(25)結晶の変化
隊長の話題からそれてガールズトークが始まったので、シゲルはその場から離れて自室に戻った。
そして、早速取り入れた結晶がどうなったのかを確認するために、『精霊の宿屋』を開いて確認をしてみた。
「――――えーと。あの結晶はどこにあるかな?」
そう呟きながらシゲルが確認をしていたのは、これまで『精霊の宿屋』に登録されてきたアイテムの一覧だ。
『精霊の宿屋』に採取されたアイテムは、この一覧に全て記録されることになるので、まずはそこからあの結晶のことを確認しようと考えたのである。
手に入れたアイテムは入手順に並べ替えできるようになっているので、新しく手に入れたアイテムを上に来るようにすれば早く見つけることができる。
今も精霊たちに採取の依頼は出しているが、結晶を手に入れてから新しく入手したアイテムはなかった。
そのため、結晶が一番上に来ていたために、探す手間が省けてありがたかった。
――それはよかったのだが、見つけたアイテムの詳細を開いたシゲルは、内容を確認してから小さなため息をついてしまった。
「名前も含めて不明点が多いのはいいとして……これはないんじゃないか? ちょっと不吉すぎるよねえ……」
名前が『不明(結晶)』になっているのはいいとして、詳細の説明の欄には『触れた者を惑わせる』など、不幸になるようなことがいろいろと書かれている。
これなら人に触れさせるわけにはいかないと、わざわざラグが早々に忠告してきたのもよくわかる内容だった。
詳細を見てすぐに自分の手だけでどうこうすることを諦めたシゲルは、結晶を取り込んでから『精霊の宿屋』で作業を行っていたラグを呼び出すことにした。
「ラグ、今大丈夫? 結晶のことを聞きたいんだけれど?」
「はい。大丈夫ですよ」
シゲルの耳にその声が聞こえてくるとほぼ同時に、目の前にラグが現れた。
「まず聞きたいんだけれど、倉庫に収まっているのは今確認したけれど、他の物に影響することはないんだよね?」
「勿論です」
「あとは、いつ、どうやって加工するかなんだけれど?」
「加工自体はやろうと思えばいつでもできます。ただ、全属性の精霊がいる必要があります。あとは上級以上なのですが……これはシゲル様の契約精霊から選ぶのであれば大丈夫ですね」
「……うん? わざわざそう言うってことは、契約精霊じゃなくても大丈夫ってことか」
「その通りです。あくまでも結晶に加工を施すだけなので」
「なるほどね。まあ、皆でやるというのは問題ないよ。ただ、こっち側の採取と護衛は必要になるから、それ以外でということになるかな?」
「そうですね。あとは、作業には同じ属性に二人は必要ありません、ぴったり七人で選んでください」
「了解」
ラグの言葉に頷いたシゲルは、すぐに人(精霊?)選を始めた。
といっても、そこまで深く悩んだわけではなく、すぐに答えを出した。
「――ええと、ヒカリとヤミは一人ずつしかいないから選択肢はないとして、ラグ、リグ、シロはいれた方がいいと。あとの火と水は……アグニとスイでいいんじゃないかな。何かそれで問題はある?」
シゲルが悩むことなく選んだのは、全属性を揃えるという条件以外に制限がなかったので、単に契約順に選んだからである。
「いいえ。何もありません」
「そう。だったら早速やって貰おうか」
幸いにして、現在遠征している採取組には、今あげたメンバーは入っていない。
だからこそ選んだというのもあるのだが。
とにかくメンバーは揃っているので、シゲルは早速護衛をしていたシロとスイを外して別のメンバーに入れ替えた。
ラグたちが『精霊の宿屋』の中に戻っていくのを見送ったシゲルは、すぐに画面を注視した。
シゲルが『精霊の宿屋』の中に入ることはできないので、出来ることはラグから連絡が来た時に合図を出すことと、あとは見守ることくらいしかない。
そして、シゲルが『精霊の宿屋』を見守っていることを知っているのかはわからないが、ラグたちが精霊樹のあるあたりで何やら作業を始めていた。
精霊樹の辺りで作業をしているのは、そこが『精霊の宿屋』の中心になるからだ。
できるだけ中央にあった方がいいとラグから言われたので、シゲルもそこでいいと許可を出したのだ。
足の速いシロとアグニが倉庫と現場を何度か往復しながら必要なアイテムを用意して、リグが結晶を宙に浮かせたまま何も起きないように見張っている。
他のメンバーは結晶がある場所を中心にして、シロとアグニが持ってきた道具を使って、地面に何やら書いていた。
それが魔法陣の一つだとシゲルが認識したのは、ラグが円をいくつか書いてからだ。
大小さまざまな円を描いていたラグたちは、準備を終えたのか、やがてそれぞれの円の中に立ち始めた。
その配置は、まず結晶が中央にあってそこから近い所にヒカリとヤミのいる小さめの円がある。
ヒカリとヤミは結晶を間に挟むようにして対面の位置になっている。
そして、残りの五人はちょうど五芒星になるような位置に立っている。
それだけでも、何らかの魔法的な作業をするということが分かる位置だ。
それぞれが位置に着いたのを見計らって、ラグからシゲルに連絡が来た。
『シゲル様。準備ができました』
『わかった。それじゃあ、初めていいよ』
シゲルは見ているだけなので、あとは許可を出すだけでいい。
その指示が他の精霊たちにもしっかりと伝わったのか、ラグが何かを言うことはなく結晶をまともな状態に戻すための儀式(?)が始まった。
ただ、儀式といってもそこまで大げさな作業が行われたというわけではない。
シゲルから見ている視点では、特に大きな動きがあったわけではなく、何かの呪文のようなものが唱えられていたようにも見えなかった。
それぞれの精霊が、ジッとその場に立っていると、中央にあった結晶に変化が起こり始めたのだ。
その変化はシゲルが見ていた限りでは、五分と経たずに終わることになる。
最初のころはなにやら黒い煙のようなものが結晶から空に向かって出ていたのだが、その煙が薄くなっていくとともに結晶が段々と色々な色で輝くようになっていた。
そして、煙が出なくなった時には、結晶の輝きも落ち着いて七色に落ち着いていた。
結晶の輝きが安定したのを見てシゲルが終わったかなと考えるのとほぼ同時に、ラグから連絡が来た。
『シゲル様。終わりました』
『ご苦労様。あとは……って、えっ……!?』
『どうしました……?』
シゲルの驚きに反応して、ラグの不思議そうな声が聞こえてきたが、当人はそれどころではなかった。
『精霊の宿屋』の画面内で、ここ最近ではほとんど見ることがなかったメッセージが流れてきたのだ。
《『精霊の宿屋』の拡張条件が満たされました。拡張を行いますか?》
そのメッセージを見たシゲルは、まだ拡張することがあったんだと、驚きながらも少し呆れたような気持ちになるのであった。




