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(16)攻撃できない相手

 ザナンド王国の王都で精霊喰いに対する対策が取られているその頃、カイネ山の麓から山頂に向かって進む百人ほどの一団がいた。

 その集団は、ザナンド王国の騎士団である。

 百人ほどとはいえ、集団で移動するとなれば時間がかかる。

 そのため、具体的な作戦が決まる前にある程度の人数で拠点を作っておき、人数が足りなければ増員を待ち足りるようであればそのまま攻撃を仕掛けることにしたのだ。

 ちなみに、騎士たちはガチャガチャと音のする重装備を付けているが、それでも対象の精霊喰いは動かないと確認してから行動をしている。

 今回は精霊喰いだが、特に魔物を相手にするときには、騎士の重装備の音はそれ自体が弱点になることもある。

 そのため、音に対する事前調査がしっかりと行われているというわけだ。

 

 山の麓から小一時間ほど進んだところで、討伐隊は歩みを止めていた。

 その場所が、今回の仮拠点ということになる。

 仮拠点に着いた討伐隊は、それぞれ上司の指示に従ってテントを張ったり、周辺の調査に出たりしている。

 勿論その中で一番重要なのは、討伐対象である精霊喰いに変化がないかどうかだ。

 精霊喰いが発見されてから先遣隊がずっと見張ってはいるが、騎士団が入ったことにより、より気を使わなければならない状況なのである。

 

 多くの騎士たちが動き回る中、いの一番に建てられた大きなテントの中で、今回の討伐隊の隊長がとある魔道具を手に取りつつ会話を行っていた。

 その魔道具は、遠方との会話ができる通信の魔道具で、相手先は王都にある騎士団の本部だ。

「――――はっ。それでは、増援は……。……はっ。かしこまりました」

 見えない相手に向かって頭を下げる隊長に、副官と各部隊長たちの視線が集まっている。

 

 今隊長が使っている魔道具は、一対一で話すための魔道具なので、周りにいる者たちに相手側の声は聞こえていない。

 周囲にいる者たちにはどんな会話が行われているのかは分からないが、それでも隊長の表情からある程度の推測はできる。

「――増援はなし、ですか」

 隊長が通信を終えるのを待って、副官が確認するように聞いた。

「ああ。まずは一当て……というよりも、情報が正しいかの確認を行うことになった」

「と、いいますと?」

「あのタイプの精霊喰いは、地脈の力を吸い取って完全に個体として成立するまでは動くことがないそうだ。恐らく現状は、力を蓄えている最中だそうな。もしこちらが攻撃して動いたとしても、それは大した強さではないらしい」

「なるほど」

 過去の経験から出された結論に、副官も納得の表情で頷いていた。

 

 勿論、今回出現している精霊喰いが全く同じ動きをするとは限らない。

 だからといって、いきなり全ての騎士たちを現場に向かわせるわけにもいかないので、まずは現状で一当てするという結論になったのだ。

 そもそも、百人という騎士を出している時点で通常の魔物討伐よりははるかに重きを置いている。

 最初に話を聞いた隊長は、そこまで警戒しなければならないのかと考えたほどだった。

 

 とにかく、増援は無しということが決まったので、今いる騎士たちで対処しなくてはならない。

 そのためにも、まずは現在作成中の仮拠点をしっかりと完成させる必要がある。

 そう結論に従って各部隊長たちは、それぞれの部隊に指示を出すため各所に散らばるのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

「――――……どういうことだ?」

 討伐隊の隊長は、連絡員からの報告を受け取って眉をしかめていた。

 現在、討伐隊の中から選抜された部隊が、最初の一当てを行っていた。

 長期戦になることを考えて、六部隊ずつを精霊喰いに当てることにしたのだが、そのうちの一部隊が攻撃を行ったのだ。

 そのときの報告が隊長の元に届いたのだが、その結果は肩透かしを食らったようなものだった。

 

「通常の剣や槍は勿論、魔法の攻撃もまったく通らず、か。こんな話を聞いたことは?」

 隊長から問いかけられた副官は、しばらく考えてから首を左右に振った。

「いえ。聞いたことはありませんな。ただ……」

「なにかあるのか?」

「地脈から力を吸っている間は、同じような状態が続くのでは?」

「…………ありえるな」

 副官の推測に、隊長も同意するように頷いた。

 

 武器や魔法の攻撃が通らないということは、騎士たちにとってはどうすることもできないということを意味している。

 少なくとも、攻撃が通るように何らかの対処をしなくてはならない。

 その対処をするための方法が、全く分からなくては、討伐するにもしようがないのだ。

 ちなみに、攻撃が通らないというのは、剣で切ろうとしても、槍で突こうとしても、魔法を当てても、まるでその場にいないかのように全ての攻撃が素通りしてしまうのだ。

 

「――一応、隊にいる者たちから何か手段はあるか聞きながら、本部に問い合わせるか」

「そうするしかないかと」

 今のところ隊が持っている情報や道具類では、どうすることもできない。

 それに、それほどのことをしているにも関わらず、対象の精霊喰いが全く動いていないということも気になるところだ。

 早々に自分だけの知識や常識で対処するのは難しいと判断した隊長は、後方でサポートをしてくれている本部へと、今回得た情報を投げて結果を待つことにした。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 その一方。

 討伐隊の隊長から情報を得た本部の者たちは、同じように首を傾げながら情報集めに走り回ることになった。

 だが、それなりの人出を使って情報を集めても、攻撃への足掛かりになるような有益な情報は出てこない。

 本部が現地から情報を得て数時間経つが、もうすでに外は暗くなっていて、初日の討伐は不可能になっている。

 それでも本部がある城では、そこかしこで情報を得るために、多くの人員が動き回っているのである。

 

「――まさしく、雲を掴むような状態だな」

「全くですな」

 討伐隊の報告や城の中で動き回っている情報員からの報告を受けたダヴィドとアンドレは、ため息交じりにそう言った。

 折角異変の原因が見つかったのに、相手を討伐できないどころか、攻撃さえすることができないのだ。

 しかも、今回の精霊喰いは、地脈の力を吸って十分に力が付き動き始めれば、周囲に甚大な被害をもたらすことが分かっている。

 今の動かない状態がどれくらい続くのかは分かっていないが、絶対に放置しっぱなしにはできない問題である。

 

 これといって有効な対策が見つけられないまま時間が過ぎて行くのは、決して得策とは言えない。

 結果としてダヴィドが出した結論は、次のようなものだった。

「仕方ない。勇者殿の御力を借りるとするか」

「ご出陣願うのですか?」

「必要であるならば、だがな。まあ、まずは何か知恵がないかどうか伺うだけだ。精霊喰いを見つけた実績があるのだから、何か方法を知っていてもおかしくはないだろう」

「それは、確かに」

 ダヴィドの出した結論に、アンドレは同意するように頷いた。

 

 結局、勇者フィロメナの手を借りることになってしまったが、そのこと自体は特に恥に思うようなことではない。

 一番王にとって大事なのは、国内に出る被害を最小限に押えることなのだ。

 そのことを十分に理解しているダヴィドは、すぐにフィロメナたちと連絡を取るように手配を始めるのであった。

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