(4)騎士団長との話し合い
シゲルたちが呼ばれた騎士団の建物は、王城とは少し離れた場所にあった。
城の警備や王家の護衛などを行っている騎士たちの詰め所は城にもあるのだろうが、それ以外の多くの騎士たちはこの建物で普段は訓練などを行っているのだ。
その理由が、軍のクーデターなどを警戒して敢えて離して作ってあるということは、シゲルでも簡単に想像できることだ。
軍人は組織的に人数が多くなってしまい、全員が城に来るスペースがないからという単純な理由もある。
それを裏付けるように、シゲルたちが案内された建物――兵舎は、王都内でも五本の指に入る大きさになっている。
何気に、シゲルが軍の施設に入るのは初めてのことだった。
精霊育成師としての力を持ちながら、これまで軍と直接関わるような事態になったことがなかったというのは、大げさにいえば奇跡と言っていいかも知れない。
「――敢えてテンプレから外れるように行動してきたせいもあるのかな?」
「何か言ったか?」
シゲルがぽつりと呟いたのが耳に入ったのか、隣に座っていたフィロメナが首を傾げながらそう聞いてきた。
「いや、何でもないよ。軍の施設に入るのは初めてだなあ、と思ってね」
「そうだったか? だが、似たようなところには何度も入っているだろう? 闘技場や学園の訓練場は同じようなものだぞ?」
「あー。まあ、そうともいえるのか」
シゲルにしてみれば、娯楽や学園の施設と軍の施設は全く別物という感覚を持っているのだが、フィロメナにとっては同じ範疇に入るらしい。
戦闘がより身近な世界ならではなのかなと思いつつ、シゲルはそのことを言葉にすることはなかった。
案内された部屋でそんな取り留めもない会話をしていたシゲルたちは、十分と待たされずに招かれた人物と会うことができた。
「待たせてすまなかったな。ザナンド王国第一騎士団長、ゲレオン・ケイルだ」
金属の全身騎士鎧を身に着けた筋骨隆々の男が、フィロメナに向かって右手を差し出しながらそう挨拶をしてきた。
その顔を見れば、泣く子も黙るような厳つい強面だが、目はどことなく優しさを感じる。
そしてその視線は、真っ直ぐにフィロメナだけを見ていた。
そのことに気付いたシゲルは、内心でなるほどと納得していた。
実は、騎士のような戦闘系の者たちほど、フィロメナに対して同じような態度を取ることがある。
ここ最近でそうした態度を取るシゲルにとって一番身近になった者は、ドリル装着のテクラだ。
中には崇拝しているという態度を取るものまでいるのだが、幸いにしてゲレオンはそこまでではないようだ。
シゲルでさえ気づいたのだから当の本人にそのことが分からないはずもなく、フィロメナはため息交じりに右手を差し出した。
「初めまして……だと思うが、フィロメナだ」
「ハッハッハ。ご心配なさらずに。初めましてで間違いないですぞ。私が一方的に、勇者の凱旋で見たことがあるだけです」
「なるほど」
ゲレオンの説明に、フィロメナは納得の表情で頷いた。
フィロメナたちは、魔王を倒した際に凱旋パレードを行ったことがある。
ゲレオンはその際に、国の代表団に一員としてフィロメナの姿を見ていた。
ちなみに、その時のゲレオンは騎士団長ではなかったため、直接の挨拶をすることはなかったという事情もある。
ゲレオンが騎士団長の席に就いたのは、一年程前のことなのだ。
ゲレオンは上機嫌なまま、シゲルたちに椅子を勧めた。
勿論、フィロメナと話をした後にきちんとそれぞれに挨拶もしている。
シゲルたちとしても、勇者であるフィロメナが一番優先的になるということは理解しているので、順番が後になろうが問題にすることはない。
むしろ、それが当然だと全員が考えている。
全員がきちんと椅子に座って落ち着くのを見計らってから、ゲレオンの対面に座ったフィロメナが話を切り出した。
「――それで? こんなところまで呼び出したということは、ただの挨拶だけではないのだろう?」
「勿論です。そんなことで、勇者殿を煩わせることはありませぬ。――何の目的で来たのか聞き出せと、上からの要望でしてな」
一拍空けてからそう切り出したゲレオンに、フィロメナは苦笑を返した。
敢えてやっている可能性もあるが、わざと明け透けな言い方をすることによって、フィロメナ(たち)と敵対するつもりはないと宣言しているのだ。
ついでに、フィロメナに対して勇者として特大の敬意を持っているゲレオンだからこそ、この問いをする役目に選ばれたのだ。
騎士団長であるゲレオンよりも上の立場となれば、限られた者しかいない。
どの立場からの命令かと考えつつ、これからの行動を隠すつもりはないフィロメナは、あっさりと問いに答えた。
「ご存知の通りこちらのシゲルは渡り人でな。ザナンドには来たことがないので、観光目的もある」
「観光……それに『もある』ですか」
「そうだな。草原を見るだけなら空からも見られるしな。どちらかといえば、冒険者活動のついでに、この辺りにある珍しい素材でも手に入れようと考えている」
「――なるほど。そういうことですか」
フィロメナの説明に、ゲレオンは納得顔で頷いた。
シゲルと会う以前のフィロメナであれば、今の言葉は納得できる理由にはならない。
何故なら、勇者としての活動を終えたフィロメナは、ずっとホルスタットで隠遁生活を送っていたからだ。
だが、シゲルと出会って――というよりも、超古代文明に関する話を表に出してからは、非常に活動的になっている。
そのため、素材を得るために冒険者として活動するというのは、不自然なことではない。
ただし、一国を担うような立場にいる者たちは、色々な意味で様々な可能性を考えなければならない。
勿論、そんなことはゲレオンの表情には一切出ていないが、先に手を打つようにフィロメナがさらに続けて言った。
「言っておくが、ここで超古代文明についての調査をするつもりはないからな。……信じるか信じないかはお前たち次第だが」
半ば突き放すように言ったフィロメナに、ゲレオンは再び「なるほど」とだけ返した。
実際、今回シゲルたちがザナンド王国に来たのは、フィロメナが言ったとおりに素材を集めるためだ。
その素材集めのメインがシゲルの従えている精霊たちになるだけで、別に嘘を言っているわけではない。
それに、しばらく滞在することになるのだから、どうせだったら冒険者活動もしようかという話もしていた。
珍しい素材が必要なのはシゲルだけではなく、他のメンバーも同じなのだ。
フィロメナの言葉に、ゲレオンはにこやかな表情のまま頷いた。
「私もそう思います。まあ、私は聞いたままの言葉を話すだけです」
「そうだろうな。……ああ。一応言っておくが、監視など付けても無駄だからな」
逃げようと思えばいつでも逃げられるのだし、そもそも監視されたところで普通の冒険者としての活動以外はするつもりはない。
それに、もし遠くの場所で活動する場合は、アマテラス号で移動することになるのだから追いつけるはずもない。
そう考えれば無駄以外の何物でもないので、フィロメナは一応そう釘を刺しておいた。
ゲレオンも勿論、そんなことは十分に承知しているので、顎に手をやりながら答えた。
「そうでしょうなあ。それでもなお利を求めようとするのが、国としての役目だと思いますが」
「まあ、そうだろうな」
例え何を言われようとも国の決定には逆らえないという意味を含めての言葉に、フィロメナは曖昧なまま頷き返すのであった。
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