(8)精霊使いとして
ユリアナ女王と会話をしてから数日後。
すでにシゲルたちは、次の目的地を目指して旅に出ていた。
目指している場所は、計算上最短でも二カ月以上かかる移動になる。
そのため、単純に一直線で目指すのではなく、途中にある他の遺跡も見て回ることにしていた。
余計に時間がかかることになるが、新しい発見があるかも知れないし、何よりもシゲルが他の一般的な遺跡を知らないので、それを見たいとシゲルが主張したのだ。
フィロメナたちもそれには異存がなく、その結果少しだけ遠回りをして遺跡を巡ることになったのである。
次の目的地は既に発見済みの遺跡ということで、シゲルたちは再び街道をのんびりと進んでいた。
今回は移動距離が長い旅なので、焦っても仕方ないのと、馬の体力を考えればあまり無茶はさせられない。
馬車の中での翻訳作業もあるので、あまり揺らさないようにゆっくり進もうということになったのだ。
ちなみに、今回からは水の町で見つけた高性能馬車になっていた。
見た目は、現在使われている高級な馬車とあまり変わらないので、使っても大丈夫だろうということになったのだ。
お陰で揺れが激減しているため、翻訳作業も何とか出来るようになったというわけだ。
ただし、御者は必要なので、日記を読むことになるシゲルは同じ声出し作業を繰り返すことになるのだが、それは必要なことと割り切っている。
そんなわけでノーランド王国内を移動していたシゲルたちだったが、現在絶賛戦闘中だった。
「よし! 最後にシロ、とどめを刺すんだ!」
シゲルが威勢よくそう声を掛けると、横に控えていたシロが、ピュイっと音を立てそうな勢いで相手に向かった。
今回相手にしているのは、サジラットという大型のネズミ型魔物である。
ちなみに、その肉は意外にも(?)珍味とされていて、売れば高値で引き取ってくれる食材でもある。
複数いたサジラットに向かって、シロが次々にとびかかっていく。
どういう原理か分からなかったが、シロが交差するたびに、サジラットの首が飛んで行っていた。
「うーん。指示するほうは楽でいいけれど、ますます自分がすることが無くなって行くな……」
そう言いながら自分の存在意義を疑いかけるシゲルに、ミカエラが呆れながら言った。
「何を言っているの。簡単な指示をするだけであとは勝手に動いてくれるなんて、精霊使いからすれば、夢のような光景なのよ?」
「え。そうなの?」
シゲルにとってはこれが当たり前になりつつあったので、つい驚きの顔になってしまった。
そんなシゲルを見て、ミカエラは大きく一度だけため息をついた。
「これは、本気で他の精霊使いを見せないと駄目みたいね」
シゲルの常識外れっぷりに、ミカエラの顔が本気で危惧を抱いているようなものになった。
「それは私も同意するが、誰か適任はいるのか?」
「いなくはないけれど、これから向かう先には…………一人いるわね」
フィロメナの問いに考えるような顔をしていたミカエラは、思い出すような表情になってそう答えた。
そのミカエラの顔を見て刺激されたのか、フィロメナもある人物を思い出して大きく頷いた。
「そういえば、あそこにはあ奴がいたか」
「そうね。いるのよね。でも、まあ、まだ先の事だから、当分は考えなくてもいいんじゃない?」
何やら二人だけで納得しているフィロメナとミカエラに、傍にいたシゲルは意味が分からずに首を傾げている。
そんなシゲルたちに向かって、シロが倒したサジラットを処理しはじめていたマリーナから声が飛んできた。
「貴方たちも早く手伝いなさい。時間が勿体ないわよ」
マリーナのその指示に、シゲルたちはそれもそうかと頷きながら動き始めた。
話をするだけの時間は、これからいくらでもあるので、今は戦闘後の処理をするのが最優先なのであった。
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戦闘の処理を終えたシゲルたちは、再び西に向かって移動をし始めた。
今はシゲルが御者台に座っていて、馬車の中では女子トークが展開されていた。
といっても、色恋方面の話ではなく、先ほどの話の続きである。
「――そう。確かにシゲルの為には必要だと思うけれど……本当にあの人で大丈夫?」
もしこの場にシゲルがいれば、マリーナがそんな顔をする人物とはどんな人なのかと腰が引けていたかも知れない。
