(20)お金の得る手段と使い道
必要な精霊力が貯まるまでの間、余計な作業はしないと決めたが、ひとつだけどうしても確認しておきたいことがあった。
それが何かといえば、今まで保留にしていた契約精霊が作った物を現実世界(?)で出したらどうなるのかということだ。
『精霊の宿屋』には薬草畑があり、契約精霊の中には、調合のスキルを持っている者もいる。
それを合わせれば、当然のように薬を作れるようになるわけだ。
今までは、その作ったポーションは貯まっていく一方だったのだが、そろそろその価値がどのくらいになるかは知っておきたいと考えたのだ。
これまで放置していたのは、取り出すのに精霊力を使うために保留にしていたのと、なにやらまた騒ぎになりそうで、躊躇していた。
それが、大精霊自らシゲルの目の前に出てくるようなことになってしまったので、今更だと思うことにした。
いざとなれば、大精霊が云々と言い訳することもできるので、タイミング的には丁度いいと言える。
勿論、フィロメナたちには通用しないが、既に『精霊の宿屋』のことは知っているので、それは今更だ。
最初は、ミカエラとマリーナには『精霊の宿屋』のことを話していなかったのだが、大精霊のことを合わせて詰め寄られたので、結局話してしまっていた。
それに、ミカエラとマリーナであれば、話しても問題ないだろうというフィロメナの了解もあった。
というわけで、『精霊の宿屋』からポーションをひとつ取り出したシゲルは、未だに女子トークを繰り広げているフィロメナたちのいる居間へと向かった。
シゲルがリビングに姿を見せると、ちょうど話の切りが良かったのか、全員が注目して来た。
何となくミカエラとマリーナの視線が生暖かいものに感じたが、シゲルはそれを無視してフィロメナに話しかけた。
「随分と話し込んでいたみたいだけれど、何を話していたの?」
「ああ、いや、そ、それはな……」
何やらどもりながら頬を赤くしたフィロメナを見て、シゲルはこれは聞いたら駄目なやつだったかと後悔した。
それ以上墓穴を掘りたくなかったシゲルは、さっさと話題を変えることにした。
「ああ、いや。言いたくないんだった別にいいや。それよりも、見てもらいたい物があるんだけれど?」
シゲルはそう言いながら、手に持っていたポーションをテーブルの上に置いた。
手の動きに合わせて、三人の視線が動くのがちょっと面白かった。
テーブルの上に置かれたポーションの瓶を見て、ミカエラが小さく首を傾げた。
「何、これ?」
「ラグとサクラが作った回復薬?」
首を傾げながら答えたシゲルに、ミカエラがジト目を向けて来た。
「なんで疑問形なのさ」
「いやだって、実際に使ったことがあるわけじゃないから、効果はよくわからないし。精霊には効いても人には効かないかも知れないよね?」
シゲルがそう答えると、一同は納得した顔で頷いていた。
この中では一番薬に詳しいマリーナが、手に取って確認していいかと聞いて来たので、シゲルは勿論だと頷いた。
もしかしたら、実は非常に珍しい物で、すぐにでも騒がれるかもとシゲルは考えていたのだが、意外にも(?)マリーナは冷静に確認していた。
「そうねえ……。中級クラスの中でも上位くらいの回復力はありそうね」
一般に出回っているポーションは、効果によって値段が分けられている。
大まかに三段階に分けられており、さらにその中でも回復の度合いによって上下のふり幅がある。
ちなみに、上級以上の部位欠損を直すような高級ポーションも世の中には存在しているが、そういった物が一般に出回ることはまずない。
精霊が作った物だという事で多少の期待があったシゲルだったが、意外と落ち着いた結果になってホッと安堵していた。
これ以上騒ぎの元になるようなことは増えてほしくないとも考えていたのだ。
「そう。それなら普通に売っても大丈夫かな?」
「ええ。これだったら、どこでも買い手がつくと思うわよ? 出所を聞かれるのは、誰が作っても同じでしょうしね」
言外に精霊が作ったと言わなければいいと言ってきたマリーナに、シゲルも同意していた。
仮にも聖職者が嘘を吐くようなことを勧めていいのかとも思わなくもなかったが、そこはそれである。
そもそも、仕入れ業者に入手場所を特定されないように、適当に誤魔化しておくことは、ごく普通に行われている行為なので、フィロメナやミカエラも当然だという顔をしている。
マリーナが調べ終わったポーションを同じように見ていたフィロメナが、シゲルに聞いて来た。
