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(10)ヒカリとヤミの報告

「――よし。とりあえず、今回はこれでいいか」

 『精霊の宿屋』の調整を行っていたシゲルは、わざと声を上げてそう言った。

 今いるのはアマテラス号の自室なのだが、シゲルが『精霊の宿屋』を操作しているときは、精霊たちが気を使って話しかけないようにしているからだ。

 決して、独り言を言っているわけではない。……タブン。

 それはともかく、今回の変更では北西側にある小山に、ラグたちが採取してきた高所に生える植物を植えてみた。

 ただし、全部を一気にやったわけではなく、山の三分の一ほどを一日ごとに少しずつ変えている。

 そうすることによって、急な環境の変化による影響を出来るだけ抑えようとしている。

 もう一つは、『精霊の宿屋』に訪問してくる精霊に対する影響を見るためだ。

 今のところ大きな変化は出ていないので、シゲルとしてはとりあえずこのまま様子を見るつもりでいる。

 山があるといっても小さなものしかなく、その山の標高で高地の植物がきちんと育つかが不明だからだ。

 その結果を見るためにも、今は時間を置いて様子を見ることにしたのだ。

 

 シゲルの言葉をしっかりと聞いていたのか、今まで脇で寝そべっていたシロがノソリと立ち上がって近寄ってきた。

 尻尾を左右に振っていることから、シゲルもすぐに何を要求しているのか理解できた。

 その要求にこたえて首筋をゆっくりと撫でてあげると、シロは嬉しそうにさらに激しく尻尾を振り始めた。

「うーん。相変わらず気持ちいいなあ……」

 精霊であるシロの体毛は、非常に不思議な感触をしている。

 その時々によって変わるその感触は、触る側のシゲルの気分によって変わっているのではないかと思えるほどだ。

 

 

 シロと戯れ始めてから十分ほどが経つと、シゲルの部屋に壁を透過するように二体の精霊が入ってきた。

 ヒカリとヤミのコンビである。

 ヒカリとヤミは、精霊の中でも特殊な属性を持っているため揃って活動させることがほとんどだ。

 この日も、ザナンド王国の北側での採取をお願いしていた。

 ちなみに、二体とも現在のランクは上級のAランクになっている。

 

 ヒカリとヤミの姿を見て、いつものように労いの言葉をかけようとしたシゲルだったが、二人の様子がいつもの違っていることに気が付いて内心で首を傾げた。

「お疲れ様。何か気になることでもあった?」

 シゲルがそう問いかけると、ヒカリとヤミはほぼ同時に顔を見合わせてから、何やら決心した様子でこう言ってきた。

「安全第一という言いつけを守ってあまり近寄らなかったので断言はできないですが、採取の最中に北の方角からおかしな気配を感じました」

「あれは恐らく、精霊喰い」

 ヒカリの言葉を捕捉するように付け加えたヤミの言葉を聞いて、シゲルは表情を引き締めた。

 

 順調にランクを上げているヒカリとヤミの探知能力は、ラグやリグをして全然敵わないと言わせるほどに高くなっている。

 探知範囲はさほど変わっていないのだが、探知をする感度のようなものが大きく上がっているのである。

 ヒカリとヤミは精霊喰いがいると断言しているわけではないが、シゲルは普段の様子と比較してほぼ間違いないのだろうと考えた。

「そう。もし、その気配が精霊喰いだとして、どのくらいの敵かとかはわかる? 大体の予想でいいから」

「はっきりしたことは……ただ、今まで対応してきたものよりは強いはず……です」

 ヒカリが自信なさげにそう言うと、ヤミも同意するように頷いた。

 そして、それを見ていたシゲルは、はっきりと大きくため息をついてから「やっかいなことになりそうだ」と返すのであった。

 

 

 ヒカリとヤミから受けた報告は、すぐさまシゲルの口から他のメンバーへと伝えられた。

 この日は誰も遠征するような状況にはなっておらず、たまたま全員が揃っていたということも幸いしていた。

 

