに、シゲルは引っ張ることなくすぐに答えを言った。
「もしかしたらだけれど、ギルドカードのシステム開発には、大精霊以上の精霊が関わっていた可能性があるんだよね。そういう意味では、神が関わっているというのも間違いではないのかもね」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
敢えて軽い調子で言ったシゲルに、一番反応をしたのは、フィロメナとマリーナではなく、ミカエラだった。
勿論、その二人も驚いてはいたが、ミカエラの比ではなかった。
大精霊を超える精霊となれば、後はもう一つしかいない。
五種類に分類とされているそれぞれの精霊の頂点に立つ存在である。
そんな精霊が、直接人の世に関わっていることが信じられないというのと同時に、それであればあれほどのシステムを作り上げたといのが納得できるという面もある。
それが本当のことであれば、神からの贈り物という説も、完全には間違いではないということになるからだ。
こうして、シゲルからもたらされた情報に、フィロメナたちは三者三様の反応を示すことになった。
ただし、話はこれで終わったわけではない。
これらの話を今後どう扱っていくのか、それを話し合っていかなければならない。
そう考えていたシゲルは、フィロメナたちを見て、内心で大きくため息をつくのであった。




