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(26)最後の確認

 ミランを後ろ手で捕まえたフィロメナは、さっさと縛り上げてシゲルが来るのを待っていた。

 そのミランは、とっくに観念をしているのか先ほどから言葉を出さず、ただ黙って座っている。

 ミランの静かな様子に、隣で見張っていたフィロメナは多少の不気味さを感じてはいたが、自分から何かを言うことはなかった。

 あくまでも、話を聞くのはシゲルたちが来てからと事前に決めていたのだ。

 同じように話を繰り返し聞くのを防ぐという目的もあるのだが。

 

 シゲルがフィロメナの所に向かうと同時に、学園長たちも少し離れたところからついて来ていた。

 そして、シゲルが着くころには全ての場所で研究生たちが捕らえられるか、行動不能の状態にされていた。

 一応、苦戦しているところはないかと目を光らせていたフィロメナだったが、その心配は杞憂だったと分かり内心でホッと安心した。

「――――もう少し粘れると思ったがな」

 突然そんな声を拾ったフィロメナは、それが足元に座り込んでいるミランのものだとわかり、そちらへと視線を戻した。

「相手が悪すぎたな」

 ラグたちが従えている精霊は、上級精霊という括りで見ればさほど多くはない。

 ただし、『精霊の宿屋』内で外敵を相手に戦っていることが多いので、実戦経験が豊富なのだ。

 

 ミラン研究室の面々は、学生というレベルで見ればそれぞれが実力者と言えるが、数で押してくる精霊たちにはかなわなかったというわけだ。

 ミランにとっての一番の誤算は、それらの精霊を従えているラグたちをきっちりと制御(?)しているシゲルがいたことだ。

 シゲルに関する情報が不確かな状態のままで、今回の状況を迎えたというのが負け戦となった大きな要因の一つだろう。

 もっとも、シゲルがいなかったとしても、フィロメナがいた時点で結果は変わらなかっただろうというのがミランの分析なのだ。

 

 ミランがそんなことを考えていると、シゲルと学園長がすぐ傍まで近寄っていた。

 そして、その状態で最初にミランに言葉を発したのは学園長だった。

「なぜだ、と聞いてもいいのかな?」

「得られる力があるのであれば、それを求めるのが自分の役目だからだと以前にも言ったと思うが?」

 ミランがあっさりとそう答えると、学園長はスッと目を細めた。

「その結果、学園全体、人類全体が危険にさらされることになっても、か?」

「過去、何度も同じようなことが繰り返されているが、人が滅びるようなことにはなっているのか?」

 鼻で笑いそうなミランのその言い方に、学園長はすぐに言葉を返さずに黙り込んだ。

 

 ミランが言っている通り、過去に何度も人は精霊に対して同じような事件を起こしてきた。

 中には国一つがつぶれるような事態も起こってはいるが、ミランに言わせれば『その程度』のことでしかないのだろう。

 人が生き残り精霊の強制契約に関する研究さえ続けていけば、いずれは上級精霊あるいは大精霊さえ従えるようになるかも知れない。

 その結果さえ残れば、途中の経過で何が起ころうが自分たちにとっての勝利であると、ミランはそう考えているのだ。

 精霊が相手に限らず、大きな戦争を経て魔法などの技術が革新されるという歴史的事実は、数え上げればきりがない。

 ミランにとっては、強制契約に関する技術もその一つでしかないのだ。

 それが理解できたからこそ、学園長は黙り込んだのだ。

 

 ただし、学園長はミランの考えに同意したわけでも納得できたわけでもない。

 単に、これ以上話を聞いてもミランが意見を変えることはないだろうと分かっただけだ。

 学園長の表情からそのことを読み取ったフィロメナが、改めてミランを見ながら言った。

「言いたいことはそれだけか? ……いや。これ以上は時間の無駄か。あとは、取り調べ中なりで好きに話せばいい」

「勇者も中々に甘いな。取り調べなどとぬるいことはせずに、この場で断ち切るくらいのことをすればよかっただろうに」

 ミランは、フィロメナを薄く笑いながらそう言った。

 

 そんなミランに、フィロメナは肩を竦めながら首を左右に振ってみせた。

「何故、お前に利するような真似をしなければならない? 魔族側への連絡手段も含めて、お前には色々と聞かなければならないことはたくさんあるからな」

「………………何?」

 フィロメナの言葉に、ミランは初めて焦りのような表情を浮かべた。

「何だ? まさか、その事実には気付かれていないとでも考えていたのか? だとすれば、随分と精霊のことを甘く見すぎだな」

「………………」

 淡々とした口調で返したフィロメナに、ミランは黙ったまま睨み返した。

 

