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(19)一進一退

 精霊喰いに対しての包囲網が敷かれる中、当事者である騎士たちは、緊張に包まれていた。

 その緊張は、がちがちに固まっているという種類にものではなく、戦いを前にした一種の高揚のようなものだ。

 この場にいる騎士たちは、普段から戦いをすることを前提に訓練を重ねて、実際に戦闘も行ってきたプロの集団である。

 ルーキーならいざ知らず、緊張で体が硬くなるということはほとんどない。ただし、一部は除いて。

 そんな程よい緊張に包まれていたその空気の中に、場違いともいえるような歌声が突如響いてきた。

 その歌声が聞こえてくると、そこかしこで「なんだ?」という声が上がった。

 歌を聞くと能力が上がるという魔法なりがあるならともかく、そんな効果のある歌など開発されたという話など聞いたことがない。

 戦いに備えていた騎士たちの緊張が、一瞬解かれてしまうのも無理はないだろう。

 

 その歌声の主は、シゲルが指示を出したラグを始めとした精霊たちである。

 ただその歌は、この場にいる全員が知っているようなものではなく、どこか懐かしい感じがするような不思議な魅力を持った旋律で歌われていた。

 そんな歌に魅了されていた騎士たちの一部が、精霊喰いに起こっている変化に気付いた。

「お、おい、見ろ!」

 その騎士の声に触発されるように、次々と他の騎士たちもその変化に気付き始めた。

 

 これまで、その巨体が身じろぎしようとも動かなかった周辺に草木が、微妙に揺れたりし始めたのだ。

 その事象を見て、騎士たちはすぐに聞こえ続けている歌が原因だと結びつけた。

 これまで精霊喰いは、どんな攻撃を与えようとも全てを通り抜けさせていた。

 それは攻撃だけではなく、周辺にある草木もまるでそこに何もいないかのように振舞っていたのだ。

 それが、きちんと物体があることを示す反応を示した理由は一つしかない。

 精霊喰いが物理的にも世界に具現化しつつあると理解した騎士たちは、現在も聞こえている歌を耳にしつつ、より気合を入れて『その時』が来るのを待つのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

「精霊の歌、か」

 シゲルのすぐそばにいたアンドレは、ラグを含めた精霊たちが歌を歌っているところを間近にみてそう呟いた。

 勿論その視線は、変化しつつある精霊喰いを見つめている。

「すごくいい歌だと思いませんか?」

「全くですな。ここが戦場でなければ、腰を落ち着けてじっくりと聞きたいものです」

 少し誇らしげに言ったシゲルに、アンドレは真面目な表情なまま頷いた。

 

 今は精霊の歌は続いていて、攻撃開始の合図を待っている状態である。

 騎士団の中心にいるアンドレは全軍に号令をかける役目を負っているので、じっくりと歌に聞き入ることはできない。

 そんなアンドレに、ラグからの視線を受け取ったシゲルが、待っていた言葉を投げかけた。

「――もう攻撃してもいいですよ。まだ歌は続きますが、気にしなくても大丈夫です」

「承った。――おい、聞いたな。攻撃開始の狼煙を上げよ。歌に聞き入って攻撃が遅れることのないように」

 冗談のように付け加えられた後半の言葉に、連絡員は苦笑をしながら頷いた。

 精霊の歌が素晴らしいのは紛れもない事実で、その命令を冗談と受け取らない者も何人かはいるだろうと考えたのだ。

 

 

 精霊の歌が響き渡る中、アンドレの命令は着実に部隊へと伝わって行った。

 さらに、その数分後には、アンドレの指示によって攻撃開始の狼煙が上げられた。

 そして、ついにこれまで黙って見ていることしかできなかった精霊喰いに、初めての攻撃が加えられた。

 