だが、残念ながら今は御者に集中しているので、フィロメナたちの会話は聞こえていなかった。
不安そうな視線をシゲルのいる御者台に向けたマリーナに、フィロメナが苦笑しながら応じた。
「まあ、シゲルはああいうものにも、ある程度の耐性がありそうな感じはするな。……理由はわからないが」
「そうね。本人はいたって普通なのに、少しだけ不思議よねえ。それも、異世界の常識なのかしら?」
何やら微妙な顔をして首を傾げるミカエラに、マリーナは首を左右に振った。
「勝手な想像をすることは止めておきましょう。……とりあえず、当人と会うまでは、シゲルには秘密ということでいいのかしら?」
「ああ、それが無難だろうな」
フィロメナがそう言うと、ミカエラもそれに追随するような顔になって頷いた。
ここで、この話題はこれで終わりとばかりに、あからさまにミカエラが話題転換を図って来た。
「ところで、マリーナの気持ちはそろそろ固まったのかな?」
「気持ち?」
意味が分からずに首を傾げるマリーナに、ミカエラが多少詰め寄りながら続けた。
「勿論、シゲルのことよ」
「ああ。そういうこと」
ミカエラの言葉に、マリーナはなんだという顔になって頷いた。
その反応に、ミカエラはおやという顔をした。
「随分と淡白な反応ね?」
「それはもう。貴方の玩具になるつもりはないからね」
「なんだ。つまらない」
あまりにもあっさりとした反応に、ミカエラはそう言いながらにんまりと笑みを浮かべてフィロメナを見た。
ミカエラのその顔を見たフィロメナは、一瞬ぎくりと身を固めた。
「な、なんだ?」
その反応がミカエラを喜ばせるだけだとわかっていても、ついそう応じてしまうフィロメナ。
それを見てマリーナがため息をついていたが、ミカエラは気にすることなくフィロメナに言った。
「せっかくだから、私の退屈しのぎに付き合ってね」
そう言いながらもう一度にんまりとしたミカエラを見て、マリーナはため息をつきながら、これまで翻訳した日記を読み始めるのであった。
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一人で御者台に座っているシゲルは、女子三人の会話のことなど全く気にすることなく、『精霊の宿屋』の調整をしていた。
今移動している道はほぼ一本道で、もしすれ違う馬車などが来れば、護衛についている精霊(今はシロ)が教えてくれるので、多少のわき見運転をしても事故の心配がないのだ。
契約精霊たちが御者の変わりが出来ると知ったミカエラが、呆れたような視線を向けて来ていたが、既にシゲルはきれいさっぱりそのことを忘れている。
契約精霊たちは喜んでその役目をしてくれているので、シゲルとしても心置きなく任せている。
これが少しでも嫌々しているそぶりを見せれていれば、シゲルもそんなことはさせないのだが、今のところはそんな様子を見せることはまったくない。
そんなわけで、シゲルは道中の見張りをシロに任せつつ『精霊の宿屋』の確認をしているのである。
大きさが変わるたびにその様子を変えている『精霊の宿屋』だが、今は少し大きめの公園という感じになっている。
中央に桜の木があるのは変わらないのだが、そこを起点にして、自然歩道のような道が東西南北に伸びている。
道に区切られた北東側には精霊の雫を配置した池があり、南東には小屋と薬草畑、南西には花畑、北西にはちょっとした森のように木々が植えられている。
どちらかといえば、管理された自然公園といった感じになっているが、シゲルとしては満足のいく出来になっていた。
その甲斐があってか、訪れてくる精霊の数もかなり増えてきていた。
それを見れば、単に広さが大きくなったからといって精霊の数が増えているわけではないことは、すぐにわかる。
自分だけではなく、精霊たちもきちんと気に入ってくれているとわかって、シゲルとしては嬉しい限りだった。
「さて、問題はここからどうやって変えてくか何だけれど……」
シゲルはそう言いながら『精霊の宿屋』をいじり始めた。
下手にいじればバランスが崩れてしまいそうだが、それもまたこの箱庭世界を管理していくうえでの醍醐味だとシゲルは考えているのであった。
移動中の日常回でした。
次の目的地までは距離があるので、次話は時間が飛びます。




