(21)決着と置き土産
精霊喰いに対する新たな攻撃が行われるという上からの連絡が来てから数分後。
精霊喰いを相手にギリギリの攻防を続けていた騎士たちは、ついにその時がきたと理解した。
理由は簡単で、精霊喰いが実体化する直前に聞こえてきた歌と似たような歌が一帯に聞こえてきたのだ。
このような戦いの場で、そんなことをする者など、普通ではいるはずがない。
となれば、精霊がまた何かをしたのだということはすぐにわかった。
そんな騎士たちの考えは、彼らが精霊喰いから距離を置いた直後に正しかったことが証明される。
騎士たちが現場から離れる間、それまで苛烈に攻撃をしてきていた精霊喰いが、まったく攻撃をしてこなかった。
それだけではなく、何か大きなもので上から押さえつけられているかのように、その巨体を小さく震えさせていた。
その仕草は、見ようによってはどうにか力で振りほどこうとしているようにも見える。
だが、精霊喰いがどれだけあばれようとも、見えない力から逃れることができないようでいた。
先ほどまで自由自在にその巨体を使って攻撃していた相手が、あっという間に身動きが取れなくなっているという状況に、安全圏まで脱した騎士たちが呆然と見守っている。
そんな騎士たちの中で、精霊喰いの上空に浮かんでいる二体の精霊に気付く者がいた。
「あ、あれ……‼」
その騎士の声をきっかけに、二体の精霊に騎士たちの視線が集まった。
戦闘中にそんなことをすれば、普通に考えれば自殺行為なのだが、そんなことを指摘する者もいない。
精霊喰いが完全に身動きが取れなくなっているという事実もあるが、目の前に見えている二体の精霊がどうにかするだろうと安心感が浮かんでいるのだ。
その二体の精霊――ヒカリとヤミは、人のように声を発することはなく、精霊喰いに向かって何やら手を振り始めた。
ヒカリとヤミは、同調して動いているようにも見えるし、完全に別個の動きをしているようにも見える。
だが、その動きが何かの意味を持っているということは、周囲でその様子を見ている者たちにも理解できる。
何故なら、ヒカリとヤミが腕を動かすたびに、精霊喰いが苦しそうに身じろぎをしているのだ。
しかし、精霊喰いにも声か音を発する器官があるはずなのだが、この時は身動ぎをするだけで声や音が聞こえてくることはなかった。
既に観察者になっている騎士たちには知りようもなかったことなのだが、ヒカリとヤミが周囲に影響を与えないように完全防音になるように精霊喰いの周囲に結界を張っていたのだ。
そして、魔法使いたちがそのことに気付くころには、ヒカリとヤミは次の攻撃に移っていた。
ただ、シゲルたちを除いて、その攻撃を攻撃と認識できた者はごく限られた者たちだけであった。
具体的には、高位の魔法使いと感覚に優れた騎士のごく一部である。
ヒカリとヤミは、普通の魔法ではない精霊だけが使える力で、精霊喰いを覆い始めた。
その力が精霊喰いを完全に覆うと、ヒカリとヤミはとどめとばかりに、同時に右手を空に向かって上げてからそれを勢いよく振り下ろした。
その動きに合わせるように、空中から一筋の雷が落ちてきて見事に精霊喰いに直撃をした。
雷の光が消えると同時に、精霊喰いが霧散するようにその姿を消した。
そして、それまであった精霊喰いの巨体の真ん中あたりには、一つの大きな球体が浮かんでいた。
その光景を見ていた騎士たちは、しばらくの間無言であったが、やがて一人一人が声を上げて行く。
その声が合わさり、それが戦闘の終わりの合図であるかのように、うねりのように周辺に集団の声が響き渡るのであった。
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ヒカリとヤミの攻撃が当たって精霊喰いが完全に消え去ったのを見たシゲルは、嬉しそうに周囲の者たちと喜んでいるアンドレの元へ近づいて行った。
「アンドレ様、よろしいでしょうか?」
「む、うむ。すまないな。最大の功労者に対する労いを忘れていた」
「いえ、それはいいのです。それよりも、急いで部隊に伝えて欲しいことがあります」
「なんだ……?」
「あそこに浮かんでいる球体には決して触れないように、と」
「むっ……? それは、絶対にか?」
「はい。精霊喰いの遺したものだから回収したいという気持ちはわかりますが、絶対にダメです。まあ、部下を変質させたいのであれば話は別ですが」
なんとも物騒なことを言い出したシゲルに、アンドレは不思議そうな視線を向けた。
「変質?」
「ええ。一言で言えば、化け物のような姿になったり、下手をすれば爆発をしてしまうとかでしょうか。正直、何が起こるかは人によって違うので、正確には答えられません」
シゲルがそう答えると、アンドレは顔色を変えて慌てて部下へと指示を出し始めた。
アンドレのその様子を見ていたシゲルは、視線だけで傍にいたリグに黙礼をした。
球体についての情報は、リグから聞いたのだ。
さすがに目の前で人が爆発するような事態を見たくはないので、先に言って来てくれたリグには感謝しかない。
問題は元帥の指示が末端の騎士にまで間に合うかどうかだが、そこは先走った部隊が出ないように祈るしかない。
いずれにしても、精霊喰いという直接の脅威は無くなった。
残った球体が悪さをするという懸念はまだ残っているが、それはこれから行われるはずの交渉でどうにかするしかない。
そんなことを考えていたシゲルは、ここで怪訝そうな表情で自分を見てきたフィロメナに気が付いた。
「――なにか、問題でもあるのか?」
「あるといえばあるけれど……とりあえずは、あの球体に気を付けてとしか言えない、かな?」
「ああ、あれか。確かにあれを見ていると変な気分になるのだが、そこまで危ないものなのか?」
「変な気分……? そうなの?」
シゲルはそう問いかけて、フィロメナの周囲にいた他の三人を見た。
少なくともシゲル自身は、球体からは特に何も感じることはなかったのだ。
そんな疑問を持ったシゲルに、ミカエラが苦笑しながら首を左右に振った。
「いいえ。少なくとも私は何も感じないわよ。ただ、フィロメナは昔から妙に敏感になることがあったのよ。今のそんな感じなんじゃない?」
「確かにそうね」
ミカエラの説明を捕捉するようにマリーナも同意するように頷いた。
勇者であるフィロメナの感覚が鋭いというのは、確かにあり得る話だろうなと納得したシゲルは、一度だけ頷いてからさらに言った。
「自分もあれがどう危ないのかはまだよくわかっていないけれど、とりあえずみんなも不用意に触らないようにしてね」
「それはいいのだが、そうするとあれはしばらくあの場に放置ということか? ここまで猟をしに来る者がいるとも思えないが、危険だと思うぞ?」
現在シゲルたちがいる場所はかなりの山奥なので、猟師やら冒険者がここまで踏み入って来ることはほとんどないだろう。
だが、ここまで来た場合は、空に浮いている変な球体に興味を示さない者はいないだろう。
「いや、流石にそんなことはしないよ。とりあえずは結界なりなんなりを張っておいて、あとからちゃんと回収しに来るから」
人が不用意に触れるとどうなるか分からない球体だが、ヒカリとヤミであればきちんと持ち運びができるようになるらしい。
それをこの場でしないのは、まだザナンド王国との話し合いが終わっていないからである。
言葉にして言わなかったシゲルの考えを見抜いたフィロメナたちは、お互いに顔を見合わせてから頷くのであった。




