(6)依頼
シゲルと別行動することについて最後までごねたフィロメナは、基本的に一人で行動すると宣言していた。
シゲルと一緒に入れないのであれば、わざわざ魔物と戦に行く必要もないというのがフィロメナの主張だ。
魔道具の研究で魔物の素材が必要になれば戦うことも出て来るだろうが、そこまで多くの材料が必要になるわけでもない。
必要になればなったで、その時に取りに行けばいいだけなのだ。
フィロメナは一人で歩き回ったとしても、この辺りの魔物で不覚を取られることはない。
もっともそれは、ミカエラやマリーナにしても同じことなのだが。
そのミカエラに関しては、最初から一人で動き回ると言っていた。
これは、シゲルと一緒に行動することになるマリーナとラウラに気を使った結果と言えるだろう。
元はミカエラが別行動することを言って、それにフィロメナを巻き込んだのだ。
マリーナとラウラは、アークサンドにいた時はシゲルと別行動することが多かったので、ここでは一緒にいた方がいいだろうということである。
フィロメナもその意図はきちんと理解しているので、最後まで粘りつつも最終的には納得をしたというわけだ。
そういうわけで、朝食を食べてからアマテラス号を出たシゲル、マリーナ、ラウラの三人は、真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かった。
シゲルは、ギルドカードが失効しないように定期的に依頼を受けていただけなので、ギルドに来ること自体が久しぶりになる。
マリーナとラウラは、アークサンドにいるときにはギルドの依頼を受け続けていたので、慣れた様子でギルドの扉を開けていた。
ザナンド王国は周辺国と比べても特徴的な文化を有しているため町の雰囲気も独特なのだが、冒険者ギルドに関しては他の所と似たような感じだ。
シゲルが少し不思議に思ってそのことを口にすると、マリーナがそれに応じてきた。
「――敢えてそれを狙っているところもあるのでしょうけれどね」
「そうなの?」
「ええ。冒険者は、護衛依頼なんかでも各地を転々することも多いから。ギルドの建物くらいは同じような雰囲気にして、家にいるように落ち着かせる効果も狙っているんじゃないかしら」
「確か、ギルドを作った初代がそうするように言ったという話ですね」
マリーナの言葉を捕捉するように、ラウラがそう付け加えた。
「へー、そうなんだ」
シゲルは、そう言って納得しするような顔で頷いた。
実際その効果がどれくらいあるのかは分からないが、確かにどこに行っても同じような建物があるというのは、安心感を与えてくれる気がしたのだ。
そんなちょっとした小話をした後は、これまたどこの冒険者ギルドに行ってもある掲示板の確認を行った。
「うーん。素材集め……は、久しぶりでちょっと加減を間違うかもしれないから、とりあえずは討伐かな」
「リグ、そんなに乱暴じゃないよ」
シゲルの言葉にすぐ傍で護衛役についていたリグが、少しだけ唇をとんがらせながらそう言ってきた。
「ああ、いや、ごめんごめん。そういうことじゃなくて、初めての場所でどの魔物のどこの部位が必要になるとかまだ分からないからって意味だよ」
「この辺りは、今までとはまた違った魔物が多く出て来るからね」
シゲルの言葉をフォローするように、マリーナがそう付けたした。
さすがにマリーナは大体の魔物は把握しているが、シゲルはまだまだこの周辺のことはよくわかっていない。
指示を出すシゲルがわからないのだから、それに従って動くことになるリグたちも必要な部位のことは構わずに攻撃をしてしまうこともあるだろう。
そういう意味でシゲルは「加減を間違う」と言ったのだ。
それを理解したリグは、そういうことかと納得した表情で頷いていた。
リグの表情を見て安心したシゲルは、改めて掲示板に貼られている依頼の内容を確認し始めた。
「うーん。やっぱり採取系が多いのかな?」
「そうですね。やはり広大な平地に生えている貴重な薬草などが多く取れるということでしょう」
「そうね。あとは、この辺りのこの地域特有の魔物の討伐かしら」
そう言いながらマリーナが指したのは、サンダーホースというザナンド王国周辺に出て来る馬の魔物だった。
ちなみに、サンダーというのは雷の魔法を使うからではなく、稲妻のように早いという意味からつけられた名前である。
さっと見ただけでも、特徴のある依頼が多く見つけることができた。
問題は、それらの依頼の中から何を選ぶかということなのだが、
「うーん。やっぱり最初は無難に、これをやってみるか」
久しぶりの冒険者活動ということで選択権を与えられたシゲルが選んだのは、この辺りで取れる薬草の採取依頼だった。
ただし、薬草採取の依頼だからといって、必ずしも魔物と戦わないというわけではない。
行く場所によっては魔物が出てくるのが当たり前の世界なのだから、それに対して用心しておくというのも当たり前のことである。
シゲルが指した依頼を見て、マリーナとラウラも頷いていた。
「それでいいと思うわ」
「そうですね。無難なところだと思います」
薬草採取は場所によっては誰にでも――それこそ、子供にでもできる仕事であるため、冒険者たちからは敬遠されがちである。
だが、周辺を警戒しながら目的のものを探すという、冒険者にとっては基本中の基本である力を身に付けるためには最適な依頼だ。
基本であるからこそ、誰もが最初に通過する依頼として存在しているといっても過言ではない。
もっとも、そんなことまで考えて採取依頼をする者は、ほとんどいないと言っていいのだが。
シゲルが薬草採取を選んだのは、その基礎を確認するため――ではなく、この辺りの環境をしっかりと確認するためである。
アマテラス号で空の上から地上の様子は確認してはいるのだが、実際に肌で感じるとまた違った感覚でとらえることができる。
その手間を惜しむと、いくら精霊たちに守られているとはいえ、もしかする可能性もあり得る。
そんな可能性は限りなく低いのだが、やるべきことはきちんとやると言うのが、最初の方針なのだ。
というわけで、きちんとカードを提示して依頼票を受付へと持って行ったシゲルは、何事もなくギルドの外へと出た。
その際に、思わず大きく息を吐きだすことになったのは、決してシゲルが悪いわけではない。
「――どうしましたか?」
力を抜くように息を吐きだしたシゲルに、ラウラが不思議そうな顔でそう聞いてきた。
シゲルがラウラの問いかけに答えようとする前に、きちんと理由に気付いていたマリーナが笑ながら言った。
「シゲルはね。他の冒険者からの視線が無くなって、安心したのよ」
そう。美人なマリーナとラウラを連れていたシゲルは、ギルド内にいた冒険者たちから嫉妬の視線にさらされていたのだ。
ギルド内にいるときには変に付け込まれたりしないように何気ない風を装っていたが、それらの視線が無くなってようやく安心したというわけである。
それらの視線の中には、怨念のような力強さも感じたりしたような気もしたが、それは気のせいだとシゲルは内心で言い聞かせていたりもする。
怨念のようなというのは、あくまでもシゲルが感じていただけで、実際にそんな視線を向けていた者がいたわけではない。
客観的に見れば、美人二人と仲睦まじい所を見せているという状態だったことは自覚できているので、それらの視線を向けて来る男たちに後ろめたさのようなものを感じていたということもある。
とにかく、そんな針の筵の状態から脱出できたシゲルは、開放感から軽い足取りになりながら準備のためにアマテラス号へと向かうのであった。
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