(10)大精霊の不思議
ヒューデリー遺跡は、三つの神殿も含めて、シゲルから見ても所謂「遺跡」という域をでない場所だった。
要するに、建物の風化もしっかりと進んでいて、一部はぼろくなっている。
遺跡が発見されたときが、まだ保存状態が良いときだったので、それ以降の風化は抑えられている。
とはいえ、いくら人の手が入っているとはいえ、長い時間をかけて痛んでいくことは避けられない。
それらをどうやって抑えていくのかというのが、ヒューデリー遺跡の今後の課題といったところだろう。
遺跡の中を巡りながらそんなことを考えていたシゲルは、ふと何か違和感を覚えてその場で立ち止まった。
シゲルのその動きにしっかりと気付いたフィロメナが、疑問の視線を向けて来た。
「シゲル、どうしたんだ?」
フィロメナのその声で、少し先を歩いていたミカエラとマリーナも立ち止まった。
「いや、分からないけれど、何かあったような…………って、あれだ!」
どこに気になるものがあるのかと周囲を見回していたシゲルは、建物の影に隠れるようにして、ひっそりと建っているものを見つけて指を指した。
シゲルが指した方向を見て、フィロメナが首を傾げた。
「あれがどうかしたのか?」
「どうって、あれ、あそこにある庵にそっくりじゃない?」
敢えて具体的にどこかは言わなかったシゲルだったが、フィロメナたちにはすぐに伝わった。
「言われてみれば……」
「小さくてスルーしていたわね」
「よく気付いたわ」
フィロメナ、ミカエラ、マリーナの順にそう答えるのを聞いてから、シゲルたちは庵がある場所へと向かった。
ヒューデリー遺跡は、基本的にどこに入ってもいいとされている。
ただし、遺跡が崩れたりして怪我を負ったりしても、それは見学者の自己責任である。
シゲルたちは、魔の森で見たものよりもはるかに崩れやすくなっている庵を見て、四人は同時に同じことを思い浮かべた。
「どう見ても同じものだよねえ」
代表して口に出して言ったシゲルに、フィロメナたちも同意するように頷いた。
崩れやすくなっている庵を慎重に調べていたフィロメナたちだったが、魔の森の庵と似ているということ以外は新しい発見をすることは出来なかった。
「これだけ似ていれば、何かあってもおかしくはないと思うのだが……」
フィロメナがそう口に出して言うと、マリーナが首を左右に振った。
「単に同じようなものを建てただけで、建物そのものには意味はないかも知れないわ」
「それはそうだけれど……とりあえず、一つだけ分かったことがある、かな?」
そう付け加えたシゲルに、ミカエラが不思議そうな顔で見た。
「わかったこと?」
「多分だけれど、あの庵とこの遺跡はほぼ同時期に造られたってこと。まあ、まったく同じものを長い間作り続けていたということもあり得るけれどね」
シゲルがそう言うと、三人はなるほどと頷いた。
いくら発展が遅い世界とはいっても、建物の建築様式はその時々で変わって来る。
どんなに長くても百年以上同じものを作り続けるということはないだろう。
そう考えれば、シゲルが言っていることは間違っていない。
ただし、わざと古い様式で同じものを作り続けるということもあり得るので、絶対にそうだと断定できるわけではない。
きちんとした確証を得たうえで結論を出さなくてはならないが、少なくともヒューデリー遺跡に同じものがあるということは、目の前にある事実だ。
さらにいえば、シゲルが同年代と考えたのにはもう一つの理由があった。
「これだけ距離が離れていて、同じような建築様式にしているのは、理由があると思うんだよな」
「それはそうだろうな」
魔の森とヒューデリー遺跡は、全く気候が違う場所にある。
それほどまでに距離が離れていれば、住みやすさや使い心地を考えて、それに合わせた建築様式をしていると考えるのが普通だ。
技術が発達して、エアコンのような外の環境を気にしないで済むようなものがあれば、また話は違ってくるのだが。
とにかく、魔の森にある庵とヒューデリー遺跡には、何らかの繋がりがあることがわかった。
それだけでも、わざわざ寄り道的にヒューデリー遺跡に来た意味はあった。
予想外の収穫に、シゲルたちは満足して遺跡を離れて次の目的地に向かって進み始めるのであった。
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遺跡の近くにある町を出てしばらくしてから、シゲルがふと思い出したように言った。
