(23)対面
決行日。
各国との調整を終えてその日を迎えたシゲルたちは、学園のとある一室に来ていた。
シゲルとフィロメナがその部屋に入ると、そこでは既に学園長が待ち構えていた。
「いよいよ、ですか」
二人の顔を見るなり、学園長はそう言ってきた。
決行日に関しては、直接伝えたのではなく、精霊を介して伝えてある。
相手も精霊使いだけにどこまで効果があるかは不明だが、何も対策をしないよりはましだと考えてのことだ。
ちなみに、シゲルとフィロメナが直接手を下すことに関して、学園長は最初は難色を示していた。
学園内で起こったことなので、学園側が処理すべきだと考えていたのだ。
学園内での事件を学生であるシゲルとフィロメナに任せるという前例を作ると、これから先も同じようなことを主張する者が出て来るかもしれない。
そう考えると、学園長の懸念も間違いではないのだ。
ただし、今回の場合は大精霊が直接かかわっているという、普通ではありえない条件がある。
そう主張したシゲルとフィロメナに、学園長は最終的に同意したというわけだ。
これからことを起こすというのに、いつもと変わらない視線を向けて来る学園長に、フィロメナもいつも通りの調子で頷いた。
「ああ。今回はタイミングが重要だからな」
既に戦士の顔になっているフィロメナに、学園長が頷き返した。
「そうですな。――それもこれも、シゲル殿がいらっしゃるからこそ、できることですが」
複数の国にまたがっている今回の場合、同時に事を起こすのにはどうしても距離的な問題が発生する。
しかし、複数の精霊を使えるシゲルは、距離の問題を無視することができる連絡手段を持っている。
ラグたちは言葉の話せる部下を持っていないが、簡単な合図のようなものを決めておけば、決行の連絡を伝えることは容易にできる。
普通の精霊使いでは、そんなことはできないのだ。
学園長の言葉に、フィロメナは少しだけ頬を緩めた。
「そうだ。シゲルでなければできないことだ」
「――コホン」
フィロメナの表情を見て話がずれそうだと感じたシゲルは、咳ばらいをして元の話に戻るように促した。
そのシゲルの隣に立っていたフィロメナは、少し慌てた様子でさらに続けて言った。
「と、とにかく、あとは計画通りに。こちらはこちらの為すべきことをすればいい」
「勿論ですな」
シゲルとフィロメナのやり取りを微笑ましい表情で見ていた学園長も、そう答えつつしっかりと頷き返すのであった。
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学園内にある訓練場の一つには、ミラン研究室の面々が揃っていた。
珍しいことに、そこには研究生だけではなく、ミラン本人の姿もあった。
きちんと学園長の動きを察していたミランは、恐らくこの日に決着をつけるつもりなのだろうと予想をしてこの場で待ち構えることにしたのである。
学園長が自分たちの捕縛に向けて動いているという情報を察知してもミランがここまで逃げるようなことをしてこなかったのは、その意味がないと判断したからだ。
自分たちに監視の目が付いていることは、アーダムから報告を受けた辺りから気付いていた。
そして、その目を逸らしながら完全に逃げることはできないということも。
それであるならば、この場である程度の決着をつけてから逃げるという手段を取ることにしたのだ。
今、訓練場には研究生のほとんどが揃っている。
当然のようにアーダムもいるが、不敵な表情を浮かべながら「ようやく決着がつけられるぜ」などと周囲にうそぶいている。
その様子を見ながら、ミランは内心で盛大にため息をついていた。
結局、シゲルという男の本当の実力を見極めることはできなかった。
それでも相手には、勇者という人類最強といっても間違いではない戦力がいるのだ。
その人物を相手に、さらに学園の衛兵たちも加わるとなると、とてもではないが研究室の面々だけでは勝ちを収めることなど不可能だろう。
それが分かっていてもミランが逃げようとしてないのには、きちんとしたわけがある。
そもそもミランが属している「組織」は、過去に何度も時の権力に潰されてきた。
それでもこうして新たな「組織」として活動できているのは、一つにまとまるということをしてこなかったからだ。
その過去の例に習って、自分たちの代でも各国にある拠点は、それぞれ独立した組織としてやってきた。
これから先、たとえ自分たちが潰されたとしても、意思を継ぐ者たちが同じように「組織」を興してくれればそれで構わない。
そのための布石を、ミランは既に打っていた。
ちなみにそれは、アーダムが報告して来る前から整えてあった手段であり、いかに学園長側が素早く動いていても変わらない結果でしかない。
その布石があるのに、ミランがこうしてこの場で待ち構えているのは、その布石をしっかりと生かすためである。
自分たちが潰されることによって、学園側が完全に「組織」の芽をつぶせたと思ってくれれば、それがミランにとっての勝利なのだ。
そのために、研究生たちにはそのことを告げずに、ミランはこの場に残っているのだ。
全ては、次の世代を残すために。
ミランがそんなことを考えていると、少し前方にいたアーダムが「来たか」と言った。
アーダムの視線の先を辿ると、学園の衛兵を引き連れた学園長と今回の件のきっかけになった二人が来ていた。
彼らの目指す先がミランたちのいる訓練場であることは、わざわざ確認しなくてもいい。
ついでに、彼らの物々しさに、他の研究生たちが何事かと注目していることがわかった。
二十人を超える衛兵の数に、一部の研究生が怖気づいている。
だが、ミランが彼らに対して何かを言うことはなかった。
ミランがそれをするよりも先に、代表格であるアーダムが先に鼓舞するような言葉をかけていたからだ。
折角アーダムが彼らを叱咤激励しているのだから、ミランがそれを邪魔する必要もないというわけである。
ミランは、視界の端で研究生たちの様子を見つつ学園長の方を注目していると、彼らは多くの衛兵を訓練場の中には入れず五人だけで入ってきた。
学園長本人に、その両脇には衛兵長と魔法使いのトップ、さらに若い男女の一組だ。
ミランは直接対面したことはなかったが、その二人がシゲルとフィロメナだということが理解できた。
現在ミランの周囲には、四十を超える研究生たちが集まっている。
シゲルという男の実力はまだ把握していないが、それでもフィロメナ一人いれば十分だと判断したということがミランにもわかった。
見た目では美しい容姿を持った一人の女性でしかないが、何しろ彼女は当代の勇者なのだ。
学園内でも才能ある者たちとはいっても、研究生たちが相手をできるような人物ではない。
ミランは、そのことを理解しつつそれでも近づいてきた彼らにこう言い放った。
「おやおや。随分となめられたものですね。その数で我々の相手にできるということか?」
「その台詞、そっくりそのまま返そうかの。ミランよ。当代の勇者と精霊育成師を相手に、それだけの人数で対処できると思うのであればやってみるといい」
そう返してきたのは、両脇をしっかりと守られている学園長だった。
そして、ミランはといえば、学園長の言った「精霊育成師」という言葉に内心で眉をひそめていた。
勿論、シゲルとフィロメナの噂を集める段階で、その言葉自体はすぐに耳に入れることができていた。
それでも、眉唾としか思えないような数々のほかの情報に、ミランとしては判断を先送りにすることしかできなかったのである。
ただ、その判断が自分の思惑をさらに超えて来るなんてことは、この時点でのミランはほとんど考えていなかった。
とにかく、ミランと学園長の言葉を皮切りに、両者の間にあった緊張がより強くなったことは間違いない。
その雰囲気を全く気にしない様子で、女勇者が口を開いたのはその時のことであった。




