(22)今後の扱い
精霊喰いの置き土産をどうするかは国王が決めるということで、シゲルたちは一旦アマテラス号へと引き上げた。
その姿を見送っていたアンドレは、隣に立つ部下に聞こえる程度の声で言った。
「結局、勇者の出番はなしか。勇者の隣に立つ者は、やはり才気あふれる者ということか」
「あれほどの精霊を従えている者を、才能なしと侮る者はいないでしょうな。いたとしてもよほどの愚か者かと」
「そうだな。それにしても、精霊育成師、か。初めて聞いた時には何のことかと訝ったが、実際にその力を見れば納得できるということか」
アンドレがそういうと、周辺の部下たちはほぼ同時に頷いていた。
その者たちの視線は、アマテラス号に向かって歩いているシゲルへと注がれている。
今回の件で、ザナンド王国の騎士たちがシゲルのことをしょせん噂話と侮るようなことはなくなったはずだ。
勿論、実際に目にしていない者で侮る者は出て来るだろうが、それはごく一部でほとんどは今回の作戦に参加した騎士たちから話を聞いて、その実力に納得するだろう。
そのことが今後お互いにどう影響するのかは分からないが、少なくとも不用意に喧嘩を吹っ掛けるよな馬鹿な真似をする者は確実に減るはずである。
「勇者の隣に立つ者は、そうなるべくして立つということでしょうか」
「さてな。だが、あの様子を見る限りは、当人たちにとってはどうでもいいことのように思えるがな」
アマテラス号に向かうシゲルたちの背中を見ながら言ったアンドレに、騎士の一人が「確かに」と言って頷いていた。
今後、フィロメナの傍にシゲルが来たことは運命だと言う者が出て来るだろうが、それは当人たちにとっては後付けの理由でしかない。
確かにシゲルがフィロメナの家の傍に出現(?)したのは偶然だろうが、その後でお互いに惹かれ合ったのは偶然ではない――と当人たちは思っている。
何やら微笑ましいものを見るような雰囲気になったところで、別の騎士が心配気な声で言った。
「ですが、これでまた彼の価値が上がったということにもなります。色々なところでざわつくことになるかと思いますが……」
「それはそうだろうな。だが、それを心配するのは私たちの仕事ではない。こっちが頼まなくてもそれぞれの部署で検討するだろう。私たちは事実を報告するのみだ」
現国王であれば、シゲルたちにとっての悪い選択肢を取ることはないだろうと考えてのアンドレのセリフに、周囲にいた騎士たちが頷いた。
周辺国の一部から「脳筋国」と揶揄されることのあるザナンド王国だが、ただの考えなしでは国を長続きさせることはできない。
国王やそれを支える者たちへの信頼感があるからこそ、ザナンド王国は国として長い歴史を誇っていられるのである。
「さて、いつまでも感慨に耽っていても仕方あるまい。私たちは私たちの仕事をするぞ」
完全に作業の手を止めている騎士たちにアンドレがそう言うと、周りにいた者たちは少し急ぎ目に作業を再開し始めた。
それを確認したアンドレも王都への連絡をするために、通信具のある場所へと歩き始めた。
王都への連絡は、通信の魔法が使える魔法使いでも出来るのだが、魔道具を使ったほうが直接自身の声を届けられる。
戦闘中ならいざ知らず、終わった後なので道具を使ってしっかりと報告をするのが常なのだ。
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アンドレを含めた騎士たちに注目されていることなど全く気にせずにアマテラス号に戻ったシゲルたちは、戦いの汚れを落としてからのんびりと寛いでいた。
戦いといっても実際に動いていたのは騎士や精霊たちなのだが、激しい戦闘で埃が舞っていたことは事実である。
ちなみに、この後アマテラス号はアンドレとその部下を乗せて王都に戻ることになっている。
来た時と違って緊急性はないのだが、片道だけ送ってあとは知らんと言いづらかったシゲルが申し出た結果である。
勿論、アンドレたちもその申し出を断ることはなく、一緒に戻ることになったというわけだ。
アマテラス号にある一室で、戦ってくれた精霊たちと戯れているシゲルに、フィロメナが話しかけていた。
「あの場では聞けなかったが、あの置き土産は回収したあとでどうするんだ?」
「さあ? とりあえず『精霊の宿屋』に取り込んで使うということしか聞いていないよ?」
シゲルもラグから軽く話をされただけで、詳しいことは聞いていない。
ラグも緊急性の高いことしか話せていないようだったので、後から聞くつもりだったのである。
そうなると、当然シゲルたちの視線はラグに集まった。
「あの球体は、適切に処理すると大きな力を発生するものに変えられるのです。これでまた『精霊の宿屋』を成長させることができます」
「大きな力?」
「はい。それ以上は、上手く言葉にはできないのですが……私たち精霊にとっては、とても大事なものだと思っていただければ……」
「うーん。なんかよく分からないけれど、とりあえず『精霊の宿屋』のためになるんだったらいいか」
言葉で表現しずらそうにしているラグを見て、シゲルはそう納得することにした。
精霊と人では違った感覚があるせいで、時折こうして言葉でのやり取りに不都合が生じることもある。
そう言った場合は、ラグたちに任せてしまった方がいいと、シゲルは経験上理解しているのだ。
シゲルが納得して頷いている一方で、フィロメナは別のことが気になっていた。
「適切に処理というが、それは私たちでも出来ることなのか?」
「それは、難しいかと思います。私たち独特の力を使って処理することになりますから」
「そうか。それじゃあ、仕方ないな」
ラグの説明を聞いて、フィロメナはあっさりと納得して頷いた。
フィロメナとしては、精霊にとっても大きな力を発生する道具というものに興味があったのだが、ラグの様子を見ればあまり簡単に触れていい物ではないということは理解できる。
精霊は生まれながらにして自然の力そのものを使うことができるが、人はあくまでも魔力に変換されたものを使っている。
その差が、今のラグの言葉に繋がるのだろうということくらいは、フィロメナもわかっている。
自然の力そのものは、まだまだ人の手にあまるというのが、現時点でのこの世界の認識なのだ。
勿論そのことは、精霊を扱う第一人者であるミカエラも分かっている。
「私としては、その力を使ったら『精霊の宿屋』がどう変わるかの方に興味があるんだけれど?」
「あ、それは僕も」
ミカエラの言葉に、シゲルも乗っかった。
「具体的には、私も分かりません。ですが、これでまた多くの精霊が訪れるようになることは間違いありません」
ラグのその答えを聞いて、シゲルとミカエラは同時に顔を見合わせた。
これは最近分かってきたことなのだが、精霊はごく自然に力の行使をしていて、それは道具作りにおいても変わりがない。
手元にある材料を見てとある道具が作れるということが分かっても、その結果がどうなるかはよく分からないということがたまに発生する。
勿論、その道具がいい結果になるのか悪い結果になるかくらいは分かっているのだが、具体的にどうなるかは作ってからのお楽しみということがあるのだ。
それはそれで楽しいという部分もあるので敢えてそれ以上は聞かないでおく、というのが最近のシゲルの方針になっている。
もし悪い結果が出るのであれば放置することはできないのだが、今のところはそういう結果になったことは一度もない。
それはもう、精霊の不思議ということにして、具体的に聞くことは無理だとシゲルも含めて全員が理解しているのであった。
今後は土曜日更新になる予定です。




