(7)再びの来襲
ギルドから戻ったシゲルとフィロメナは、宿に近付いたところで、既視感のある光景に出くわすこととなった。
何やら立派に飾り立てられた馬車が一台、宿の前に停まっていたのだ。
「あ~、あれってもしかしなくても……?」
「間違いなくそうだろうな」
顔を引き攣らせながら聞いて来たシゲルに、フィロメナはため息をつくようにしながらそう答えて来た。
どうやら一国の王が、わざわざフィロメナたちを訪ねてきたようだった。
フィロメナとシゲルが自分たちの部屋に戻ると、いつぞやの時と同じように、既にミカエラとマリーナが女王の対応をしていた。
部屋の中に入って来たシゲルとフィロメナを見て、ユリアナ女王が立ち上がってにこやかに笑みを浮かべながら言った。
「戻ってきたわね」
「……もう少しゆっくりして来ればよかったと、思っているところですが」
フィロメナのその直接的な言い方に、ユリアナ女王はオホホと笑うだけだった。
すぐに笑いを収めたユリアナは、真顔に戻って首を左右に振った。
「残念ながらその場合は、戻って来るまで待つだけよ。それよりも、座って話しましょう」
ユリアナはそう言いながら、既にミカエラとマリーナが腰掛けている椅子を指さした。
きちんと自分の分まで用意されていることに、シゲルは内心でため息をついていた。
あわよくば、自分は無関係と自室に引きこもろうと考えていたのだが、どうやら甘すぎたようだ。
そんなシゲルの内心の葛藤(?)には気づかずに、フィロメナはわざとらしくため息をつきながら女王が勧める椅子に向かって歩き出した。
シゲルもそれに合わせて着いて行く。
そして、二人が椅子に座るのを確認したユリアナは、いきなり頭を下げた。
「また突然来てごめんなさいね。今回は、貴方たちに謝罪をしに来たのよ」
一国の王の突然の行動に、流石のフィロメナたちも少し驚いたような顔になった。
彼女たちにしてみれば、ユリアナ女王から頭を下げられるようなことをされた覚えは無かったのだ。
続けて不思議そうな顔になるフィロメナたちを見て、ユリアナは少しだけ苦笑しながら言った。
「公爵家の馬鹿が、貴方たちに迷惑をかけたのよね?」
その問いかけで、フィロメナたちはようやく「アア」という顔になった。
今の今まで、本気でそのことを忘れていたのだ。
あまりにも似たようなことが起こりすぎるので、あの程度のことをいちいち覚えていては、身が持たないのだ。
そんな事情を察したのか、ユリアナはさらに苦笑を深めてから続けた。
「貴方たちはすっかり忘れていたみたいだけれど、話を聞いた以上は、私からも謝罪をしないといけないようなことでしょうから」
「謝罪は受け取りました。ですが、それ以上は必要ありません」
ユリアナの言葉に、フィロメナははっきりとそう返した。
あまり女王という立場にある者に謝罪を繰り返させると、今度はフィロメナたちがノーランド王国内で活動がしにくくなる。
もっといえば、あの程度のことで謝られ続けても、ただの押し付けにしか思えなくなるというのが、フィロメナたちの考えだった。
それがわかっているユリアナは、小さく一度だけ頷いてから続けた。
「そう。それならいいけれど、結果の報告は……?」
「必要ありません。この国で、その法に則った処罰が下されるのであれば、それで構いません」
貴族が民間人(?)に、圧力を掛けつつ言う事を聞かせようとしたというのが、どの程度の罰になるかは分からないが、それについてはあまり興味が無い。
また同じようなことをされれば、今度は国自体を見限ればいいだけの事だ。
その程度にしか、フィロメナたちはあの件のことを考えていなかった。
もっとも、ノーランド王国にとっては、それが一番起こってほしくないことだ。
そのため、見方によっては、立場を利用して脅しをしているのは、フィロメナたちということになる。
フィロメナたちは、そんなことは百も承知でユリアナとの会話を行っている。
ユリアナもそれをきちんと理解したうえで、フィロメナに頷き返した。
「そう? 折角だから教えておこうと思ったのだけれど……?」
「いいえ。必要ないですよ。それよりも、本題に入ってはどうでしょうか?」
サクッと話題を変えて来たフィロメナに、ユリアナは内心で苦笑していた。
罰の結果を知らせたうえで、多少なりとも事件の結果を背負わせようと考えていたのだが、そうそう上手くはいかないと諦めたのだ。
もっとも、あわよくばと考えていただけで、本当に上手くいくとは思っていなかった。
