(15)精霊樹
メリヤージュの声に導かれながら、シゲルたちは公園の縁を移動していた。
メリヤージュの話によると、この公園の中央には彼女の本体があり、そこへ来てほしいということだった。
この公園は、メリヤージュが作った強力な結界に囲まれており、勝手に中に入ることが出来ない上に、大樹の姿も見えないようになっている。
そのため、メリヤージュの所に行くためには、正しい場所からきちんとした道を通って行かないと駄目なのだ。
だからこそ、メリヤージュは、シゲルに指示を出しながら自らの所へと導こうとしているのである。
丸くなっている公園の縁を北上するように歩いていたシゲルだったが、メリヤージュに言われてある場所で止まった。
「……ここか?」
「うん。そうみたい。わかる?」
シゲルの問いかけに、フィロメナは首を左右に振った。
「いいや。まったくわからないな。二人はどうだ?」
「全然」
「私もまったくわからないわね」
ミカエラ、マリーナの順に答えると、彼女たちは見上げるようにして改めて公園を見た。
目の前にはメリヤージュが張っている結界があるはずだが、シゲルたちにはまったくその存在すらあるようには感じられない。
まさしく大精霊の名に相応しい力である。
シゲルたちがメリヤージュの結界に感心していたのは、一分にも満たない時間だった。
時間があればマリーナ辺りがもっと詳細を調べようとしたのかもしれないが、今はメリヤージュに呼ばれていることもあって、そんなことをしている暇はない。
何よりも、時間を使いすぎてしまうと日が暮れてしまうので、出来ればそれは避けたいところだ。
メリヤージュに止められたところでシゲルが右手を差し出すと、その部分が一瞬だけ七色に輝いた。
「ええと……これでいいみたい?」
一瞬光っただけでそれ以外は特に変わりがなかったので、シゲルは自信なさそうに言った。
「本当に大丈夫? 大精霊さまに言われていないことまでやらかしたんじゃないの?」
「いや、それはないから!」
疑わしそうに言ってきたミカエラに、シゲルは慌てて右手を振った。
「まあまあ。とにかく、進んでみればわかるのではないか?」
フィロメナがそう仲裁したことによって、シゲルたちはようやく公園の中に一歩足を踏み入れた。
当然というべきか、最初に入ったのはシゲルだった。
大精霊に呼ばれているのはシゲルなのだからそれが当たり前だという理屈だが、当人としては人身御供にされている気がしなくもなかった。
まあ、そこで文句を言っても仕方ないので、シゲルは素直に一歩を踏み出した。
そして、公園の中に入った瞬間、シゲルは思わずその場に立ち止まってしまった。
「うわー、これは凄いわ」
「なんだ? なにがあった?」
後ろから聞こえて来たフィロメナの声に、シゲルは自分が邪魔になっていることを思い出した。
シゲルが前に少し避けると、フィロメナたちも公園に入って来た。
シゲルが開けた道は、一定時間開いているようで、三人揃って問題なく入ることが出来た。
そして、その三人は、シゲルと同じように目の前の光景に驚きを示していた。
「これが精霊樹か……」
「圧倒的な存在感ね」
そう言葉にできたフィロメナとマリーナは、まだましだった。
ミカエラに至っては、ポカンと口を開いたまま、目の前にある大樹を見ていて、折角の美人が台無しだった。
もっとも、本人はそれどころではないようだったが。
結界を抜けて入った公園の中央には、町の中にあった二十階くらいの建物よりもさらに高さがある巨木が生えていたのだ。
当然のように、幹もその高さに合わせた太さだった。
まさしく精霊樹と呼ばれるのに相応しい、特別な存在感がある。
その大樹は、間違いなくメリヤージュの本体なのであった。
いつまでも圧倒されていても仕方ないので、シゲルたちはさらに大樹に向かって近付いて行った。
シゲルたちが入って来た場所から大樹の麓までは一キロくらいの距離があった。
もっとも、大樹が大きすぎるので、あまり見た目に変化はない。
そして、大樹に触れることが出来るくらいまでシゲルたちが近付くと、その変化が起こった。
以前シゲルとフィロメナの前に現れた時と同じように、メリヤージュが出てきたのだ。
「よく来ましたね」
メリヤージュがそう声を掛けるのとほぼ同時に、シゲルの後ろの方からドサリという音が聞こえて来た。
「ちょっと、ミカエラ!?」