 精霊喰いにあたった最初の攻撃は、弓の矢と魔法がほぼ同時くらいであった。

 その攻撃が当たるのを見ていた全身鎧を着ていた騎士たちが、我先にと近づこうと前進をしようとしたところでその動きを止めた。

 それまでただじっとしていた精霊喰いが、多くある足を動かし始めたのだ。

 さらに、地面につけたままだった頭をもたげて、周囲を確認するようにぐるりと小さな円を描いた。

 その動きを見て考えなしに突っ込むだけの者は、さすがに騎士の中にはいなかった。

 とはいえ黙ってみていても仕方ないので、より慎重に精霊喰いへと近づいて行った。

 

 そんな中でも弓と魔法による攻撃は続いていた。

 それらの攻撃は、面白いように当たって……いるはずもなく、精霊喰いは器用に足を使って弓や魔法をはじいている。

「一体、どうやって見ているんだろうね?」

「別に、目で見ているわけではないだろう。気配なりなんなりを察知して落としているだけだ」

 精霊喰いが攻撃をはじき落としているのを見ながらシゲルが素朴な疑問を上げて、フィロメナがその超人的な感覚での対処方法を当たり前のように口にした。

 さすがにそんな感覚を持っていないシゲルは、そんなものかと頷いた。

 今更フィロメナの持っている普通ではない能力(?)について、どうこう言うようなことはなくなっている。

 

 シゲルとフィロメナがそんな会話をしていると、じりじりと近づいていた騎士たちが精霊喰いを攻撃範囲にとらえて攻撃をし始めた。

 だが、その攻撃も精霊喰いは器用に足を使ってはじき返している。

 ただし、さすがに数の暴力には勝てないのか、これまでほぼ完ぺきにはじき返してきた遠距離攻撃に対する防衛がおろそかになり始めた。

 いくつかの弓や魔法の攻撃が、その巨体に当たり始めていた。

 

 だが、このまま徐々に精霊喰いの体力を奪っていけばいいと考え始めた矢先、精霊喰いが新たな攻撃を仕掛けてきた。

 具体的には、持ち上げた頭を振り回す棒のようにして、ぐるりと一周させたのだ。

 その攻撃は凄まじい威力で、近寄っていた騎士たちの多くが吹き飛ばされてしまい、もう一度態勢を整えることになってしまった。

 不意打ちでその攻撃をまともに食らった騎士もいて、中には立ち上がることさえ苦労している者もいる。

 

「あー、これは不味い、かな?」

「いや、まだ想定の範囲内だろう。現に、きちんと命令は行き渡って……おっと」

 態勢を整え始めているとフィロメナが言おうとした瞬間に、精霊喰いは新たな攻撃方法を取り始めた。

 これまで足だと思われていた一部を使って、鞭のように遠距離へ攻撃し始めたのだ。

 

 その部分は長さを自由に変えられるようで、近くにいる騎士は勿論、ある程度離れた場所にいた弓士や魔法使いを狙い始めている。

 流石に全身鎧の騎士ほどの防御力を備えていない両者は、後ろに下がらざるを得なくなってしまった。

 遠距離攻撃部隊が後ろに下がるということは、命中率や威力そのものが下がるということを意味している。

 最初ほどの効果が出せなくなった攻撃のせいで、精霊喰いに余裕ができたのか、態勢を整えて攻撃を始めていた騎士たちへの対処も歩いて程度余裕があるように見えた。

 

「――生まれたばかりのはずなんだが、中々対処が上手いな」

「いや、そんなにのんびりしていても大丈夫?」

「心配するな。騎士――というか魔法使いたちもきちんと対処しようとしているさ」

 フィロメナがそう言うのに合わせるように、魔法使いの部隊から魔法が放たれた。

 その魔法は、これまでと違って個々で攻撃するものではなく、数人で力を合わせて威力と距離を合わせたものだった。

 手数を犠牲にして、威力を上げることを選択したのである。

 

 その魔法攻撃を無視をするわけにはいかないのか、精霊喰いも触手の鞭を使って優先的に弾き落としている。

 近接攻撃を仕掛けている騎士たちに対する攻撃も続けているので、今のところの状況は一進一退というところであった。

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