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(5)アドルフ王との謁見

 どうでもいい貴族の視線に晒されるとわかっていながらフィロメナとミカエラが国王と対面すると決めたのは、何も義務感からだけではない。

 そもそもフィロメナが、魔の森のホルスタット王国側に住んでいるのは、そこでならまだ自分らしく生きられると考えているからだ。

 それは、いくつもの国を巡ってそれぞれの国のトップと会ってきたフィロメナが、ホルスタット王国の国王であれば、まだ信頼できると判断したためである。

 具体的にアドルフ王は、貴族や自分自身の要望に従わないフィロメナを、好きにさせてくれている。

 勿論、最初のうちは、国を守る責任を負う者として、どこどこの魔物を討伐してほしいなどの要求をしてきていた。

 ただし、その数も他の国に比べれば数が少なく、フィロメナが断ってからは、完全にその要求さえも引っ込めるようになっていた。

 余計なことをして、フィロメナが国を離れると困るという計算は、当然のように働いているだろう。

 それはフィロメナもわかっているが、少なくとも未だに要求し続けてくる他国よりは、遥かにましなのである。

 

 アドルフ国王が現れたことにより、貴族たちの視線が緩和されて、フィロメナとミカエラはホッと一息つけていた。

 勿論、視線はアドルフ王にきちんと向けている。

 そのアドルフ王は、玉座に着くなりすぐに口を開いた。

「わざわざ来てもらって、すまないな」

「いいえ。王からの直接のお誘いですから、受けないわけにはいかないでしょう」

 普段は敬語なんて何だそれ、という状態のフィロメナだが、いざという時はきちんとこういう言葉使いもできる。

 ついでに、国王に対して、あまり親しくするつもりはないという、牽制の意味も含めているが、アドルフ王はそれに気付いている数少ない王のひとりである。

 

 言外に王からの直接の誘いでなければ来なかったと言ったフィロメナは、他の者たちの言葉を挟ませずにさらに続けた。

「どこかの誰かが王を騙って、何やら動いていたようですが、ね」

「おお。これは手厳しいな」

 アドルフ王は、勿論初めにフィロメナに対して使者を送った者がいることに気付いていた。

 それが誰かまで把握はしているが、それをこの場で晒すつもりはない。

 ただし、フィロメナが言った瞬間、何人かの貴族が身動ぎをしていたので、ある程度まではばれているのだが。

 

 その者(たち)に対して、フィロメナとミカエラがどうこうするつもりはない。

 それは、あくまでも国王が判断する問題だからだ。

 それよりも、今のフィロメナとミカエラには、もっと重要なことがある。

「私たちは旅の途中で王都の寄っただけ。その私たちに、一体何の御用でしょうか?」

 これ以上無作法者の話を続けるつもりはないという意味を込めて、ミカエラが王に向かってそう聞いた。

 王の言葉を待つのではなく、自分から話題を振ったことに対して、貴族から無礼者という声が上がるが、ミカエラはどこ吹く風だった。

 

 王もまた、そのことは一切気にした様子も見せずに、我が意を得たりという顔をして頷いた。

「まさしくその目的を聞きたかったのだが……。なるほど。旅に出るのか」

「はい。このたび、魔の森にて新しい発見があったものですから、それに触発されて」

 フィロメナがそう答えると、アドルフ王は目を細めた。

「ほう。新しい発見か。それは詳しく話を聞いても?」

 そう聞いて来たアドルフ王に、フィロメナは緩く首を左右に振った。

 

 その仕草に対して、どういうことかという声が上がるが、フィロメナは相変わらず周囲からの声を無視している。

 その代わりに、詳しく話せない理由を答えた。

「彼の森は、大精霊が住まい、管理している地。その場所は、下手に荒らさない方がよろしいかと」

「だ、だが、其方は現に成果を持ち帰ったのだろう!?」

 ついに我慢しきれなくなったのか、貴族のひとりがそう声を掛けてきた。

 

 その貴族に向かって王は眉をひそめたが、フィロメナはそちらを見もせずに、アドルフを見たまま続けた。

「そう思うのであれば、自らの身で確かめてみればよいかと。それによって、この国がどのような不利益を被るかまでは、私も保証できかねます」

「私たちが森の奥まで行けたのは、あくまでも大精霊の気紛れと好意があったお陰です。自らにその幸運が降りかかると思うのであれば、試してみるのも一興でしょう」

 完全に挑発するようなフィロメナとミカエラの言葉に、貴族たちが騒めいた。

 

