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(13)精霊育成師からの情報(後)

 大精霊に確認済み――その言葉は、シゲルに向けるゲレオンの視線に変化をもたらした。

「――その言葉に、嘘偽りはないのであろうな?」

 そう言って鋭い視線を向けてくるゲレオンに、シゲルははっきりと頷き返した。

「勿論です。それに、勇者を伴ってきている意味も、十分に理解しているつもりです」

 シゲルのその答えを聞いたゲレオンは、腕を組んでから一度だけ「ウーン」と唸った。

 

 フィロメナと行動を共にしているシゲルの噂は、勿論ゲレオンの耳にも届いている。

 その噂の中に、シゲルと大精霊の関係を認めるものもあり、既にその事実もほぼ確定の情報として国の上層部には伝わっている。

 たった一人の人間が、いくら渡り人とはいえ、複数の大精霊と友誼を結ぶことに成功したなどといわれて信じる者はほとんどいない。

 だが、これまでのシゲルのやってきたことが実績と評価されるにつれて、その噂が事実であると確定されるようになったのだ。

 特に、アークサンドで起こった事件の情報が、各国に流れたのが大きい。

 

 とにかく、シゲルの言葉はただの戯言として流していいものではないということをゲレオンはきちんと理解している。

「……そうか、わかった。とにかく、君が言ったことはきちんと王の耳に入れることを約束しよう。その後で、王がどう判断するかまでは約束できないが」

「それはそうでしょうね」

 シゲルも、自分の言葉だけで国が動くとは考えていない。

 精霊喰いを相手にしてそんなに悠長なことを言っていていいのかという思いはあるが、国という組織がシゲルたちのような個人ではできないような手段を持っていることも確かだ。

 一介の冒険者からもたらされた情報だけで、国が右往左往することなどあってはならないのだろう。

 もっとも、今回の場合は、大精霊という存在がシゲルの言葉の重みを厄介にしている。

 

「――とにかく、今聞いた話は私自ら王に伝えようと思う。何か他に伝えるようなことはありますかな?」

 ゲレオンはそう言いながらシゲルとフィロメナを交互に見た。

 シゲルから話を聞いただけで、全て聞き終えたかどうかの判断が付かなかったのだ。

「いや、今のところはこれ以上はないな。……ああ、私たちはあの船で行動をしているから、何かあった場合はそちらに来るといい」

「そうか、わかった。そうするとしよう。勇者殿は、この後冒険者ギルドへ?」

「ああ。行こうと考えている」

「そうですか。では、そのことも含めて王に伝えましょう」

 ゲレオンがそう言うと、フィロメナは「そうか」と頷いた。

 

 その後、シゲルたちは精霊喰いについての情報をいくらか話をしてからゲレオンの元を去った。

 そして、シゲルたちを見送ったゲレオンは、少しの間同じ部屋で考えるような表情になっていた。

 その状態のまま数分も経たずして、その部屋に部下の一人が入ってきた。

「――どうだった?」

「来た時と変わらずに、ごく普通に帰って行きました。御者には真っ直ぐ冒険者ギルドに向かうように伝えたようです」

 部下からの報告に、ゲレオンは「そうか」と答えて頷いた。

 

 ゲレオンは、シゲルたちが自分に対して嘘の情報を持ってきたのではないかと、わずかに疑っていたのだ。

 といっても、その可能性はほとんどないだろうとも思っていた。

 では何故、部下に行動を探らせるような真似をしたかといえば、単にそれが一軍を預かる者としての義務だと考えているためだ。

 特に今回は、王が直接関わることになるような情報である。

 例えそれが勇者のもたらした情報であっても、慎重に行動するのは当然のことだ。

 

 頷いたゲレオンは、何かを考えるようにほんの数秒目を閉じたまま座っていたが、すぐに目を開いてスッと立ち上がった。

「城へ向かう。馬車の用意を」

「では――」

「ああ。約束通りに、王へ報告する」

 部下に向かってきっぱりとそう答えたゲレオンは、王との面会を果たすために事務処理を行うために、自室へと向かうのであった。

 

 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦

 

 ゲレオンが行った手続きはすぐに受け付けられて、王との面会はすぐに受理された。

 これが戦争の開始であったり、魔物の大規模な襲撃であれば面倒な手続きなどは後付けで行われるのだが、今回はそうではない。

 そのため、きっちりとした手続きに則って面会を申し込んだというわけだ。

 

「――それで? 緊急の要件とはなんだ?」

 ダヴィド王は、騎士団長が予定されていたものではなく、緊急と銘打って面会を申し込むことの意味をきちんと理解している。

 すぐに軍を動かさなければならないような事態ではなくとも、それに近いようなことがあったのだと分かっているのだ。

「はっ! 昨今話題になっている北の異変について、有用な情報をえることができました」

「……聞こうか」

 ダヴィドは、ゲレオンの言葉にピクリと眉を動かし、ほんの僅かだけ間を空けてからそう言った。

 

 ダヴィドのその様子に気付いていながらも、表向きは気付かなかったふりをしたゲレオンは、頷きながら続けて言った。

「私に情報を持ってきたのは、勇者の面々です。そのメンバーが言うには、あの異変は精霊喰いが発生しているために起こっているとのこと」

 ゲレオンのその言葉に、ダヴィドはすぐに言葉を発することはなかった。

 時間にすればほんの十秒ほどの時間だったのだが、その間ゲレオンも直立不動のまま王の言葉を待っていた。

「――――精霊喰い、か。本来であれば、荒唐無稽な……と、言いたいところだが、確かな情報ものなのだな?」

「真偽のほどは確認できておりませんが、大精霊に確認を取っているとのことです」

「大精霊…………例の男か」

 敢えて名前を出していなかったゲレオンだったが、ダヴィドはすぐにシゲルにたどり着いた。

 

「――真偽の確認は……それだと、できなくとも仕方あるまい」

 何しろ本当に大精霊からの情報であると確認するには、実際に大精霊に話を聞くか、その場面に遭遇しなければならない。

 そのどちらも国が持つ力ではどうやっても不可能となれば、どうすることもできない。

 いくら国に力があるといっても、過去に戻って確認をしたり、大精霊を呼び出すような力はないのだ。

「だが、大精霊に関する真偽のほどはともかくとして、その情報が正しいかどうかは確認する術がある」

「はい」

 続けられたダヴィドの言葉に、ゲレオンも同意するように頷いた。

 

 大精霊云々はともかくとして、北の異変が精霊喰いであるかどうかは、それこそ軍を使うなりして確認することができるはずだ。

 これまで全くその情報を掴むことができなかったのは、そもそも精霊喰いという存在が認識の外にあったからだ。

 それくらい、人にとって精霊喰いというのは、関わり合いになることが少ない存在なのだ。

 大陸全体で見ても数年に1回、下手をすれば百年単位で遭遇することがない存在ともなれば、そうなるのも仕方ないといえる。

 とはいえ、ザナンド王国ほどの歴史を持つ国であれば、珍しい精霊喰いのことであってもそれなりの情報は揃っている。

 

 まずはそれらの情報を使って、異変の原因が精霊喰いであることを確定するのが重要なことだ。

 もし違っていたとしても、特に国に実害があるわけではない。

 勿論、異変が長引くという不安材料は増えるわけだが、それは勇者たちからの情報が無かったとしても同じことだ。

 北の異変に対して、何も打つ手がなかったのは事実なのだから。

 

 とにかく、今回得た情報をもとに、北の山で精霊喰いが発生しているかどうかの確認をすることは決まった。

 その事実を確認できれば、あとは現地で討伐のために軍の編成を進めるだけである。

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