(18)作戦開始
ザナンド王国の軍人を乗せたアマテラス号は、翌日の朝早くには現地へと出発していた。
その日のうちに飛ばなかったのは、王国にとってのお偉いさんが王都を離れるということで、引継ぎなどを含めて時間を要したのだ。
もし精霊喰いが実際に人的被害を出しているのであれば、そんな手続きすらもすっ飛ばすことになったのだろうが、現状はそこまで行っていない。
シゲルたちも夜は寝てから移動するということになるので、特に反対することなく朝の移動になったというわけだ。
そして、アマテラス号に乗ってきたお偉いさんは、全部で三人。
ザナンド王国の国軍元帥であるアンドレとその補佐を行う二人である。
元帥がわざわざ動くことになったのは、勇者であるフィロメナが動くことになったからということもあるが、シゲルの精霊が働くところを直接見るという目的もある。
そもそもラグたちのような上級精霊を扱える精霊使いなどほとんどいないので、その活躍を見ることができるちょうどいい機会が訪れたといったところだ。
そして、アマテラス号に乗った軍人三人は、その表情を子供のように輝かせながら遠慮なしに周囲を見ていた。
ちなみに、三人が通されたのは艦橋ではなく、お客様用の部屋である。
流石に運転中に色々と話しかけられると面倒なので、空を移動している間はマリーナとラウラが別室で対応することに決めたのだ。
アマテラス号は、運転中に話しかけられて危なくなるほどの繊細な運転は必要ないのだが、念のためでもあった。
それでも元帥を始めとした三人は、満足気にマリーナとラウラとの会話を行っていた。
主にアマテラス号に関することに話が集中していたのは、仕方のないことだろう。
現状では、アマテラス号を作れるような技術はどこの国もないので、特に隠すようなこともない。
それに、魔道具が専門のフィロメナはともかく、マリーナとラウラでは答えられる範囲も限られる。
聞く方もそこまで詳しい専門的な内容を突っ込んできたわけではないので、十分に会話として成り立っていたのである。
そして、そんな会話をしている間に、いつの間にか現地に到着したというわけであった。
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カイネ山の麓に作られた拠点に着いた元帥――アンドレは、早速現地のリーダーから引継ぎを行った。
アンドレがこの場所に来た以上は、指揮を執るのもアンドレということになる。
もっとも、元(?)リーダーも勇者のいるパーティーに指示を出すという気疲れをしたくなかったのか、どことなく歓迎するようにアンドレに対して引継ぎを行っていた。
引継ぎを終えた時のリーダーの顔が、若干晴れ晴れしているように見えたのは、決してシゲルの気のせいではないはずである。
後から確認した時には、フィロメナたちも同じような印象を持っていたと知って、お互いに苦笑をすることになっていた。
元リーダーからの引継ぎを終えたアンドレは、いくつかの指示を部下に出してからシゲルたちを見てきた。
「さて。こちらはいつでも構わないですが、どうされますかな?」
シゲルたちが現地に着いてから先の行動については、きちんと事前に打ち合わせをしてある。
基本的にはそれに沿って動けばいいので、シゲルたちも特に反対するようなことはない。
「こちらも問題ないな。そちらの動きに合わせて、こっちも動こう」
フィロメナがそう答えると、アンドレは武人の顔になって頷いた。
元帥を務めているだけあってアンドレはそれなりの年齢なのだが、こういう時の顔は周囲にいる騎士たちを同じような覇気のある表情をしている。
そんなことを考えていたシゲルに、フィロメナが視線を向けてきた。
「シゲル、大丈夫か?」
「ああ、うん。特に問題はないよ」
「いや、シゲル自身のこともそうだが、精霊たちのことだったんだがな」
「あ。そっちか。――うん。特に問題ないってさ」
シゲルは、チラリとラグとシロの様子を確認してからそう答えた。
既に歩いて行ける範囲にまで敵に近付いているのに、しっかりと(?)余裕を見せるシゲルに内心で苦笑しつつ、フィロメナは頷き返した。
「そうか。早速出発するか。騎士たちはどうなっている?」
「それは、これから移動ですな。なので、皆さまには少し休んでいただいてから動いていただければよろしいでしょう」
「そうか。では、そうさせてもらおう」
軍という集団が森の中で行軍するとなると、普通に歩いているよりも時間がかかる。
それに、今回の作戦では精霊喰いを囲むように人員を配置することになるので、その分の時間の猶予もあるはずだ。
それらを見越してのアンドレの提案に、フィロメナはゆっくりと頷くのであった。
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山中に展開した騎士たちがきちんと配置についたくらいに、シゲルたちも何事もなく予定地にたどり着いていた。
そしてシゲルは、画面越しにしか見たことがなかった精霊喰いが、目の前にいるのを確認した。
「あれが例の精霊喰いか……といっても、普通に大きくなった虫にしか見えないけれど」
「全くだな。一応、言っておくが、私たちも攻撃できない精霊喰いを見るのは初めてだからな?」
「あれ? そうなの?」
てっきり過去に倒したことがあると考えていたシゲルは、フィロメナに向かって首を傾げた。
「こんな特殊な精霊喰いは、稀にしか発生しないしな。それに、小さな精霊喰いは、見つかってもすぐに討伐されるのがほとんどだから」
「なるほどね。そういうことか」
フィロメナたちが出番になるような特殊な精霊喰いは、ほとんど発生することがない。
精霊たちが人の知らないところで倒していることを考えると、これまでフィロメナたちが関わってこなかったのも頷ける。
そんな会話をしていたシゲルたちの下に、部下からの報告を受け取っていたアンドレが近寄ってきた。
「こちらの準備は完了しましたが、どうなさいますか?」
「問題ないですよ。いつでも行けます」
チラリとラグに視線を向けて状態を確認したシゲルは、何の気負いも感じさせることなく頷いた。
シゲルはラグたちが何をしようとしているのかは知らないが、今の彼女たちが普段通りでいることは分かる。
そのため、シゲルができることは、彼女たちを信じて指示を出すだけである。
シゲルの返答を聞いたアンドレは、すぐ後ろに着いて来ていた部下に短く指示を出した。
「よし。では、予定通りに作戦を開始する。――シゲル殿、よろしくお願いいたします」
「あれ? 指示を出したばかりのようですが、よろしいのですか?」
「ええ、構いません。現状はいつでも変化があれば攻撃するように言ってありますから」
「そうですか。では――――」
アンドレから許可を貰ったシゲルは、視線を自身の精霊たちに向けた。
精霊に指示を出す場合は、直接言葉にする方法もあるが、無言のまま意図を伝えることもできる。
シゲルの指示を受け取ったラグたちは、最初から打ち合わせていたかのように精霊喰いを囲むように移動を始めた。
ちなみに、今現在シゲルの護衛をしているリグは、今回の作戦(?)のメンバーには入っていない。
ラグの支配下にある精霊たちも当然のように動いているので、しっかりとその目で確認できるシゲルにとっては、かなり壮観な光景である。
そして、全員が配置についたのか、ラグを発端にしてついに精霊たちの攻撃できない精霊喰いに対抗する手段が取られたのであった。