「効果が保障されているのであれば、冒険者相手に売ることもできるだろうが……売るつもりはあるのか?」
「それなんだよねえ。現状、あまりお金には困っていないということもあるんだけれど……そもそも売ったらどれくらいの値段になるのかな?」
シゲルがそう聞くと、マリーナが大体これくらいと前置きをしながら、値段を言ってきた。
その金額は、精霊石をそのまま売るよりも少しだけ価値が高くなるようだ。
その微妙な結果に、シゲルは何ともいえない顔になる。
「うーん……。値段が変動することを考えたら、フィロメナにそのまま精霊石を売った方がいいのかな? でも、このままだとポーションも貯まっていく一方だしなあ……」
『精霊の宿屋』でもポーションは使われているようだが、作られていく量のほうが明らかに多い。
積み上がっていく在庫に、勿体ないという気持ちがあるのは間違いない。
悩む表情を見せるシゲルに、フィロメナが頷いていた。
「確かに、私はポーションよりも精霊石でもらったほうが良いな」
ポーションは冒険者ギルドがあるような町であれば、どこでも手に入れることが出来るが、精霊石はそうはいかない。
精霊石がいくらあっても使い道があるフィロメナがそう答えるのは当然だ。
「そうね。私もそっちのほうが良いもん」
フィロメナに同調するように、ミカエラがそう言いながらシゲルをチロチロと見て来た。
『精霊の宿屋』のことを話した時点で、精霊石のことについても話をしていたのだが、その際にミカエラが特に食いついてきていた。
エルフであるミカエラにとっても、精霊石は使い道の多い道具なのだ。
その話をした時には、一緒に旅をすることになるとは思っていなかったので、ひとつ渡しただけで済んだのだが、これはまた要求されそうだとシゲルは考えた。
もっとも、フィロメナもそうだが、旅に出る以上、生活費という名目が無くなるので、今度からは現金で返してもらうことになる。
そうすると、今度はシゲルの所に現金が貯まっていくことになってしまう。
この世界では、娯楽も少ないので、衣食住以外にお金を使うことはあまりない。
うーんと、頭をひねって考え込むシゲルに、フィロメナがふと思い出したように言ってきた。
「そういえば、前から思っていたのだが、『精霊の宿屋』とやらは、魔石を使うことは出来ないのか?」
「魔石を……? 言われてみれば、考えたことが無かったな」
フィロメナに言われて、シゲルが初めて気付いたような顔になった。
これまで魔物を倒して得た魔石は、ギルドに売る一方だった。
それが、『精霊の宿屋』の為に使えるのであれば、それに越したことはない。
というよりも、売ってお金を得るよりも、シゲルにとっては遥かに価値がある。
早速試してみようということになって、遺跡探索の際の魔物討伐で出て来た魔石を使うことにした。
ひとつめの通路を超えた先で出て来た魔物は、基本的に手が出せなかったシゲルだが、いくつかは譲ってもらっていたのだ。
「うーんと、『精霊の宿屋』を起動してっと……」
シゲルが手に触れている物であれば、『精霊の宿屋』を起動していれば、物を取り込むことができる。
それには精霊力も使わないので、必要であれば、いくらでも入れてしまうことは可能なのだ。
取り出すのに精霊力がかかるので、無限のアイテムボックスのように使うことは出来ないのだが。
それはともかく、『精霊の宿屋』に魔石を取り込むことはすぐにできた。
問題は取り込んだ魔石を精霊力に変換できないかという事だったが、
「…………あ、出来るんだ」
シゲルは思わず拍子抜けしたように、そう言葉に出してしまった。
『精霊の宿屋』に魔石を取り込んですぐに、メッセージが出て来て精霊力に変換するかを聞いて来たのだ。
シゲルが普段から手にしている精霊石と比べて、同じ大きさの魔石では三分の一程度まで変換効率が落ちるようだが、それでもお金の使い道ができたことは喜ばしい。
魔石を買い取っているギルドは、当然のように売ってくれる。
もっとも、魔道具を作ったり売ったりしているのでなければ、聞かれることもあるだろうが、それはどうとでも誤魔化すことができる。
とにかく、精霊から得た精霊石以外に、精霊力を得る手段を手に入れたことは、シゲルにとっては十二分に価値のあることなのであった。
これにて第2章は終わりになります。
次話から第3章で、いよいよタイトル通りに旅に出ることになりますw




