(19)先輩からの忠告と助言
出入り口の向こう側は小さめの階段室になっていて、そこから先はさらに下に降りる階段になっていた。
ただ、先ほどとは違ってこちらの階段は、すぐに終着点が見えた。
ちょうど一階分くらいしか降りていない。
下りの階段の終着点も同じように階段室があり、さらに奥に進むためのドアがあった。
シゲルは、当然のようにそのドアを開けて先に進――もうとして、すぐに足をとめた。
目の前にあった光景が信じられなくて、驚いてしまったのだ。
あとについて来ようとしていたフィロメナが、すぐにシゲルの様子に気付いた。
「シゲル? どうしたんだ?」
当然ながらすぐ近くにいるミカエラやマリーナも気がついていた。
だが、シゲルはそれどころではなく、両目をいっぱいに広げて固まったままだった。
声をかけても反応のないシゲルに、フィロメナは一瞬魔法の干渉でも受けたのかと疑ったがすぐにそれは否定した。
何故なら、護衛として就いているリグがなんの様子も変わっていなかったからである。
仕方なしに、出入り口の付近で立ち止まったままのシゲルを避けつつ先に進んで視線を上げると、なぜシゲルが立ち止まったままなのかの理由がすぐにわかった。
「な、なんだ、これは?」
「なになに~? って、うわー、これはすごいねえ」
「これはなにかしらね? 船……ではないわよね? ここには水なんてないし」
フィロメナたちがシゲルほどに衝撃を受けなかったのは、それが何であるのか、正確に理解することが出来なかったためだ。
何かの大きな建造物が、空を浮いているというだけの驚きだったフィロメナたちとは対照的に、シゲルは混乱する頭をどうにかしようと必死になっていた。
「な、なんでクルーザーがここに!? というか、空浮いているし!」
「……ふむ。シゲル、混乱しているのも分かるが、そろそろ私たちにも説明してもらえないか?」
少し大きめのクルーザー(もどき)を指して驚くシゲルに、フィロメナがため息交じりにそう言ってきた。
マリーナなどは、シゲルを落ち着かせようと、背中を撫で始めていた。
そこまでされて、ようやく意識を通常通りに復活させたシゲルは、驚きすぎだったかと少しだけ反省し――ようとして、すぐに首を左右に振った。
「タケルめ。絶対驚かせるつもりで黙ったままでいたな」
そう勝手に結論付けたシゲルだったが、当然ながら答えはなかった。
さらに一度だけ深呼吸をしたシゲルは、フィロメナたちを見ながら小さく頭を下げた。
「ごめん。復活したからあれに乗ってみようか。説明は移動しながらするよ」
シゲルの言葉に、フィロメナたちは首を傾げつつも同意して頷くのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
クルーザーもどき(浮)へは、すぐ傍に連絡僑があったので、それを使って乗り込んだ。
シゲルは形からクルーザーを思い浮かべたが、大きさはかなり大きく、通路等も余裕を持って作られている。
どちらかといえば、小さめの観光船といってもおかしくはないかも知れない。
それはともかく、シゲルはそのクルーザー(?)に乗り込みつつ、フィロメナたちに説明を始めた。
「これは、自分たちがいた世界では、船として使われていたんだよ。もっとも、空に浮いたりなんかはしなかったけれど」
シゲルが少し呆れながらそう言ったが、フィロメナたちはそれどころではないようで、一様に驚いた顔になっていた。
「ふ、船!? これが、船だと!?」
「えっ、だ、だって、木造じゃないよ!?」
「帆が無いように見えるのだけれど……!?」
自分よりも遅れて驚いている三人を見て、シゲルは苦笑をしながら頷いた。
連絡僑から甲板部分に降りたシゲルは、一度ぐるりと船を観察してからフィロメナたちを見た。
「考えてみれば、あの乗り物みたいに物体を空に浮かす技術があるんだから、こういった物を作れてもおかしくはないよね?」
シゲルは、森の遺跡でゲットした乗り物を引き合いに出した。
「いや、それはそうかも知れないが……物が違いすぎるぞ」
そもそもフィロメナたちにとっては、今乗っている物が船ということ自体が信じられないのだ。
しかも、それが空を浮いているということもある。
フィロメナの言葉に同意して頷いていたマリーナが、ふと何かに気付いたような表情になってシゲルを見た。
「も、もしかして、これで空を移動できたりなんてことは……?」
「まあ、これだけのものをわざわざ造ったんだから、ただ浮かせておくだけなんてことはないだろうねえ」
シゲルの答えに、三人は鉛を飲み込んだような顔になった。
この船(?)は、既に三人の理解の範疇を越えている。