 その騒めきを右手を上げることで静めたアドルフ王は、確認するような視線をフィロメナとミカエラに向けた。

「それは、嘘偽りなく、事実なのだな?」

「はい。誓って嘘は申しておりません」

 アドルフの疑問に、フィロメナは頷きながら即答した。

 

 フィロメナたちがあの遺跡を発見できたのは、例の通路を発見できたのと、シゲルがいたお陰だと考えている。

 もし、何かの偶然でフィロメナがあの通路を発見できたとしても、その先に進めたかは疑問であると、今でも思っている。

 もっとも、これはフィロメナの考えすぎで、通路を見つけることが出来れば、メリヤージュは素直に遺跡まで通しただろう。

 ただし、その者たちに対して自ら姿を現すかどうかは、それこそ気分次第で、ましてや盗掘まで許すわけではない。

 あの遺跡に侵入した者たちに対して、メリヤージュがどう対処するかは、それこそ気分次第で、フィロメナやミカエラがどうこう言えるようなことではない。

 

 フィロメナの答えに、アドルフは短く唸ってから貴族たちを睥睨した。

「話は聞いたな? 今まで通り、下手に魔の森に手を出すことはまかりならん。もし、どうしても行きたいというのであれば、自らの責任で行うがいい」

 国王がそう宣言すると、一部の者たちからは恨みがましい声が上がりつつも、一応皆が頭を下げて来た。

 これで、少なくともホルスタット王国が、国の力を使って森を荒らすようなことはないはずである。

 あとは、個人個人の問題だが、それは国がどうこう言うような問題ではないのだ。

 

 

 魔の森(遺跡)に関しての話が一区切りついたところで、フィロメナは例の話をすることにした。

「ところで、アドルフ王。ひとつ進言したいことがあるのですが、よろしいですか?」

「……うん? そなたが私に、か?」

 珍しいこともあるものだという顔になっているアドルフに、フィロメナは頷き返した。

「構わん。話してみよ」

「実は、私も行っている魔道具研究に関してなのですが――」

 そう切り出したフィロメナは、シゲルが言い出した例の件についての話を始めた。

 

 話を聞き終えたアドルフは、短く唸っていた。

「――なるほど。犯罪者どもをな」

 同じように話を聞いていた貴族たちは、中には犯罪者を使うとはと反発している者はいるものの、概ね好意的にとらえられているようだった。

 それを確認したフィロメナとミカエラは、何となくだが手ごたえを感じていた。

「はい。どうせ何も生み出さないまま刑を執行しているのであれば、世に役立つようなことをさせればいいかと思います」

 フィロメナは、そう言いながらアドルフ王をじっと見た。

 

 その視線を受けて、アドルフもフィロメナを見返した。

 それは、フィロメナがどういった意図をもって、この話を言い出したのかということを探ろうとしているようにも見えた。

「確かにそなたの言う通り、ただ飯ぐらいどもを働かせるというのは、一見いいように思える。だが、成果が出ない場合はどうなる? その間は無駄飯になるのではないか?」

「その辺りは、きちんと精査したほうがよろしいかと。その上で、実行するべきか判断をすべきでしょう」

 自分にその責任を負わせるなと言外に込めたフィロメナに、アドルフは一度だけ頷いた。

 フィロメナの予想通り、あわよくばフィロメナに責任者として勤めてもらえないかと考えての問いだったが、あっさりと躱されてしまった。

 もとからあまり期待はしていなかったので、大きく落胆する程ではなかったが、残念だと思う気持ちがまったくないわけではない。

 

 それはそれとして、確かにフィロメナの提案は、検討すべき余地があるとアドルフには思えた。

「その通りだな。関係する部署に、指示をしてみよう」

 この場合、気を付けなければならないのは、絶対に成功させろと言わない事だ。

 そんなことをすれば、何が何でも成果が出るように担当部署の者たちは動こうとするだろう。

 それは、一見すると頼もしいとも取られるが、下手をすれば暴走することにもなりかねない。

 その辺りのさじ加減は、アドルフの王としての手腕にかかっている。

 

 大国の王として長い間その腕を振るっているアドルフなので、フィロメナもミカエラもその辺りの心配はさほどしていない。

 それに、たとえ指示された部署が暴走したところで、二人には無関係な話である。

 とにかく、今回の対面で話したいことは全て話したフィロメナとミカエラは、満足そうな顔でアドルフを見ていた。

 その顔を確認したアドルフは、これ以上話をすることはないと判断し、最後にフィロメナたちがどの方面に向かうのだけを確認して、今回の対面を終えるのであった。

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