「――――ふむ。ということは、北の方で精霊喰いが発生しているということだな?」

「はっきりと断言するにはちゃんと調べないと駄目だろうけれど、ほぼ間違いないだろうね。もしかしたら、何か兆候でも出ているかもしれないよ?」

「そうだな。それはあり得るだろうな」

 シゲルの言葉に、フィロメナが同意するように頷いた。

 ちなみに、王都周辺でしか活動していないシゲルたちは、この時点で王国の北で異変が起きているという情報は得ていない。

 

「じゃあ、まずはギルドで情報収集をするとして……あとはどうするの?」

 ミカエラがそう聞いてくると、フィロメナは肩を竦めながら答えた。

「どうもこうもないだろう。この国の国柄を考えれば、変に手を出す必要もないだろうな」

「確かに、そうですね」

 今度はフィロメナの言葉に、ラウラが同意した。

 騎馬の国と言われるザナンド王国は、よほどのことがない限りは、自国の軍で解決することを望む。

 それは、フィロメナたちが魔王討伐の旅をしていた時も同じだった。

 逆にいえば、ザナンド王国が外に助けを求めるときは、よほどのことが発生しているということになる。

 今回がそのよほどのことであるかどうかは、まだシゲルたちにも判断がつかない。

 

 勿論、ザナンド王国が外部の手出しを嫌うからといって、冒険者の活動にまで口を出してくるようなことはない。

 そのため、シゲルたちが偶然か何かで手を出すことになったからといって、咎めてくるようなことはない。

 とはいえ、現時点でわざわざ自分たちから首を突っ込もうと言い出す者は、この場にはいなかった。

「それじゃあ、それらしきものがいることを、冒険者ギルドに報告するくらいでいいのかな?」

「そんなところだろうな」

 マリーナの提案に、フィロメナがそう返しつつ頷いた。

 シゲルがミカエラを見れば、同じように頷いていることが確認できた。

 

 ただ、ここでラウラが少し考えるような表情になって言ってきた。

「この国に対してはそれでいいでしょうが、大精霊たちには報告は必要ないのでしょうか?」

「うーん。それは非常に微妙なところだよねえ」

 シゲルはそう言いながらミカエラを見た。

「確かにね。精霊喰いに関しては、精霊たちが関与しているとはいえ、人が見つけたものを押し付けるのはどうかということもあるし……」

「何よりも、シゲルの精霊が見つけられるほどに精霊喰いが大きくなっているとすれば、他で手が離せない可能性もありえるわよね」

 ミカエラに続いて、マリーナがそう捕捉した。

 大精霊を含む精霊たちが、精霊喰いに日々対処しているということは既にシゲルたちの知るところではあるが、どのくらいの頻度で対応していることは知らない。

 もっといえば、シゲルたちが報告したからといって、必ずしも大精霊が精霊喰い討伐のために動くかどうかは不明なのだ。

 

 どうしたものかと悩む一同を前にして、シゲルが決断するように言った。

「とりあえず、報告するだけはしておいて、あとはお任せでいいんじゃないかな。単純に気付いていないだけという可能性もあるだろうし。……タブン」

 最後の最後で大精霊ほどの力のある精霊が、いくら光や闇の属性を持っているとはいえ、上級精霊でも気付けたことに気付いていないなんてことがあるのか。

 そんな思いから、シゲルは最後の最後にそう付け加えた。

 ただ、ミカエラも同じような気持ちだったのか、揶揄うようなことはなく真面目な顔になって頷いた。

「そうね。確認の意味も含めて、一度報告はした方がいいわ」

「ただ、そうなると誰に報告するかどうかというのが問題になるんだけれど……まあ、それはこっちで考えておくよ」

「その方がいいわね」

 シゲルの言葉にマリーナが頷き返して、この時の精霊喰いに対する話し合いは終わりとなるのであった。

次の更新は一週間以内。

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