(8)新しい環境
ラグとその配下の精霊が採取してきたアイテムを確認していたシゲルは、とある共通点について気が付いた。
「どれもこれも、標高が高めの所に生えるような植物ばかりだなあ。もしかして、ザナンド王国って高地にある国なのかな?」
「そうだぞ。といっても、そこまで高い所にあるわけじゃないが」
シゲルの呟きに答えたのは、フィロメナだった。
ちなみに、二人はいま、アマテラス号のリビング兼食堂代わりに使っている部屋にいる。
この部屋は、厨房のすぐそばにあり、それぞれ個人の与えられている部屋からも近いということで、いつの間にか皆が集まる部屋になっている。
さすがに艦橋は操縦に関わる魔道具が揃っているので、気楽に集まる場には向かなかった。
アマテラス号では、プライベートな時間が持てるようにと個人個人の部屋がしっかりと割り振られているが、大抵誰かしらはリビングにいるのだ。
「うーん。そうか。高所の植物系ね……」
そう言って黙り込んでしまったシゲルに、フィロメナが首を傾げつつ聞いてきた。
「何か問題でもあるのか?」
「問題というか。今の『精霊の宿屋』って、山を除けば普通の高度……だと思うんだよね。そんな所できちんと育つのかなってね」
「育たないのか?」
不思議そうな顔をしながら重ねて聞いてきたフィロメナに、シゲルはきょとんとした表情になった。
「いや。環境に適応しないんじゃないかってね」
それがごく当たり前のことだという顔をして言ったシゲルに、フィロメナは首を左右に振った。
「いや、すまん。そういうことではなくてな。精霊に頼めばいいんじゃないか?」
「…………はい?」
思ってもみなかったことを言われたシゲルは、あっけにとられた顔になった。
そんなシゲルの顔を見て、フィロメナは苦笑をしながら言葉を返してきた。
「宿屋の環境が合わないのであれば、目的の植物が育つような環境になるように、精霊に頼めばいいと思うのだが?」
「…………そんなことできるのかな?」
シゲルがこれまで契約精霊に頼んできたのは、あくまでも環境に適応するようにしてもらうことだけだ。
まさか、環境そのものを用意してもらうなんてことは、思考の外にあったのである。
だが、言われてみれば、確かに精霊(特に特級)ほどの力があれば、環境そのものを用意できるといわれてもおかしくはない。
シゲルから視線を向けられて問われたラグは、少しだけ考えるような表情になった。
「――出来なくはありませんが、少なくとも私とリグが揃って宿屋の中にいないといけません。それ以外だとかなり限定された範囲だけになってしまうかと思います」
「出来ることは、出来るんだ。……って、あれ? ポーション作りに必要な薬草は、どうやって用意するつもりだったの?」
そもそも、今回シゲルたちがこうしてザナンド王国に来ているのは、効果高いポーションを作ることが目的だった。
そのポーション作りに必要な薬草が高所に適応した植物だとすると、最初からそうした環境を用意しなければならなかったということになる。
シゲルの疑問に、ラグは少しだけ首を左右に振った。
「ポーションに必要な量はさほど多くありませんから。その程度であれば、私と配下の者やサクラが維持すれば大丈夫です。場合によっては、遊びに来ている者たちに頼むということも出来ますし」
シゲルの感覚で庭付き一戸建てくらいの広さの畑であれば、さほど多くの力は使わないで環境の維持ができる。
それであれば、外敵の対応をしつつ畑の環境を見守るという両立も可能なのだ。
「なるほど。そういうことね」
ラグから一通りの説明を聞いたシゲルは、納得顔で頷いた。
ラグの説明をまとめると、ちょっとした広さの畑であれば高所の環境をすぐに用意することが可能で、それ以上になると多くの力が必要になる。
それ以上の広さが必要になる場合は、ラグを含めた特級精霊の力が必要になるということだ。
この場合、特級精霊の力が必要というのは、『精霊の宿屋』内にいる必要がある。
ちなみに、必要なのは作った環境を守るための結界の維持に使う力が必要ということで、最初に環境を用意してしまえば属性は関係なくなる。
最初の環境づくりは、ラグとリグの二人がかりで用意することになる。
これらが、高所で育つ植物を育てるために必要な条件だ。
それらの内容を一度頭の中でまとめたシゲルは、ゆっくりとため息をついた。
「なかなか難しいな」
「そこまで悩むことか? ポーションを作るだけなら、広い土地も必要ないのだろう?」
ここで、自分とフィロメナの考えがずれていることに気が付いたシゲルは、ゆっくりと首を左右に振った。
「いや、ごめん。今考えていたのはポーション作りじゃなくて、ちゃんとした環境を用意するかどうかってこと」
「なるほど、そっちのことか。だが、そこまで悩む必要があるか? 今のままでも特に不自由はないのであろう?」
「確かに、今のままを維持するだけならね」
「ほう。違うのか?」
含みを持たせて返してきたシゲルに、フィロメナは意味ありげに笑みを浮かべた。
先を続けるような表情をしているフィロメナに、シゲルは少しだけ笑い返しながら続けた。
「まあ、今のままでも全然いいんだけれどね。外敵のことを考えても、安定しているから。でも、それだと面白くないからね」
「面白くない、か」
「せっかく、成長する可能性があるんだったら色々と試してみたい……とは考えているんだけれど、中々難しくてね」
契約精霊や『精霊の宿屋』自体の成長を望むのであれば、今の環境をより良い方向に変える必要がある。
これまでも細かいところは変えてきたのだが、どうにも目先の変更くらいの変化しかなく大きな進展はなかった。
その状態から脱却するために、ラグが言ったようにある程度の範囲の環境を作り変えるのはどうかと考えたのである。
シゲルの考えを理解したフィロメナは、一度だけ頷いてから言った。
「そこまで考えているのであれば、悩む必要はないのではないか?」
「ところが、そうでもないんだよね。やっぱり環境の維持だけに複数人の精霊が動けなくなるのは痛いよ。それに、環境を作り変えるってことは、今ある場所がなくなるってことでもあるからね」
「なるほど、一長一短ってことだな。だが、その程度のことであれば、シゲルも考えているのではないか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべながらそう言ってきたフィロメナに、シゲルは苦笑しながら首を左右に振った。
「いや、今のところは残念ながら何も思いついてないかな。宿屋の広さが広がったばかりだとかであれば、すぐにでも試したんだけれどね」
「今ある効果を崩してまで新しいことにチャレンジするのは難しい、か」
「そういうこと」
自分の懸念がちゃんとフィロメナに伝わったと理解できたシゲルは、そう返しながら頷いた。
シゲルが一番気になっているのは、外敵の存在である。
今は余裕をもって外敵に対処することができているが、ラグ、リグ、シロのうち一人(一体)が結界の維持に手を取られた場合に、きちんと外敵に対処できるかがわからない。
もし、万が一のことが起こった場合は、下手をすれば『精霊の宿屋』全体が作り直しになってしまう可能性もある。
そうなってしまった場合は、環境を変えて成長を促すという目的が本末転倒になってしまうのだ。
「だからといって、せっかくの思い付きを試さないというのもな。……とりあえず、今性急に決めないほうがよさそうか」
こういう時は慌てず騒がず、ゆっくりと落ち着いて時間をかけながら考えたほうがいいかと結論付けるシゲルなのであった。
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