「――考えてみれば、なんで前史文明が、わざわざあんな通路を作ったのかも、きちんとはわかっていないんだよな……」
遺跡に行きやすくするためとか、もとの環境をなるべく崩さないようにするためとか、考えられることはいろいろあるが、はっきりしたことはまだよくわかっていない。
ただ、一つだけいえることは、いずれも大精霊の許可を取っているということだ。
「人の入場を制限しているはずの大精霊が、あんなものを作るのを許したのも不思議よね」
ミカエラがそう言うと、フィロメナが頷いていた。
今、御者をしているはマリーナだ。
そもそもこれまで会った大精霊は、超古代の遺跡を維持することに腐心しているように見える。
それであるならば、遺跡の環境を変える最大の要因になりえる人の入場を、最大限に制限してもおかしくはない。
ところが、シゲルたちが入れていることからも分かるとおり、現実は違っている。
そこに矛盾のようなものがあるように思えるのだが、その理由は未だによくわかっていない。
向かいに座っているシゲルを見ながら、フィロメナが何気なく続けた。
「大精霊たちは、シゲルがいるから通しているともいえなくはないが、それなら私たちを排除してもおかしくはないからな」
単純にシゲルが気に入ったというのであれば、一人だけを通せばいい。
それではなく、フィロメナたちも通しているということに答えがあってもおかしくはない。
ちなみに、シゲルだけに遺跡を見せたいのであれば、契約精霊を使えばいくらでも方法はあるだろう。
大精霊は、それほどまでに力を持っているとされているのだ。
今更ながら悩み始めたフィロメナに、シゲルは敢えて軽い調子で言った。
「まあ、彼女たちの事だから、ただ単に気紛れということもあり得るけれどね」
「あ~、それも確かに」
大精霊に限らず、精霊が気紛れな存在であるということは、一般的な常識である。
そう考えれば、たまたまその気紛れがシゲルに発動したということもあり得る。
もっとも、シゲルはそう言っておきながら、少なくともディーネは違うだろうと考えていた。
そうでなければ、わざわざ一人で訪ねたときに、あそこまで詳しい話をしてくれるはずがないだろう。
「大精霊がシゲルのことを気に入っているということが、一番大きいのは間違いないわよね」
ミカエラがそう言うと、フィロメナは当然だという表情で頷いた。
フィロメナとミカエラは、未だにシゲルが大精霊と一対一で話をしたことは詳しく知らないが、それでも気紛れの線は少ないだろうと考えている。
もし気紛れだとすれば、立て続けに二度も大精霊と会えることはないはずなのだ。
勿論、絶対にないと断言することは出来ないが、それでもあり得ないほどの確率で会えていることは間違いない。
少しだけ話がずれたので、シゲルは話を戻すことにした。
「もし、次の場所に大精霊がいれば、そこでも新しい話が聞ける……と思うんだけれどね」
「ほう? それはなぜだ?」
確信した様子で言ってきたシゲルに、フィロメナは興味深げな視線を向けた。
フィロメナは、シゲルが精霊との関係についての隠し事をしていることは知らないが、何かがあるとは察している。
勿論それは、フィロメナだけではなく、ミカエラやマリーナも同じだ。
フィロメナに突っ込まれたシゲルは、少しだけ首をひねってから答えた。
「いや、何となく?」
木と水の大精霊から気に入られているという自覚があるシゲルだが、それ以外が同じであるとは考えていない。
異世界人補正があるのかも知れないという考えはあるが、それがすべての精霊に適応されているかどうかまではわかっていないのだ。
「なんだ、それは?」
少し呆れた様子でそう言ってきたフィロメナに対して、ミカエラが少し宥めるような仕草をした。
「まあまあ。シゲルはこれまでも実績があるんだから、なにか勘のようなものがあるのかも知れないわよ?」
「いや、そんな大層なものじゃないんだけれどね」
ミカエラのフォローに、シゲルはそう答えて苦笑していた。
シゲルとしても何かの確証があって言ったわけではない。
ただし、これまでの流れでそうなっているのではないかと、単純に考えただけである。
その答えは、それこそ大精霊が居るであろうとする場所に行ってみないと分からないことなのであった。




