(24)上位の精霊
学園長とミランの言葉のやり取りを引き裂くように、フィロメナは集まった者たちを見回しながら言った。
「言っておくが、後からそんなつもりじゃなかったと言っても聞かないからな。罪を軽くしたいのであれば、今のうちに抜けておくがいい」
「おや。罪とはなんだね。勝手に決めつけ――」
「悪いが、そなたと話をするつもりはない」
食い込み気味に会話の途中で割り込んできたミランに、フィロメナはきっぱりとそう言い返した。
さらに、もう一度集まっている者たちを見回しながら言った。
「一応手加減するつもりではあるが、この人数がいるからな。ちょっと加減を誤るかも知れないが、それは歯向かって来た者の責任として受け入れるといい」
どこまでも見下すようなフィロメナの台詞に、ミラン研究室の面々の反応は真っ二つに割れた。
一つは怖気づくようなものであり、もう一つは舐めるなというものである。
当然のように、アーダムは後者の反応をしている。
アーダムは、フィロメナの言葉に激昂しながら反射的に言った。
「ふざけるんじゃねえ! なんで勝った気になっている!」
「威勢がいいのはいいが、相手の実力を見抜けないようでは、お前も大したことはないな」
フィロメナは、心底どうでもいいという様子でそう答えながら視線をシゲルへと向けた。
その視線の意味を正確に理解したシゲルは、無言のまま頷いてから今まで姿を隠していた精霊たちに呼び掛けた。
「ラグ、リグ、シロ、もういいよ」
シゲルがそう呼び掛けると、一番付き合いの長い三体の精霊が人の目にも見えるように姿を見せた。
精霊が術者の呼びかけに姿を見せることはごく普通のことなので、それでミラン研究室の面々が驚くようなことはなかった。
だが、一度の呼びかけで三体も、さらにその姿を見ただけでかなりの力を持っていることが理解できて、さざ波のように驚きが広がって行った。
今のラグたちは、普段学園でシゲルの傍にいるときのように、威圧を隠さずにいるので猶更強さを肌で感じることができている。
上級精霊でも感じることができないようなその威圧に、これまで勇者の付属物としか見ていなかったシゲルへ、改めて注目が集まっていた。
そんな中で、一番激しく反応していたのは、やはりというべきかアーダムだった。
「な、なんだよそれは……!? ふざけるんじゃねえ……!!」
自ら勝手に信じていたシゲルの実力とあまりにもかけ離れたことをやってのけたというその事実に、アーダムはもはや意味不明な言葉しか言えないようだった。
そんなアーダムを無視して、ラグたちへの指示を続けた。
「それじゃあ、予定通りにお願いね。勿論、こっちが傷付くくらいならさっさと倒してしまっていいから」
シゲルがそう言うと、ラグ、リグ、シロは頷くような仕草を返した。
その動きを見て、ミランが周囲にいる生徒たちに声をかけた。
「来るぞ! それぞれ精霊の攻撃に対処しろ!」
普段の訓練が効いているのか、研究室の面々はその指示であっという間に精霊の攻撃を防御する態勢になった。
中には、防御だけではなく、シゲルたちに向かって攻撃を仕掛けてこようとする者たちもいる。
ちなみに、アーダムは攻撃側の筆頭である。
そんなミランたちの予想とは反して、ラグたちはその場から動くことはなかった。
代わりに、ラグたちの指示を受けて、数々の精霊たちが姿を見せて動き始めた。
見た目だけでざっと数えても百体以上の精霊がいる。
「馬鹿な。支配種、だと……? やはりあの噂は本当だったというわけか」
多くの精霊が現れたのを見て、ミランが周囲には聞こえないようにそう呟いた。
支配種というのは、精霊を従えている精霊のことで、上級精霊よりも上に存在している精霊のことを指している。
だが、そんな状態でもミランはしっかりとやるべきことはやっている。
シゲルの噂が本当かどうかは分からないままに、精霊に対する対処はきちんと考えていたのだ。
多くの精霊に対応するために、ミランは懐に手を忍ばせて、とある魔道具を取り出した。
そして、その魔道具を起動すると、まさに自分たちに向かって来ようとしていた精霊たちが動きを止めたのである。
中には、ある一定の距離まで近づいていた精霊が、何かに弾かれるような動きをすることもあった。
その魔道具は、精霊が入ってこれないようにするために部屋に設置してあるものと同じ道具である。
それを見ていたフィロメナが、少しだけ感心した様子で頷いた。
「なるほど。精霊への対処はしっかりと考えていたというわけか。――――だが」
「――――なっ!?」
フィロメナの言葉とほぼ同時に、ミランのすぐそばに一体の精霊が現れて手に持っていた魔道具を奪い取った。
さらに、その魔道具のスイッチに当たるものをポチリと押した。
先ほど起動した時に使い方を見ていたので、その逆をすればいいと判断したのだ。
その判断が正しかったのか、単に魔道具の起動方法が単純だったのか、とにかくその精霊の働きで魔道具は動きを止めることとなった。
それを確認するや否や、大量の精霊が再びミラン研究室の面々に向かって行くことになった。
一連の動きを見ていたアーダムが、若干慌てた様子で周囲に指示を出した。
「来るぞ! 各自対処するんだ!」
ミランの作戦があっさりと破られて焦ってはいたものの、とっさに指示が出せるのは流石といったところだろう。
アーダムの指示に従って、研究室の面々は各々武器を構えたり何かの道具を使おうとし始めていた。
それを見ていたシゲルが、続けて短く言った。
「リグ、シロ」
たったそれだけの指示で、リグが小さく右手を動かし、シロが首を上下に動かした。
すると、突然ミランとアーダムたちがいる周囲に霧のような煙幕が出現した。
シロが細かい粒子を作り出して、リグがそれを風の魔法を使って広げたのだ。
突然の煙幕に研究室の面々が慌てる中で、ラグたちの指示を受けている精霊たちが動き始めた。
人と違って視界の情報に頼っているわけではない精霊は、リグとシロが作り出した煙幕があってもほとんど影響を受けることがない。
とはいえ、煙幕が張られていたとしても、中にはきちんと対処しようとする者もいた。
ミランもその中の一人だった。
精霊に道具の一つを奪われたミランだったが、それで全ての策を奪われたわけではない。
シゲルの指示を受けていたとはいえ、精霊が煙幕を使ったことに驚いてはいたが、それは一瞬ですぐに次の道具を取り出していた。
それは、精霊を捕縛するための道具で、さらには攻撃手段を取れなくするようなものであった。
ミランはその道具を、シゲルの傍にいる三体の精霊――ラグたちに使おうとしたのだ。
多くの精霊たちがいるのは、その三体の指示に従っていることは見ればわかる。
そのため、その三体の精霊さえ押さえてしまえば、戦闘を長引かせることができると考えてのことだ。
煙幕によって視界が悪くなっているが、うっすらとシゲルの周りにいる精霊は見えている。
あとは、その精霊に向かって魔道具を投げるだけというところで、いきなり目の前から女性の声が聞こえた。
「させると思うか?」
その声がシゲルの傍にいたはずの女勇者だとミランが認識した次の瞬間には、持っていた魔道具は叩き落されて、あっという間に両手を後ろ手に掴まれてしまっていた。
「――道具に頼りすぎだから、こんな簡単な動きにも反応できなくなるんだ」
あまりにもあっさりと捕まったミランを見ながらフィロメナがそう言ったときには、既にリグとシロが作った煙幕は無くなっているのであった。
リグとシロが活躍するのは久しぶり……でしょうか?




