(20)アマテラス号発進!
エアリアルの微笑みを見て、一瞬呆けた顔になっていたシゲルだったが、確認の意味も込めて話を聞くことにした。
「一応確認ですが、この船は私たちが使ってもいいのでしょうか?」
タケルはメッセージで好きにしていいと言っていたが、エアリアルの意思は違うかもしれない。
タケルが亡くなってからこれまでの永い間、この船をメンテナンスしてきたのはエアリアルなのだから、その意思を確認するのは重要だと考えたのだ。
「勿論よ。それがタケルの意思なのだから。それから、使っている間のメンテナンスもこっちでするわ。何かあったら連絡してきなさい。方法は、そっちの子が知っているはずよ」
エアリアルがそっちといいながら見たのは、シゲルの傍に控えていたリグだった。
ちなみに、精霊の中では元気印のリグだが、こういうときは決して自ら口を挟んだりはしない。
それだけでもミカエラにとっては驚きの事実なのだが、シゲルにはむしろこれが当たり前になってしまっている。
それはともかく、聞こうと思っていたメンテナンスに関しても請け負ってくれたことで、シゲルは安堵のため息をついた。
どう考えても使えば消耗するこの船は、メンテナンスが必ず必要になる。
使い続けた結果壊してしまいましたでは、申し訳なさすぎて、とてもではないが気楽には使えない。
とはいえ、メンテナンスまでしてくれるということに気が引ける思いというのもないわけではない。
そんなシゲルの想いを読み取ったのか、エアリアルは少し笑ってから続けて行った。
「あまり気にすることはないわ。タケルはこの船――飛空艇が飛んでる姿がなによりも好きだった。大事にしまっておきたい気持ちはあるけれど、それよりも飛んでいる姿を私も見てみたいわね」
「そうですか。そういう事なら、あり難く使わせていただきます……と言いたいところですが、実際に使うかどうかは、仲間と相談させてもらってからでいいでしょうか?」
「ああ、それはそうね。人の世はややこしいものね。それはあなた方の好きにすればいいわ。――それじゃあ、私はもう行くわ。何かあったらその子を通して聞いてくれればいいから」
エアリアルは最後のそう付け加えてから傍から姿を消した。
それを見ていたシゲルは、一度頭をぺこりと下げるのであった。
一方で、エアリアルの出現に息を詰めていたフィロメナたちは、姿を消した瞬間に大きくため息をついた。
「……さっき会ったときより、圧力が上がっていなかったか?」
「やっぱりフィーもそう感じた?」
「私もそう思ったわ」
口々にそう言ったフィロメナたちを見て、シゲルは首を傾げた。
シゲル自身は、そんな圧力など全く感じていなかったので、まったく実感がなかったのだ。
そんなシゲルに苦笑しながらミカエラが続けるように言った。
「恐らくだけれど、懐かしい人の姿を見れて、気が張り詰めていたのかもね」
「ああ、そういうことか」
そういうことならシゲルにも納得が出来る。
いくら人を寄せ付けないようにするためとはいえ、エアリアルが不用意にそんなことをするとは思えなかったのだ。
頷いているシゲルを見ながら苦笑をしていたフィロメナだったが、すぐに気持ちを切り替えた。
「それよりも、先に大精霊の意思を確認してもらって助かったぞ」
「それはまあね。過去の人の想いも重要だけれど、今までの積み重なって来た想いというのもあるからね」
シゲルはエアリアルの顔を思い出しながらそう答えた。
あの顔を見れば、エアリアルがどれほどタケルとの思い出を大切にしているかは、容易に想像ができる。
それを無視して、勝手に使うことは出来ないと考えるのは、シゲルにとっては当然のことだったのだ。
エアリアルの意思は確認出来ているので、あとはこの船をどうするかはシゲルたち次第ということになる。
「ただ、やっぱりこの船を堂々と使うと目立ちまくると思うんだけれど、どうする?」
この船を現実に使って移動するときに発生する面倒のことを考えたシゲルの言葉に、フィロメナたちは顔を見合わせた。
「私としては、気にせず使っていいと思うがな」
「私も同じ」
「私もよ」
フィロメナの意見に、ミカエラとマリーナが続いて頷いた。
あっさりと出された結論に、シゲルは少しだけ驚いた顔になった。
「随分と簡単に決めたけれど、それでいいの?」
この船のスペックなどはまだ詳しくわかっていないが、空を飛ぶ船というだけで、多くの面倒なところから目を付けられることは容易に思い付く。
それに伴って起こるであろう騒動のことを考えれば、この船を使わないという手もあるのだ。
「理由はいくつかあるが、この船が決してシゲル以外に手が出せないだろうというのが、一番大きいな」
「あ、やっぱりそうなんだ」
