(10)いつもの
初めて盗賊を『処分』する経験をしたシゲルは、いつもの調子に戻るのに数日かかった。
そのときには既に国境線の手続きを終えて、ノーランド王国に入っていた。
その期間が長かったのか短かったのか、シゲルにはわからない。
ただ、フィロメナたちは、なにも言わずに黙って見ているだけだった。
結局、シゲルが出した結論は、また盗賊が出て来たら同じことをする、だった。
別に、他に被害が出ないようにするためなどの英雄的思考になったわけではない。
そういうのは、盗賊を専門としている冒険者や各国の軍に任せればいい。
自分は、自ら突っ込むようなことはせずに、ただ自分の身を守るために、相手を倒すと決めたのである。
フィロメナたちは、そんなシゲルには何も聞かず、いつも通りに接していた。
ただし、初めて人を殺めた者が、妙なテンションになることはよくあることなので、その辺は注意深く見守っていた。
シゲルはそんなことにならずに、調子を戻したのを見て、それぞれが内心で安堵していた。
特にフィロメナは、自分が出した課題だっただけに、より注意深く見守っていた。
まあ、それが無かったとしても、フィロメナはシゲルのことをよく見ていただろうが。
そんなシゲルたちは、まずは情報収集のためにノーランド王国の王都を目指していた。
途中にある沼地などの多くの水場を抜けながら、シゲルは馬車の中で首を傾げていた。
「ノーランド王国に入ってから何日か経ったけれど、思った以上に過ごしやすいね」
「そうかも知れないな。……不思議か?」
何故かニヤニヤしながらフィロメナに聞かれたので、シゲルは素直に頷いておいた。
「さらに南に下っているから、もっと気温が高くなるかもと覚悟していたんだけれどね。むしろ気温が低くなっているような……?」
そんなことがあるのかなと思いつつ、シゲルは首を傾げてそう言った。
少なくともシゲルの体感温度では、ひとつ前の国よりも気温が下がっているように感じているのは間違いない。
どういうことだろうという顔になっているシゲルに、フィロメナが笑いながら付け加えて来た。
「言っておくが、別にシゲルの感覚が違っているわけではないぞ? この国に入ると皆が体感することだ」
そう言ってきたフィロメナに、シゲルはますます不思議そうな顔になった。
そんなシゲルに、フィロメナはさらに続けた。
「それこそこの場所に王国ができた時から、この状況は変わらないようでな。中には、これこそが水の大精霊の加護だと主張する者もいるくらいだ。事の真偽はともかくとして、な。まあ、実際には周辺にある水場が気温を下げているのではないか、というのが大方の主張だ」
フィロメナの説明に、シゲルはなるほどと頷いた。
この世界に来る前なら、もっといえば、メリヤージュに会う前のシゲルであれば、前者の説明を聞いてもそんなわけがあるかと突っ込んでいたかも知れない。
だが、メリヤージュの圧倒的な力を感じたいまでは、そうしたこともあり得るかも知れないと思っていた。
もっとも、後者のほうが、理屈としては受け入れやすいのだが。
結局のところ、水場があるから大精霊がいるのか、大精霊がいるから水場が多くあるのかという、卵と鶏理論と変わらない感覚も受けていた。
もし、実際に水の大精霊に会うことが出来たなら、その答えも教えてもらえるかも知れないと、シゲルは淡い期待を抱いていた。
これから時間をかけて大精霊(が居る場所)を捜すことになるので、それくらいの目標というか目的があったほうが、気が入り易いのだ。
「まあ、何にせよ、過ごしやすいのはいいね。思った以上に湿気もないみたいだし」
これだけ水場があって気温も高めだというのに、湿度はさほど上がっていないようにシゲルは感じていた。
高温多湿な国家にいたシゲルとしては、むしろ過ごしやすい気候だと思える。
そんなシゲルの気分を感じ取ったのか、フィロメナが僅かに目を細めて聞いて来た。
「本当に、随分と過ごしやすそうだな。私としては、今までよりもじっとりとしているような気がするのだが?」
「ああ、それはそうだと思うよ? ただ、自分はもっと湿度が高いところで生活していたからね」
シゲルがそう答えると、フィロメナは以前いた世界のことだと思い至って、微妙な顔になって「そうか」と頷いていた。
元の世界のことを思い出させてしまったかと考えてしまったのだ。
