(5)マリーナと魔道具について
どこまで話をするかを考えていたフィロメナは、ミカエラと一瞬だけ視線を交わしてから話始めた。
一度ミカエラを見たのは、自分に任せてもらっていいのかを確認したのだ。
フィロメナは、実際に湖底に遺跡があったことを公爵に話した。
そして、その遺跡は、水の大精霊が管理していることも合わせて話す。
当然ながらフリータク公爵は、その話に驚くことなく納得の表情で頷いていた。
ついでに、遺跡から持ち帰った品については、大精霊の許可の元にもらってきたことも合わせて教えておいた。
たとえ遺跡に入れたとしても、自由に持ち出すことが出来ないことを知らせるためだ。
ただし、そのことについても受け継いできた話の中にあったのか、公爵が残念がるようなことはしていなかった。
あの遺跡が、現在知られている古代文明よりもさらに前の文明だったことや日記のことについてはまだ話すつもりはない。
フィロメナとしては、あの日記が事実であると認識はしているが、今の状況でその話をすると、シゲルのことも合わせて話さなければならない。
せめて翻訳作業が終わるまでは、他に公開するつもりはなかった。
もしくは、シゲルが渡り人であると公言するようになるまでだろう。
元となっている日記が異世界の文字で書かれている以上、出来る限り疑念を持たれるようなことは避けたいのだ。
フリータク公爵は、フィロメナが隠し事をしながら話をしていることに、きちんと分かっていた。
それでもそれについて問いかけるようなことはしない。
研究者は、はっきりした結論が出るまで研究成果を隠しておくことは当然だと考えているのもあるし、何よりも大精霊が関わっているだけに、全てを話せないということも分かる。
それが、同行者のことについてだということまでは、流石に気付いていないだけだ。
フィロメナの話を一通り聞き終わったフリータク公爵は、納得した顔で頷いていた。
「なるほど、良い話を聞けた。少なくとも儂にとっては、伝来の話が嘘でなかったと別方向から確認できただけでも、いい結果だった」
それは、紛れもなくフリータク公爵にとっての本心だった。
そして、その顔を見たフィロメナは、ミカエラに腕を突かれて頷きながら真っ直ぐにフリータク公爵を見て聞いた。
「一つ聞きたいことがあるのだが、いいかな?」
「うむ? なんだ?」
改まってフィロメナから聞かれるようなことに思い当たらなかったフリータク公爵は、不思議そうな顔で首を傾げた。
遺跡のことに関しては、先ほど話したことが全てなので、フィロメナの期待に応えられるような情報を持っているとは思えなかったのだ。
実際、フィロメナが口にした問いは、遺跡に関してのことではなかった。
「私たちをこの場に呼ぶ際、マリーナを指定したようだが、何故でしょうか?」
「……はて? 私はそのようなことは…………」
反射的にそう答えたフリータク公爵だったが、次の瞬間顔をわずかにゆがめてから、部屋の外で待機しているはずのメイドを呼んだ。
「おい! 誰か!」
その声に、少し慌てた様子でメイドがひとり入って来た。
そのメイドに向かって、フリータク公爵はフィロメナたちを連れて来た者を呼ぶように言うのであった。
フリータク公爵の怒りが伝わったのか、先ほどの男はすぐに部屋にやって来た。
彼が来るまでの間、フィロメナとミカエラは余計なことを聞くことはしなかった。
フリータク公爵の雰囲気で、何となくお家の事情が絡んでいそうな気がしたためだ。
貴族家の余計な騒動に巻き込まれるつもりはないのだ。
フリータク公爵の様子はきちんと伝わっていたのか、部屋に入って来た男は、少し怯えるような顔になっていた。
「ご、御主人さま。話があると伺ったのですが…………」
「隠し事は許さない。お前にマリーナ嬢を連れて来るように言ったのは誰だ?」
「それは…………」
何かを言おうとした男を遮って、フリータク公爵は先ほどまでの好々爺とした笑みを消して、厳しい視線を向けながら続けた。
「言っておくが、既に予想は出来ている。わざわざお前に聞いたのは、確証を得たいだけだ。――その意味がわかるな?」
念を押すように付け加えられた最後の言葉に、男はガクリと肩を落とした。
それでも少しだけためらいを見せていた男だったが、やがて口を開いた。
「………………ラドン様が、マリーナ様をお連れするようにと」
その答えを聞いたフリータク公爵は、一度だけぎゅっと目を瞑ってから、すぐにフィロメナとミカエラを見て頭を下げた。
「……申し訳ない。どうやらこちらの不手際があったようだ」
そこで一度言葉を区切ったフリータク公爵は、二人に確認するような視線を向けながらさらに続けた。
