(18)学園長への報告
グラノームに相手組織の調査及び監視を頼んでみると、快く引き受けてくれた。
体調が万全ではないとはいえ、やはりシゲルたちに任せっぱなしというのは気になるところだったのだろう。
そのグラノームは、他の大精霊に対する対応も引き受けてくれた。
簡単にいえば、自分自身で決着を見届けるので、頼まない限りは余計な手出しは無用といったところだ。
火の大精霊であるイグニスあたりは、それだと生ぬるいと言ってきたようだったが、今のところはきちんとグラノームが抑え込んでくれている。
とはいえ、その話を聞いたシゲルたちはあまり時間をかけている場合ではないと、多少の焦りも感じていた。
時間をかけすぎると、今はグラノームの味方をしてくれている他の大精霊も抑えきれなくなることも考えられる。
そうなった場合には最悪のシナリオ通りになってしまうので、何が何でもそうなる前に事を進展させなければならない。
これからのことについて決めた翌日、シゲルとフィロメナは学園長を訪ねていた。
二人が揃って学園長室へと行くのは、研究生として学園に入学が決まったとき以来だ。
それでも忙しいはずの学園長は、すぐに会う時間を作って二人と対面をしていた。
「お二人が来るのは非常に珍しいことですが、何かございましたかな?」
シゲルとフィロメナの顔を見るなり何かが起こっていると察した学園長は、真剣な表情になってそう聞いてきた。
ただし、この時点の学園長は、学園の存亡に関わるような事態が起こっているとは考えていなかった。
すでに優秀な学生として名を上げている二人が、せいぜい学園の運営方法に関わる問題を指摘するくらいだろうと思っていた程度だった。
それが分かったシゲルは、一度フィロメナの顔を見て、さらにもう一度学園長に視線を戻してから言った。
「まず最初に言っておきたいのですが、これから話すことは冗談でもなんでもないということを理解して欲しいです」
そう前置きをしたシゲルに対して、学園長はより一層真剣な表情になった。
シゲルとフィロメナが入学して以来、学園長は定期的に二人の情報を入手するようにしていた。
そのため、シゲルがどんな人となりなのかはある程度把握している。
そのシゲルが、わざわざこんな言い方をしたのだから本格的に何かが起こっているということが理解できたのだ。
学園長の表情の変化からその心理状態を読み取ったフィロメナが、シゲルに続いて言った。
「これから話すことを下手に扱えば、学園の存亡にかかわるということだけ理解しておいて欲しい。シゲルが言ったとおりに、冗談でもなんでもなく紛れもない事実だ。これから話すことは、勇者として責任を持つ」
勇者の名前を出してまで念を押してくるフィロメナに、学園長はごくりと喉を鳴らした。
フィロメナが勇者としての立場を煩わしく感じていることは、学園長はシゲルのことと同様にきちんと把握しているのだ。
シゲルとフィロメナが揃って念を押してくる現状に、学園長もさすがに笑っていられる状況ではなくなった。
「お二方がそこまでおっしゃるということは、よほどのことでしょうな。――――聞きましょう」
最後は、わずかに時間を空けてからそう言ってきた学園長に、シゲルとフィロメナは昨日学園内で起こったことの全てを話し始めた。
シゲルとフィロメナから話を聞き終えた学園長は、眉間にしわを寄せながら盛大にため息をついた。
それはもはやため息というよりも、深呼吸をしたといっても過言ではないほどの息の量だった。
「――――なんということだ。もう一度確認いたしますが、強制契約のことは間違いないのですな?」
「それは、私が精霊育成師の名に懸けて保障いたします」
普段シゲルは、自ら『精霊育成師』を名乗るようなことはしていない。
それでも、今回の件に関しては使えるものは何でも使っていく方針だった。
そのシゲルの覚悟が伝わったのか、最初からシゲルの能力のことを信じているのか、学園長は小さく首を縦に振った。
「貴方がそう言うのであれば、間違いないのでしょうな。……信じたくはありませんが」
学園長という立場からすれば、学園内で禁忌とされている精霊の強制契約が行われている事実を信じたくないという気持ちはわかる。
とはいえ、その事実から目を背けるわけにはいかないということも十分に理解していた。
「それで、お二方は私に何を望まれるのか?」
ただ、昨日起こった事実についての話をするためだけに来たわけではないだろうという意味を込めて、学園長は交互にシゲルとフィロメナを見た。
ここで、一度シゲルがフィロメナに視線を合わせた。
そして、フィロメナがシゲルに頷き返してから学園長に向かって言った。
「それを私たちに問うのは間違っているのではないか?」
「は……?」
フィロメナの答えに、学園長は少しだけ呆けたような顔になった。
「私たちが何かを言うのではなく、学園としてどういう結果を出すのかが重要だと思うのだが?」
要するに、自分たちに言われるままに動くのではなく、起こった事件に対して学園がどういう結論を出すのが重要だということだ。
自分たちに責任を負わせるのではなく、学園としてきちんと責任を負えというのがシゲルとフィロメナの言いたいことであった。
フィロメナの言葉に、学園長は一瞬驚いたような表情を見せたあとで、大きく深呼吸をするような仕草を見せた。
「――――確かに、先ほどの言い方は卑怯でしたな。学園として徹底的に調査させていただきます。勿論、それに伴う結果も」
「うむ。それがいいだろう」
学園長の答えに、フィロメナは満足げに頷き返した。
それを見て安堵の表情を浮かべた学園長だったが、ふと思い出したように言った。
「学園としてもできる限りのことは致しますが、所詮は一都市でしかありません。それで出した結論が、精霊にご満足いただけるかは……」
シゲルとフィロメナは、この時点で大精霊が直接関わっているということは学園長には言っていない。
それでも、強制契約があったという事実だけで、精霊たちを騒がせる事態になるのだ。
学園長の言葉に、フィロメナは頷き返してから言った。
「それはそうだろうな。そもそも私たちは、この件が学園内だけで収まるような問題だとは考えていない。となれば、どうすればいいのかは、おのずと答えが出るのではないか?」
言外に他国の協力も求めろと言うフィロメナに、学園長は改めて真剣な表情になった。
フィロメナがアークサンドだけで収まらないと断言したということは、組織的な事件だと確信しているということになる。
そして、もしそれが真実だとするならば、確かに学園内だけで事を収めるのは不可能と言っていいだろう。
精霊の強制契約だけでも頭が痛い事実なのに、大きな組織が関わっている可能性があると知らされた学園長は、頭痛をこらえるような表情になった。
「となると、いきなり本丸に突っ込むのは愚策ですな。それどころか、調査する人選も厳選しなければ……」
「まあ、その辺は学園長が決めればいい。私たちは私たちで別方面から動くからな」
さらりと重要な情報をこぼしたフィロメナに、学園長はチラリと視線をシゲルへと向けてから小さくため息をついた。
「学園の長として、個人に頼みごとをするのは駄目なのでしょうな」
「さて、それを判断するのは学園長次第だが……シゲルを使うのは止めておいた方がいいだろうな。何しろ当事者の片方なのだから」
フィロメナの答えに、学園長は「それもそうですな」と返すのであった。