そもそも木造には見えないこの乗り物が、船だといわれても俄かに信じがたいのに、帆すらついていない。
しかも、空に浮いているのだからどう考えても船とは違うだろうというのが、正直な感想だったりする。
皆で驚きながらシゲルたちは甲板から操舵室へと移動した。
先の部屋であんな仕掛けを用意していたタケルが、この船になんの用意もしてないはずが無く、それがあるとすれば操舵室だと考えたためである。
そして、その予想通り、シゲルが操舵室に入って数秒経ってから、舵の手前に半透明の男性が現れた。
それが魔法的な何かで用意されたホログラムのような物だと気付いたシゲルは、驚くフィロメナたちに向かって静かにするようにと右手の人差し指を口の前に立てた。
それだけでシゲルが何を言いたいのかわかったのか、フィロメナたちは無言のまま頷き返した。
半透明の男性――タケルの見た目は、壮年男性で体格はガッチリめだが、その口に豊かな髭を蓄えた人物だった。
そのホログラム(?)が出て少ししてから、タケルはまっすぐ前を見ながら話し出した。
『よう。ご同輩。どうだい俺の船は? 俺がこの世界に来てから十年かけて造った自信作だぜ?』
そう言ったタケルは、フフフンと笑いながら一度言葉を区切ってから再び話し始めた。
『高校生に上がったばかりの俺がこの世界に来てから早三十年が経った。おっと勘違いするなよ? 別に今すぐにこの俺がどうこうなるというわけではない。ただ、今のうちにしっかりとした記録を残したほうが良いと思ってな
それはともかく、それだけの年月をかけても、結局元の世界に戻る方法は見つかっていない。まあ、こっちに根を下ろしたんで、あまり真面目に探していないということもあるのだろうけれどな』
タケルがそんな話をしている間、フィロメナとマリーナがそっとシゲルを窺っていたが、当人はそれには気づかずにタケルが語る話をジッと聞いていた。
勿論、半透明のタケルは、敢えてなのか一言一言を短く区切りながら話を続けていた。
『ここまで来れたお前がどうするかは、それこそ俺が干渉するべきことではないからな。おっと、話がずれてしまったか。この船はお前の好きに使えばいい。あいつには、しっかりとそう言い聞かせておくから反対はしないだろう。まあ、ここまで来れた時点でそれはないと思うが。
俺がこれまでの人生で同郷、いや同世界か? とにかく、あっちの世界から来た者と会えたのは、たったひとりだった。それが幸運だったのかどうかは分からないがな。お前はどれくらい先の未来に来ているのか。……まあ、それは考えても仕方ないか』
そこで一度言葉をとめたタケルは、ふと別の方向に視線を向けてからフッと笑った。
『それからエリア。この映像を見ているってことは俺はもういないはずだが、いつまでも俺に捉われる必要はないんだからな。といっても、お前のことだから聞きはしないんだろうが』
「当たり前です」
タケルの言葉に、いつの間にか出ていたのか、エアリアルが姿を見せてそう言っていた。
その顔は誇らしげに笑顔を浮かべている。
ただし、その顔がどこか寂しそうに見えたのは、決してシゲルの気のせいではないだろう。
『――また話が逸れてしまったな。俺たちと精霊たちに関する関係については色々調べてはいるが、結局結論を出すことは出来ていない。勿論このあとも調べ続けるつもりだが……それはこの船の船長室にでもまとめて置いておくから見てみるといい。
さて、そろそろ時間だ。少し長くなってしまったが……一応この世界での先輩からの忠告だ。あまり深く悩んだりしないで、この世界を楽しんだ方がどう考えても得だぜ。――それじゃあな』
最後にそう言ってから右手を上げた半透明のタケルは、そのまま出てきたときと同じようにスッと姿を消した。
それを見送ったエアリアルが、シゲルに向かって頭を下げた。
「ありがとう。お陰で久しぶりにタケルの姿を見ることが出来たわ。あれは、タケルと同郷の人間にしか見せないようになっていたから」
「いいえ。お役に立てたのなら、良かったです」
少しだけ寂し気な表情を見せているエアリアルに、シゲルが言えることはそれくらいだった。
人と精霊の感覚が違うとはわかっていても、シゲルはエアリアルの姿をみて不用意なことは言えないと思ってしまったのである。
そんなシゲルに、エアリアルはただ黙って微笑みを浮かべて見せるのであった。
これが出したかった!
ようやくお披露目することが出来ました。
これから先、この船をどうするかは、次話で話し合います。
ちなみに、クルーザーというのは、あくまでもシゲルの中にあるイメージで、そのものではありませんのでご了承ください。(シゲルは船にはあまり詳しくないという設定)