「すぐにでも罰を与えるつもりでいるが、結果を最後までご覧になっていくか?」
そう言ったフリータク公爵の顔は、申し訳なさと多少の怯えのようなものが見て取れた。
それを見つけたフィロメナは、首を左右に振りながら答えた。
「いいえ。あれが、当主の本意でなかったとわかっただけでも十分だ。罰の内容にまで関わるつもりはない」
貴族家の騒動に深くかかわると、ろくなことにならないとわかっているので、敢えて自ら罰を下すようなことをするつもりはない。
身内だけに甘い結果が出るかもしれないが、以降自分たちに余計な火の粉さえかかって来なければそれでいい。
ついでにいえば、もし次があった場合は、容赦をしないということも含んでいる。
「そうか」
フィロメナのそんな考えを見抜いたのかは分からなかったが、フリータク公爵は厳しい顔のまま頷いた。
その顔に騙されている可能性もあるのだが、今のフィロメナはその時はその時だと考えている。
どうせあと数日もすればこの町からは出ていくことになっているのだから、余計なことはしたくないというのがフィロメナの本音だった。
会話の主導権をフィロメナに任せているミカエラは、特に表情を変えることなく黙ったまま話を聞いている。
ミカエラ自身は、別に実害があったわけではないので、当事者同士が認識してもらえればそれでいいと考えているのだ。
家の当主が罰を与えると明言しただけでも十分なのだ。
黙り込んでしまったフリータク公爵に、フィロメナがわざと笑みを見せながら続けた。
「それでは私の質問はこれで終わりになります。あとは何かありましたか?」
フィロメナがそう問いかけると、フリータク公爵は首を左右に振った。
「いいや。儂からは、これ以上のことはない。……迷惑をかけてすまなかった」
「貴方からの謝罪は、もうそれで十分だ。あまり当主が頭を下げるべきではないだろう?」
そう返してきたフィロメナに、フリータク公爵は苦笑を返すことしかできないのであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
公爵家を後にしたフィロメナとミカエラは、宿に戻って来たシゲルとマリーナに、早速公爵の屋敷であったことを話した。
その際に、マリーナの事を目に付けている者がいるという話を聞いた当人は、「そう」という短い答えを返すだけだった。
自分に懸想をしてくる者は珍しくないうえに、フィロメナとミカエラのお陰で実害があったわけではないので、その程度の感想しか持てなかったのだ。
シゲルに至っては、やっぱりマリーナはもてるんだと思うだけだった。
シゲルもマリーナも、フィロメナとミカエラに感謝することはあっても、顔のまったく知らない相手に関して、そこまで強い感情を持てるはずもない。
そのフィロメナとミカエラにしても、既に公爵に任せた気になっているので、短い結果報告をしただけでその話は終わっていた。
それよりも、シゲルたちにとって重要だったのは、過去の公爵家の当主についてだった。
「私としては、公爵が見せてくれた魔道具が気になったな。大精霊の作った物なのか、それとも遺跡にあったものなのか」
「どんな魔道具?」
シゲルがそう聞くと、フィロメナは色形とその機能について話をした。
そして、その話を聞いたシゲルが抱いた感想は、やはり「それって携帯電話?」だった。
さらに、シゲルがそう考えたのには、別の理由もあった。
「もしかしたら、その魔道具を考えたのは、タケルかも知れないな」
シゲルがそう言うと、他の三人の視線が集まった。
「なぜそう思うの?」
当然のようにそう聞いて来たミカエラに、シゲルは肩を竦めながら答えた。
「話に聞く限りでは、元の世界にあった道具によく似ているから。あとは、日記を改めて見直して気付いたのだけれど、どうやらタケルは魔道具開発もしていたみたいだ」
遺跡で流し読みをしていたときには気付かなかったのだが、日記の後半にはそうした記述がぽろぽろと出て来ていた。
日記は当然ながらアビーの視点で書かれているので、魔道具の詳しいことまでは書かれていなかったが、タケルが優秀だということは書いてあった。
あれほどの都市を作り上げる時代に、優秀な魔道具職人だったとすれば、かなりの腕だったということはわかる。
シゲルの話に、フィロメナは目を輝かせて聞いていた。
次に向かう遺跡で何か新たな発見があれば、この時代の魔道具開発に進展があるかも知れないと期待したのである。
この時すでに、フィロメナたちの気持ちは次の遺跡に向かっていて、公爵家の騒動は頭の中からはすっかり消え去っていたのであった。