慌てたようなマリーナの声にシゲルが振り向くと、ミカエラがその場に崩れ落ちていた。
大精霊の登場に、ついに精神の限界を迎えたようであった。
幸いにもミカエラはすぐに復活していた。
ほんの一瞬だけ気が遠くなったというのが、ミカエラの弁である。
彼女が復活するまでの間、メリヤージュは困ったような表情を浮かべていたのだが、その顔をミカエラが見なかったことは、不幸中の幸いだったのだろう。
ミカエラにとって、自分がメリヤージュを困らせたとなれば、後悔どころではないほどに落ち込んだはずだ。
そもそもミカエラが倒れなければ、メリヤージュもそんな顔をすることは無かったというのは、この際脇に置いておく。
それはともかく、ミカエラが復活したのを確認したシゲルは、メリヤージュを見て聞いた。
「それで、今回も私たちに何か用があってお呼びになったのでしょうか?」
シゲルがそう問いかけると、メリヤージュは不思議そうな顔になった。
「用があるというわけではないのですが……むしろ貴方たちにとって必要なことだと思いますよ?」
「自分たちに?」
首を傾げたシゲルに、メリヤージュはコクリと頷いた。
「ええ。この町についての説明をしようと思って呼んだのですが……必要なかったでしょうか?」
「ああ、そういう事でしたか。わざわざ済みません」
町の調査は、明日になったら開始しようと考えていたのだが、当事者らしいメリヤージュが話をしてくれるのであればそれに越したことはない。
シゲルは、メリヤージュに感謝しつつ、丁寧に頭を下げた。
それを見ていたフィロメナたちも、慌てた様子でシゲルと同じように礼をするのであった。
シゲルたちに楽にするように言ったメリヤージュは、ゆっくりと昔を思い出すような顔になって話し始めた。
「この町は、遥か昔、貴方たちが古代文明と呼んでいる文明よりもさらに前の文明の名残になります」
「「「「……えっ!?」」」」
いきなりの予想外の情報に、シゲルたちは驚きの声を上げた。
特に、シゲルを除いた三人の驚きようはすごかった。
自分たちがこれまで持っていた常識が、一瞬にして崩れたのだからそれも当然だろう。
シゲルたちがそういう反応を返すのは予想済みだったのか、メリヤージュはそれを気にすることなく、一度頷いてから話を続けた。
「その文明は、ある理由によって失われることになるのですが……それは、今はいいでしょう」
メリヤージュのその言葉を聞いて、シゲルが心の中で思わず、それ大事なところでは、と突っ込みを入れていた。
それが顔に出ていたのか、メリヤージュは笑みを浮かべてシゲルを見た。
「必要があれば、いずれは知ることもあるでしょう。今はそのときではないという事です」
「申し訳ありませんでした」
「いいえ。わざわざ謝ってもらうほどのことでもないですよ。それよりも、貴方たち――というよりも、シゲルにとっては別に重要な話をしたかったのです」
「なんでしょうか?」
いきなり名指しで呼ばれたシゲルは、不思議そうな表情を浮かべて小さく首を傾げた。
そのシゲルに、メリヤージュはまた頷いてから続けた。
「この世界には、ほかにもこの町と同じような場所があります。そしてそこには、私のような存在もいます。シゲルがここまで来なければ話すつもりはなかったのですが、実際に来て目にした以上、問題はないでしょう」
シゲルがなぜ前の時には話さなかったのかと聞くよりも先に、メリヤージュはそう言ってきた。
それを聞いたシゲルは、メリヤージュには、メリヤージュなりの基準があるのだと理解した。
「勿論、ほかの者たちに会えたからといって、必ずしも私が渡したような物をもらえるとは限りませんが……興味がありませんか?」
「それは勿論、あります」
メリヤージュに聞かれて、シゲルはすぐに頷いた。
ただ、シゲルは不思議に思っていることがある。
「なぜ、自分にここまでしてくれるのでしょうか?」
メリヤージュは、初めて会ったときからシゲルに対してはなぜか好意的に接してくれていた。
「あら。私が気に入ったから、では駄目でしょうか?」
「い、いいえ! そんなことはありません。ありがとうございます!」
少しだけ不満そうな表情になったメリヤージュを見て、シゲルは慌ててそう返した。
特に気に入られるようなことは何もしていないのだが、自分の基準ではわからない何かがあるのだろうと、シゲルはそう考えることにしたのであった。




