(20)渡り人と世界
マニュスディーネに確認するのは最後の挨拶の時にしようということになり、その場でのシゲルからの報告は終わった。
その後は、他の三人がそれぞれの報告をすることで、その日の報告会(?)は終わりとなった。
基本的には、魔の森にある遺跡と変わらない。
今はまだ、どちらのほうが古くできているのかもわかっていない。
それが分かれば、アビーの建築様式がどのように広まったのか、あるいは限定的なものだったのかを確認することができる。
現在は、そもそも高層建築自体が残っていないので、確認する術がないのである。
大精霊が管理している古代遺跡で見つかることは、全てが新発見であり、どれもこれもがこの世界にとっては重要なことになる。
ただし、それであるがゆえに、いきなり発表したとしても、色物研究として扱われてしまうことになる。
それは、いくらフィロメナたちが勇者一行であっても同じことだ。
三人が古代遺跡の研究をしていることは、知る人ぞ知る秘密(?)ということにはなっているのだが、やはり興味本位という評価位しかされていないのである。
そのため、研究結果は慎重に出していく必要がある。
いきなり、今知られている古代文明の前に更に高度な古代文明があったなんてことは、言っても鼻で笑われるのが落ちなのだ。
その辺りのことは、まだ世間一般での常識が良くわかっていないシゲルには手助けできることはない。
そのため、日記を発見した翌日は、再び別行動を取ることになった。
――ということを建前にして、シゲルはあることを確認するために、敢えて別行動をすることにしたのだ。
そのあることというのは――、
「……マニュスディーネ、今、話は出来ますか?」
町の中央にある神殿に一人で来たシゲルは、そうマニュスディーネに呼びかけた。
そして、それに応えるように、マニュスディーネが姿を現した。
「やっぱり来たわね」
そう言ってきたマニュスディーネは、どことなく嬉しそうな感情を表に出していた。
そのマニュスディーネの顔を見たシゲルは、どのタイミングで切り出そうかと考えていたことを、思い切っていきなり言うとにした。
「色々と聞きたいことがあるのだけれど、答えてくれますか、ディーネ」
意味ありげにその名を呼んだシゲルに、マニュスディーネはクスリと笑った。
「勿論ですよ。私の親友と同朋の旅人さん」
その答えに、シゲルは知りたかったことの答えをひとつ得たと確信した。
そのときのシゲルの顔を見て、マニュスディーネが続けて言ってきた。
「あの時、私は本当に驚いたのよ。まさか貴方が、アビーと同じ名をつけてくるとは思っていなかったから」
アビーが目の前の精霊に付けた名は、ディーネだった。
本当にそれは偶然だったのだが、シゲルが付けたマニュスディーネと被っている部分がある。
ただし、シゲルにはただの偶然ではないこともわかっている。
「ディーネという名前は、自分たちがいた世界では、水の精霊の名前の一部なんだよ。だから偶然の一致だけれど、似たような名前になるのは、必然ともいえるのかもね」
「そうなの」
シゲルの言葉にマニュスディーネは、納得顔で頷いた。
シゲルは、この場で敢えてウンディーネという名前は出さなかった。
それが新しい名前になるかも知れないと考えての事である。
流石のシゲルも、この世界で名前が重要な役目を持っていることは、すでに理解できている。
自分と同じような顔になっているシゲルに、マニュスディーネは折角だからとお願いを申し出て来た。
「貴方にはマニュスディーネと付けてもらったのだけれど、是非普段はディーネと読んでもらいたいわね。貴方にとっての真名を隠すことにもつながるしね」
「そうですか。……わかったよ、ディーネ」
シゲルとしてもディーネという名前のほうが呼びやすいので、そう呼ぶことは別にかまわない。
もしアビーとの繋がりをディーネが大事にしていて、そう呼ばれたくないと思っているのであれば、遠慮しようと思っていたくらいだ。
ディーネからそう呼んでくれと言うのであれば、シゲルがそちらの名で呼ぶのは、なんの問題もない。
シゲルからディーネと呼ばれたディーネは、嬉しそうに目を細めた。
「それで? 貴方が聞きたいことは、名前の事だけではないのよね? ああ、もうそれからまどろっこしい言い方はしなくてもいいわよ。せっかくディーネと呼んでくれるのに」
「そう? それなら、そうさせてもらうよ。それじゃあ質問だけれど、渡り人が、精霊を扱えるようになるのは、ただの偶然?」
「さて、どうかしら? そうでもあるともいえるし、そうでもないともいえるわね」
曖昧な回答をしてきたディーネに、シゲルがさらに言葉を重ねようとした。
だが、ディーネは右手を上げてそれを止めて、さらに続けた。
