(28)女性陣へ報告
エアリアルとの会話を終えて、少しの間『精霊の宿屋』を確認していたシゲルは、それ以上の変化は見つけられずに皆がいる部屋に向かった。
そこで、軽くガールズトークをしていたフィロメナたちに、例の結晶を取り込んで『精霊の宿屋』が変化したことを説明した。
「――それで? 『精霊の宿屋』が以前より広くなっただけじゃないんでしょう?」
いきなりそう聞いてきたミカエラに、シゲルはキョトンとした表情を向けた。
「あれ? なんでわかったの?」
「分からないわけないでしょう。あなたがそういう顔をしているときは、とんでもない爆弾を仕込んでいるのよ、絶対」
そう断言をされたシゲルは、思わず右手で口元を隠した。
そんなつもりは全く無かったのだが、ミカエラに表情を読まれたのかと驚いたのだ。
そのシゲルの様子を見て、ラウラが小さく笑ってからさらに説明をしてきた。
「確かにシゲルさんの表情は分かり易いですが、それだけが理由ではないですよ」
「何よ、もう。そんなにすぐにネタバレしなくてもいいじゃない」
「まあ、まあ。具体的に言うとだな。大精霊の誰かが来ていることが、ここにいても分かったからな。それで、何かがあったのだと分かったわけだ」
ラウラとミカエラの間に入って仲裁するかのように、フィロメナがそう付け加えてきた。
その真偽を確認するためにシゲルがマリーナへと視線を向けると、彼女も同意するように頷いた。
「そうよ。フィロメナが言うとおりに、どの大精霊様かまでは分からなかったけれど、来ていたということは分かったわ」
「ふーん。ここまで気配が駄々洩れって、珍しいな。あ、ちなみに来ていたのはエアリアルね」
「多分だけれど、風の大精霊様は、いつも通りに威圧を隠していたと思うわよ」
首をひねって言ったシゲルに続いてミカエラがそう言うと、他の者たちの視線が彼女に集まった。
その様子を見て、ミカエラはさらに続けて言った。
「フィーやラウラはともかく、マリーナまで気付いていなかったとは思わなかったわ。きちんと説明すると、色々な大精霊と何度か対面しているうちに、大精霊様たちの気配を感じ取りやすくなったのだと思う」
「エアリアルが気配を強くしたんじゃなくて、皆が鋭くなったってことか」
「そうそう。さすがに、これだけ会っていればね。慣れて来るだろうし、気配にも敏感になるんじゃないかと思うの」
ミカエラがそう説明をすると、他の面々はなるほどと頷いた。
ちなみに、このミカエラの分析は間違っていない。
ただし、さらに付け加えて言うと、普通大精霊が人に会う時には自らの気配を隠して行動するなんてことはほとんどない。
あるとすれば、グラノームのような特殊な行動をしているときに限られる。
大精霊が抑えた気配を何度も感じていたという経験自体が、過去にもほとんど無かったことなのだ。
そのため、大精霊たちは、自らの気配を抑えて人に何度も会えば、気配を感じ取れるようになるなんてことは知らない。
つまり、フィロメナたちが、特殊な事例で初めて身につけた初めての者たちだったということになる。
それらが真実かどうかは確認する術はないが、少なくともフィロメナたちが大精霊の気配に敏感になっているということは事実である。
「――まあ、だからといって、この能力が役に立つかどうかは微妙なところだがな。シゲルが傍にいる限りは」
フィロメナが苦笑しながらそう言うと、シゲルを除いた他の面々の「そうよね~」という視線が集まった。
「ああ、いや、まあ、うん。……それは否定できないかな。一応言わせてもらうとすれば、ラグたちのお陰なんだけれど……」
どちらにしてもシゲルがいればラグたちの誰かが絶対に存在しているので、言い訳にもならない。
それが分かっているので、シゲルの言葉の最後の方は尻すぼみになっていった。
そんなシゲルをフォローするように、ラウラが話題を変えるように言った。
「それで、風の大精霊様のご用事は何だったのでしょうか?」
「ああ、うん。それね。えーと、何と説明したものか……」
そのことを口にすれば、絶対にまた揶揄われるネタにされると分かったシゲルは、口を濁してチラリとラグを見た。
だが、付き合いが長くなってきたお陰か、フィロメナがその仕草だけでシゲルが何を言いいたいのか察したようだった。
「『精霊の宿屋』が変わったことで、ラグたちにも何か変化が起こったんだな?」
「まあ……そういうことだね。具体的に言えば、ラグ、リグ、シロが大精霊になった」
覚悟(?)を決めてシゲルができるだけさらりと報告すると、一瞬その場が静まり返った。
そして、次の瞬間には騒ぎ出す――のだろうと考えていたシゲルだったが、フィロメナたちがため息交じりの苦笑顔になっていることに気付いて、首を傾げた。
「――……あれ? もっと驚かれると思ったんだけれど?」
「今さら何を言っているんだ。これまでの散々似たようなことで驚かされ続けたのだぞ? やっぱりかと思うのは当然だろう」
「そうね。それに、大精霊がわざわざ向こうから来るなんて、そういうことでもなければ無いでしょう」
「そう? シゲルの場合は、ちょっと遊びに来たと言いながら姿を見せてもおかしくないと思うわよ?」
フィロメナに続いてミカエラが言うと、最後にマリーナが混ぜっ返すように言ってきた。
否定できないその言葉に、シゲルもあり得るだろうなあと遠い目をしながらアマテラス号の天井を見る。
また話が脱線しそうになったところで、ラウラが軌道修正を図ってきた。
「ラグたちが大精霊になったということですが、そこまでの気配は感じないのですが? 他の方々と同じように気配を隠しているのでしょうか?」
「ああ、いや、消していないね。ラグの気配が大精霊のものじゃないのには理由が二つあるらしいよ」
「二つ?」
シゲルの答えにラウラが首を傾げる。
「そう。一つは、まだ大精霊になったばかりだってこと。もう一つは、ラグたちはあくまでも『精霊の宿屋』大精霊であって、こっちの大精霊じゃないってことらしい」
「違う世界を管理している精霊だから、こっちに来た場合は力を制限されているってこと?」
「そうそう。流石、精霊に詳しいミカエラだけのことはあるね」
他の面々とは違ってすぐに正解を導き出したミカエラに、シゲルは感心した様子で頷いた。
「いずれにしても、ラグたちの力が制限されているということは分かった。だが、それはずっと続くのか? それとも時間が経てば徐々に解放されていくのか?」
「それは……どうなんだろう?」
フィロメナの問いに、シゲルは首を傾げながらラグを見た。
エアリアルからは、こちらでの世界では力の行使はできないとしか聞いていないが、将来的にどうなるかまでは聞いていない。
シゲルから視線を向けられたラグは、小さく首を傾げながら答えてきた。
「――どうでしょうか。少なくとも今のところその辺りのことは曖昧で、私にもわかっていません。ただ、シゲル様がどうしてもというのであれば、試してみますが……」
「あ、いや、うん。それをやると、碌なことにならなそうだからやめておいて」
自分が認めればすぐにでも試しそうなラグに、シゲルは内心で慌てながらすぐに止めるのであった。