エアリアルのフィロメナたちに対する態度を思えば、タケルが造ったこの船を、他人に勝手にさせるはずがないということはすぐにわかる。
エアリアルは風の大精霊なのだから、それこそ空気があるところであれば、どこにでも駆けつけてくるだろう。
また、あのエアリアルが、それくらいの仕掛けをしていないはずがなかった。
頷いているシゲルに、フィロメナがさらに続けて言ってきた。
「それに、この船であれば、十分にさらに古い古代遺跡があったことが証明できるはずだ。これほどまでの技術力は、少なくともいま常識とされている前史文明にはなかったからな」
それぞれの大精霊が保護をしている遺跡は、他人が入り込むことが難しいため、いくらいま知られている古代文明よりも遥かに発達した文明があったと公表しても信じられない可能性が大きい。
だが、空飛ぶ船――飛空艇という現物を見れば、ほとんどの者がその存在を認めることになるとフィロメナは考えていた。
勿論それは、ミカエラやマリーナも同じ考えだ。
もしこの船がなんの防御策もないというのであれば、表に出すことをためらっただろうが、先ほどの話にもあった通り、大精霊の存在が公表することを可能にしていた。
フィロメナたちの意思が確認できたので、シゲルは安心してこの船を使うことが出来るようになった。
シゲルとしては、タケルやエアリアルの想いを聞き入れたいと考えていたので、結果としては上々である。
「――それにしても、アビーの日記でもわかっていたけれど、こんなものを作り上げるタケルは、よほど腕のいい魔道具職人だったんだろうね」
「ここまでくると魔道具といっていいのか、微妙なところではあるがな」
シゲルの言葉に同意しつつ、フィロメナは頷きながらそう答えた。
実際には、まだ空を飛ぶところを試していないが、現状の空に浮いているだけの状態でも驚嘆すべき技術力だ。
そんなものを異世界から移動して来たタケルが造り上げたというのだから、とんでもないことだ。
あるいは、そうした事実があるからこそ、現在に至っても「渡り人」という言葉が残っているのではないかと思えるほどだった。
二人揃ってなにやら頷き合っているシゲルとフィロメナに、マリーナが苦笑しながら言った。
「さあ。いつまでも話し込んでいないで、まずはこの船がどういう作りになっているのか、きちんと調べましょう?」
「そうね。私はこの船の船室がどうなっているのか、早く知りたいわ」
マリーナに続いてミカエラがそう言ったことで、シゲルとフィロメナもそれに同意するのであった。
タケルが造った船は、一パーティ(六人)の冒険者が乗れるように設計されているようで、船底に個室が六つあった。
正確には、船長室らしき大き目の部屋がひとつあり、そのほかの部屋が船底に五つ用意されている。
驚いたのは、訓練室らしき場所や厨房まで用意されていたことだ。
外から見た感じでは、個人で持つにはかなり大きい船だと感じていたが、船の造りを確認すればそれが十分に実感できた。
冒険者向けのかなり豪勢な船の造りに、フィロメナたちは大喜びだった。
シゲルとしては、風呂が完備されていたことがなによりも嬉しかった。
一瞬水はどうするんだろうと考えたが、そもそも魔法が自在に使えるこの世界では、さほど水には苦労しない。
ついでにいえば、しっかりとお湯が出せる魔道具があることまで確認できている。
至れり尽くせりの豪華な船に、流石のシゲルも驚きっぱなしだった。
個人で持つ船としては、元の世界でも普通ではあり得ないほどの豪華さだろう。
風呂があることを確認したシゲルは、それ以外の確認をフィロメナたちに任せて、操舵室へと戻っていた。
理由は、そもそもこの船をどうやって動かすのかを調べるためだ。
幸いにして、船の操縦方法は、船長室にあった執務机の上にしっかりと用意されていた。
ただし、書かれていたのが日本語だったため、シゲルが真っ先に確認することになったのだ。
そんなことをしながら、船に乗り込んで数時間後、シゲルがレクチャーをしながらフィロメナたちもある程度船の操縦方法を学べた状態になった。
そして、いよいよ実際にこの船を動かすことになった。
ちなみに、船の操縦方法が書かれていたマニュアルには、船の名前がしっかりと書かれていた。
その名前はアマテラス号で、シゲルにはどこからとった名前かはすぐにわかったが、敢えてフィロメナたちには教えなかった。
そうして準備を整えたアマテラス号は、ようやく長い年月を経て、山の中から外の世界へと飛び出すことになるのであった。
これにて第4章は終わりになります。
ここまで遺跡調査がメインになっていましたが、次からは『精霊の宿屋』と精霊がメインに……なればいいなあと考えています(不安)。
あ、別に遺跡調査がほったらかしになるわけではありません。
詳しくは次話以降でご確認ください。m(__)m