すぐに頭の中を切り替えたユリアナは、ズバリと本題を切り出すことにした。
「フリータク公爵から話を聞いたけれど、湖の中にある遺跡について、詳しく話を教えてほしいのよ」
やはりそのことかと考えてため息をついたフィロメナは、視線をマリーナへと向けた。
この場合は、マリーナに任せた方がいいと考えたのだ。
「そうは仰いますが、私たちが現時点で伝えられることは、公爵にお話をしてあります。すでに公爵から話を聞いているのでは?」
「それはそうだけれど、やはり当事者から直接聞くことも大事ではなくて?」
「確かにその通りでしょうが、私たちも話せることと話せないことがありますが?」
「それは、私であっても?」
「もし、国として必要だと感じられるのであれば、直接大精霊さまに聞いてみてはいかがでしょうか?」
ニコリとした笑みを浮かべながらそう聞いて来たユリアナに、マリーナは真面目な顔で頷いた。
それが出来ないから当事者に聞きに来たのだというのがユリアナの本音だが、勿論そんなことは顔にも口にも出したりはしない。
ユリアナは、その代わり立場が上の者たちの中で流れている噂について、情報を出して反応を見ることにした。
「ここ最近、貴方たちは大精霊が守っている遺跡に入って、何か新しい発見をしたという情報が出回っているのよね。何か心当たりはあるかしら?」
その問いに答えたのは、やはりマリーナだった。
「心当たりもなにも、魔の森にある遺跡で、原典らしきものを見つけたので、それを教会に寄付をしましたが?」
「あら。随分あっさりと白状するのね」
「白状というか、別に隠していないのですが……まさか、教会は隠しているのですか?」
少し驚いたような顔になって聞いて来たマリーナに、ユリアナは緩く首を振った。
「そういうわけではないわね。ただ、その一点しかないから、教会がそのものを出し渋っているということはあるわ」
写本さえ済ませて、複数の数になればそんなことはないのだろうが、一つしかないと言われている以上、その場所から動かすことも容易に出来ることではない。
そのため、その原典だという本についての情報は、結果として教会が独占することになる。
それらについての不満が上がって来るのは当然のことといえるだろう。
教会はそのことを理解したうえで、敢えて情報を制限しているともいえる。
それもこれも、写本が増えてくれれば解消する問題だと考えているのだ。
その写本自体が偽物だといちゃもんをつけてくる組織や国も出てくるだろうが、それは同じものを多く出すことで、ある程度抑えるつもりなのだ。
それらのことを理解したうえで、マリーナはあっさりと頷いた。
「そうですか。ですが、その辺りは教会が考えることであって、私がどうこういう事ではないですね」
「それはそうでしょう。だけれど、貴方はその原典を目にしているのよね?」
「それは勿論ですが……本当にお聞きになりたいのですか?」
敢えてそう念を押してきたマリーナに、ユリアナ女王は、言葉に詰まった。
ノーランド王国は、大陸中でも一、二を争うほどに古い国家ではあるが、決して強国というわけではない。
下手な情報を手に入れて、いろいろな陰謀に巻き込まれる必要があるのかどうかは、慎重に判断する必要があった。
特に、相手が宗教に関わる教会となると、尚更だ。
マリーナに良いように話を誘導されたと感じてはいても、これでユリアナは下手に話を掘り下げるわけにはいかなくなった。
暗に、国の命運にかかわるような情報だと言われれば、女王として躊躇うのは当然のことだろう。
勿論マリーナは、ユリアナ女王がそう考えることを見越して、敢えて原典の話を持ち出したのだ。
ユリアナは、マリーナの話していることが嘘だとは考えていないが、それですべてだとも思っていなかった。
それでも、現時点で持っている情報では、これ以上突っ込んで話をすることは出来なかった。
下手に踏み込んでも大精霊を盾にしてくることは、先ほどの会話でよくわかっているからだ。
結局、この時の会話では、それ以上の情報をフィロメナたちから引き出すことは出来ずに、ユリアナは城へと戻った。
ちなみに、遺跡調査にはそれなりの時間がかかると考え、まだノーランド王国に滞在すると思い込んでいたユリアナは、この数日後にはフィロメナたちが出国したという話を聞いて、してやられたという顔をすることになるのだが、それはまた別の話である。