そんなフィロメナを見て、シゲルはクスリと笑った。
「シゲル……?」
「いや、そんなに気にしなくてもいいから。少なくとも今は、この世界を楽しんでいるんだし」
数日前には嫌な経験をしたばかりだが、シゲルはそう確信していた。
確かに元の世界に比べれば、娯楽もなく出来ることが少ない。
それでも、それ以上に得難い経験ができていると、今のシゲルはそう前向きに捕らえている。
さらに、それよりももっと大事なこともある。
「それに、かわいいフィロメナもいるしね」
シゲルがそう付け加えて言うと、フィロメナは顔を赤くした。
「む、むう。……その形容詞は必要か?」
睨むようにして自分を見てくるフィロメナを見て、シゲルは小さく吹き出した。
そういうところがかわいいのだが、それを言えばますます睨まれることになるので、それは黙っておいた。
そんな会話をしていたシゲルとフィロメナに、御者台からミカエラが声をかけて来た。
「あのー、ふたりでイチャイチャするのはいいですが、そろそろ次の目的地に着きますよー」
そう言ったミカエラの声がげんなりとしていたように聞こえたのは、シゲルの気のせいではないはずだ。
現に、隣に座っているマリーナは、手綱を取りながらクスクスと笑っている。
若干恥ずかしいという思いも湧いてきたが、それを表に出すことはなかった。
何故なら、自分以上に大きく反応してしまっている者がいたからだ。
「べ、別に、イチャイチャしていたわけではない!」
どう考えても説得力がないことを言ったフィロメナに、ミカエラがニンマリと形容するにふさわしい顔になった。
それを見たシゲルは、またいつものパターンが始まるなと思ったが、時すでに遅し。
ミカエラは既に揶揄う気満々になっているので、止められるはずがない。
シゲルも折を見ては、過剰に反応したら駄目だということをフィロメナに教えているが、その努力(?)が報われたことは、今のところない。
こういうことに慣れていないフィロメナは、どうしても反射的に反応してしまうようだった。
それに、フィロメナが本心から嫌がっているのであれば、シゲルもこういったやり取りは止めるように言う。
だが、今のところそんなことは無いようなので、放置しているのが現状だった。
また、ミカエラもそれがわかっているからこそ続けているのだということも、今のシゲルは理解しているのである。
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ノーランド王国の王都へは、シゲルたちが入って来た国境沿いから五日ほどで着いた。
物珍しさも手伝ってか、ゆっくり目に移動しての日数である。
そのことからも、ホルスタット王国に比べれば、さほど大きくない国だということはわかる。
そして、その王都を目にしたシゲルの第一印象は、『水の都』だった。
町の中を多くの水の路が走っており、物の移動はほとんどが小舟で行われているようだった。
それだけ多くの水が流れていれば、氾濫などを想像するのはたやすいことで、実際にシゲルはそれを口にした。
だが、フィロメナたちからの説明では、過去から行われている治水でしっかりと抑えられており、今ではよほど大きな雨でも上流で降らない限りは起きないということだった。
流石にダムのような大きな建築物があるわけではないが、途中途中にため池になるような場所を作ったりと、様々な工夫をしているようである。
シゲルとしては、それほどの技術力がある世界で、どうして文明がもっと発達していないのか不思議だったが、それをフィロメナたちに言っても首を傾げられるだけなので、聞くことはしなかった。
この世界の住人たちにとっては、それが当たり前のことなのだ。
それに、シゲルとしてももしかしてと思うことはある。
もしかしたら、古代文明の名残であったり、残った施設をそのまま利用しているのではないかということだ。
施設というといかにも人工的に思えるが、自然のままに見えるようなものがあったとしても不思議ではない。
ましてや、水の大精霊がそれらを管理しているとすれば、今まで維持できていることもあり得るだろう。
こうして実際に王都を目にしてみれば、そうしたことを考えてしまうのも仕方ないと思うシゲルであった。
ついいつものパターンでフィロメナ揶揄いを書いてしまいました><
書いていて楽しいので、お許し下さい。m(__)m