「別に誤魔化しているわけではないわよ? 私は何人かの渡り人と会ったことがあるけれど、その全員が精霊を扱っていたわけではないの。ただし、あなたの世界の住人という意味では、そうなのかも知れないわね。私は貴方を含めてまだ三人しか会ったことがないけれど」
「なるほど。そういうことか」
ディーネの説明に、シゲルは納得の顔で頷いた。
ディーネが言った三人というのには、勿論シゲルにも心当たりがある。
アビー自身については勿論、タケルについても精霊が扱えるような記述が日記に書かれていた。
それよりも、ディーネからさらりと告げられた言葉に、シゲルは多少動揺していた。
「まさか、複数の世界から来ているとは、ね」
「こうして違った世界があるのだから、それがたくさんあったとしても不思議ではないでしょう? 文明の発展の仕方もその度合いも、様々なところからきているみたいよ?」
少したしなめるようにそう言ってきたディーネに、シゲルは苦笑を返すことしかできなかった。
そもそも違う世界があるなんてことが、少なくとも一般常識ではなかった世界からシゲルとしては、そんなことを言われてもと思う事しかできない。
もっとも、自分自身がその非常識を証明する存在になってしまったので、否定することも出来なかった。
そんなシゲルに、ディーネはなぜか愛おしそうな表情を浮かべながら言ってきた。
「貴方たちの世界からの渡り人が、なぜ精霊と強い結びつきを持てるのかは、私にも分からないわ。ただし、三人に共通しているのは、いずれも精霊を成長させる能力を持っていた、あるいは持っている、ということ」
ジッと自分を見ながらそう言ってきたディーネに、シゲルはハッとした表情になった。
「ということは、貴方も……?」
「そうよ。今シゲルが契約している精霊たちと同じように、私もちっぽけな存在でしかなかった。それをアビーが拾い上げてくれて、ここまでなることが出来たのよ」
大分端折ってはいるが、ディーネが今のような存在になることが出来たのは、間違いなくアビーの存在があったからだ。
それは紛れもない事実だと、ディーネはそう認識していた。
目の前にいる大精霊の言葉に、シゲルは大きくため息をついた。
ディーネほどの精霊になるには、どれほどの力が必要になるのか、見当もつかない。
それこそ長い年月がかかっていることは、想像に難くない。
今、『精霊の宿屋』を使って契約精霊たちを育てているシゲルだが、彼女たちがディーネほどに成長させられるかは、まったく自信がない。
そんなことを考えていたシゲルに、ディーネはクスリと笑った。
「何を考えているのかは分かるけれど、諦めてしまうのはまだ早いと思うわよ? 少なくとも、私が知る限りでは、三人の中では一番上手く成長させているわよ?」
「そう、なの?」
「ええ。それは間違いないわよ。貴方の持っているそれが、そうさせているのは間違いないでしょうね。私も初めて見たわよ、そんなものは」
そう言ってきたディーネに、シゲルは「ハア」という曖昧な返答をすることしかできなかった。
シゲルとしても、いきなり身に付いていた能力なので、なぜ自分が『精霊の宿屋』を持っていたかなんてことは、説明が出来ないのである。
その後は、少しだけアビーのことをディーネから聞いたシゲルは、お礼をしつつその場を辞した。
ディーネも久しぶりにアビーのことを話せて嬉しかったと言っていた。
それを聞いたシゲルは、ホッとした顔になっていた。
遥か昔の、すでに会うことが出来ない相手のことを思い出させてしまったのではと、不安になっていたのだ。
とにかく、シゲルはこの時話した内容は、フィロメナたちにはしばらくの間内緒にしておくことに決めていた。
それは、ディーネとアビーという個人的な関係を、勝手に話をするのもどうかと思ったことでもあるし、何よりももう一人の登場人物――タケルのことがあったためだ。
そのことについて確認するまでは、話さないほうが良いと考えたのである。
それに、タケルのことについては、この後の調査で向かうように進言するつもりでいた。
タケルがどこから来たのか、そのことは日記に詳しく書いてあったので、そこを目指してみるのが次の調査も確実に進められるとシゲルは考えているのであった。
マニュスディーネは今後はディーネになります。
といっても、マニュスディーネの名を捨てるというわけではありませんw
というわけで、これで第3章は終わりになります。
次は、別の遺跡へ! ……の前に、いろいろと変わっている『精霊の宿屋』と精霊についての話になります。
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※昨日の「(19)日記の内容」で、日記の書き主の名前が朝の八時半ごろまで「マリー」になっていました。
本来の名前は「アビー」になります。