 ミランの鋭い視線などどうということもないという様子で首を左右に振ったフィロメナは、さらに続けて言った。

「各国で同じように捕まっている仲間たちからも情報が集まるはずだ。……ああ、それから、イルム辺りに潜伏している者もな」

「貴様……!」

 ここでフィロメナの言葉を聞いたミランが、激高した様子で立ち上がった。

 フィロメナが言ったイルム云々というのは、ミランがこれまで蓄積してきた技術や知識を継承するために用意した仲間のことだ。

 ミランにとっての希望の一つが潰やされたとわかって、初めて怒りを覚えたというわけだ。

 

「何を怒っているんだ。お前はそれだけのことをしでかしたのだぞ? 精霊たちが本気になって動くのは、当然のことだろう。――まあ、いいか。これ以上話しても無駄だからな」

 フィロメナがそう言って学園長を見ると、学園長は視線だけで両脇に控えていた部下の二人に指示を出した。

 その視線の意味を正確に理解した部下二人は、既に訓練場内に入ってきていた衛兵に指示を出し始めた。

 さらに、その指示に従って衛兵たちが、ミラン研究室の面々を次々に訓練場の外へと連れ出した。

 学園にも一応用意されている牢に連れて行くのだ。

 その上で、個別に話を聞いていき、それぞれの処分を決めていくことになる。

 

 

 ミラン研究室の面々が引っ立てられていく中、やはり最後に残されたのはアーダムとミランだった。

 ミランに関しては、先ほどからほとんど反応はなく、時折何かを呟いている。

 アーダムは、シゲルやフィロメナに対して罵詈雑言をまくしたてているが、二人とも完全にそれを無視している。

 何を言われようが、この先シゲルとフィロメナがアーダムと関わることはないはずなので、気にする必要もないのだ。

 

 ミランとアーダムが連れられて行くのを見送ったフィロメナは、最後に学園長を見ながら言った。

「ここから先の処分は各国と話し合って決めることになるのだろうが、私たちが手を出すのはここまでだ。ただし、どういう結論になるかは、しっかりと精霊が見張っているから気を付けるといい」

「無論、承知しております」

 組織の者たちに対して下手な処分を下せば、精霊の怒りを免れることはできないだろう。

 それは、シゲルがどんなになだめようとしても押えられるようなものではない。

 フィロメナは、そのことを暗に示唆しながら学園長に対して釘を刺しているのだ。

 

 学園長が頷くのを確認したフィロメナは、視線をシゲルへと移した。

「うん。あとは司法にお任せ。大精霊は、結果が不満だからといって、いきなり決着をつけるようなことはしないと思うけれど……限度はあると思うから注意してください」

 フィロメナと同じようなことを改めてシゲルが言うと、学園長も神妙な顔で頷いた。

 実際に大精霊と意思疎通を図れるシゲルの言葉だと、重みもさらに違ってくるのだ。

 

 シゲルとフィロメナから釘を刺された学園長は、神妙な表情になったままもう一度頭を下げてから訓練場を出て行った。

 学園長はこれから先、各国との調整を進めなければならないので、これから忙しくなるといっても過言ではない。

「これで終わり、かな?」

「そうだな。あとは、結果を待ってからだが、恐らくおかしなことにはならないだろう」

 これだけ大々的に根を張った組織なので、各国がそれぞれを見張っている状態になっている。

 そんな中で、お目こぼしを狙ったり、その技術を国で手に入れようなんてことを考える者は出てこないだろう。

 たとえ出たとしても、きちんと精霊の見張りはあるので、逃れることなどできないのである。

 

 まだまだ気を抜けないとはいえ、シゲルとフィロメナが直接ミランとアーダムに関わることはこれで終わりとなる。

 衛兵たちがミラン研究室の面々の全員を連れて行ったのを確認したシゲルとフィロメナは、最後に静かになった訓練場を見回してからゆっくりとアマテラス号へと戻るのであった。

最後の裁きは、それぞれの行政にお任せ。

かといってぬるい処分が下されるわけではありません。


長かった精霊の強制契約編(?)も、次で終わりになります。

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